恋の休日ー初デート、開始3分で方向音痴
“劇の練習”騒動から数日。
アーロンはベッドの上で頭を抱えていた。
(……もう劇とか演技とかじゃなく、ちゃんと伝えねぇとダメだ)
(あいつと俺、婚約者なのに……まともにデートしたこと、一回もねぇし)
枕に顔を埋めて、もぞもぞと寝返りを打つ。
次第に顔が赤くなっていくのを自覚して、慌てて天井を見上げた。
「……よし、デート、だな」
誰にともなく呟いたその声は、思いのほか真剣だった。
⸻
学院の廊下でロゼリスを見つけたアーロンは、意を決して声をかける。
「ロゼリス、次の休日、出かけないか?」
ロゼリスはぱちぱちと瞬きをして、にこっと笑った。
「まぁ!殿下、次の劇の取材にご同行くださるのですのね!?素敵ですわ!」
「ちがっ……いや、取材じゃなくて――」
「ええ、分かっておりますわ!“劇の中での恋愛シーン”の練習ですわね!」
(なんでそうなるんだよ……)
アーロンは寮の書斎で紙を広げ、腕を組んで唸っていた。
「デート……どこ行きゃいいんだ……?」
恋愛経験ゼロ。
王族としての社交場の知識はあっても、恋人としての“誘い方”なんて知らない。
とりあえず思いつく限りを書き出してみる――
・庭園で散歩?
・食事?
・プレゼント?
・会話のネタ……??
ペンを止めた瞬間、アーロンは紙をくしゃりと丸めた。
「……だめだ、まったくわからねぇ」
そうして彼の脳裏に浮かんだのは――頼れる兄、シルビアの顔。
(……兄上なら、きっと何か知ってるはずだ)
⸻
アーロンは寮の廊下を足早に歩き、兄の部屋の扉をノックした。
「兄上、今いいか?」
扉が開くと、シルビアは少し驚いたように目を瞬かせ、
すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「アーロンが俺の部屋に訪ねてくるなんて珍しいね。何か困ったことでもあったのかい?」
「そ、その……ロゼリスを、デートに誘おうと……思って」
顔を真っ赤にしながら、視線を逸らすアーロン。
その様子を見たシルビアは、堪えきれずにくすくすと笑った。
「笑うなよ、兄上!」
「ごめん、ごめん! そんなに顔を真っ赤にして……ロゼリス嬢のこと、本当に思ってるんだなって安心したんだ」
「安心?」
アーロンは首を傾げた。
「だって、ロゼリス嬢と婚約してもう十年だろ? 年を追うごとにすれ違っていって……春の舞踏会では“婚約破棄してください”なんて言われて、僕もひやっとしたんだよ」
「……ああ」
(兄上には全部、見抜かれてるな)
「でも、今はちゃんと自分の気持ちを見つめ直して、彼女を大切にしようとしてる。……いいことじゃないか」
そう言って、シルビアは微笑む。
アーロンは耳まで真っ赤になりながらうなずいた。
「で? デートプランを考えてるのかい?」
「……ああ。けど、どうにも思いつかなくて」
「なるほどね。うーん……まずは“相手を知る”ことが大事だよ」
「相手を知る?」
「そう。ロゼリス嬢の“好きなもの”を中心に考えるんだ。
たとえば――ケーキ屋とかどう?」
「ケーキ?」
「うん。最近、王都に新しいカフェができたらしい。
そこのケーキが“天上の味”って評判だよ」
アーロンは即座にメモを取り始める。
「なるほど……甘いもの好きのあいつにはぴったりだな」
そんな彼を見て、シルビアは目を細めた。
「ふふ、真面目だね。
あとは――贈り物を用意しておくといい。高価なものでなくても、気持ちのこもったものを」
「贈り物……」
「花束なんてどう? 季節の花を一本でもいいから贈ると、心に残るものだよ」
「……覚えとく」
「そして何より、アーロン。君の場合は“素直”になることだ」
「素直……?」
「うん。回りくどく言わずに、ちゃんと“好き”って伝えること。
彼女の目を見て、言葉で伝えなきゃ、想いは届かないよ」
アーロンは黙って頷いた。
兄の穏やかな笑顔を見て、心の奥がじんわりと温かくなる。
「運命なんて、信じないかもしれないけどね」
シルビアは窓の外を見ながら続けた。
「でも、“誰かを好きになる”ってこと自体が、もう奇跡みたいなものだ。
僕もルチアと出会えたことを、今でも感謝してる。
だから、ロゼリス嬢のことも……大切にしてあげなよ」
「……ああ。もう二度と、突き放したりしねぇ」
アーロンは深く頷き、立ち上がった。
「兄上、ありがとう。助かった」
「ふふ、困ったときはいつでもおいで。……弟の恋を応援するのも兄の役目だからね」
⸻
寮の自室に戻ると、アーロンは机に向かい、
シルビアの助言を元にデートプランをまとめた。
ケーキ屋でお茶をし、季節の花束を贈る。
相手を気遣いを忘れない。
素直に気持ちを伝える。
(完璧だ……これで、俺の誠意は伝わる!)
そう意気込んだその瞬間、窓の外では風がそよぎ、
遠くで鐘の音が鳴った。
それが、アーロンにとって“地獄級デート”の幕開けになるとは、このときの彼はまだ知らなかった。




