恋の空回りースタート地点からの迷走
今日もロゼリスは、教室の窓際でハートを飛ばしていた。
視線の先には、もちろん――ルチア様。
(おいおい……俺も同じクラスだってこと、あいつ忘れてねぇか……?)
ロゼリスは机に頬を乗せ、ルチアとにこやかに談笑している。
その表情はまるで恋する乙女そのもので、隣に座るアーロンの存在など、まるで空気。
心の中で小さくため息をつく。
(……俺、あいつの婚約者だよな? なぁ、神様、俺、存在してるよな?)
授業が終わり、移動教室に向かう途中も、ロゼリスはずっとルチアと楽しそうに話している。
笑顔が眩しすぎて、余計に胸が締めつけられる。
(……どうして俺には、あんな笑顔を見せねぇんだよ)
お昼。
ひとり食堂へ向かうロゼリスの後ろ姿を、アーロンは無意識のうちに追っていた。
(……あいつと食事やお茶をしたのって、いつ以来だ?)
記憶をたどる。
婚約当初は、ロゼリスの方から何度も誘ってくれていた。
だが、自分がシルビア兄上と比べられるようになってから、卑屈になり、彼女の優しさを素直に受け取れなくなった。
(……ロゼリスはずっと俺を気にかけてくれてたのに、俺が突き放したんだ。
それから頭を打って、まるで別人みたいに明るくなって……。
でも、俺を一度も昼に誘わなくなった。
…そりゃそうか。愛想尽かされて当然だよな。)
胸が痛んだ。
それでも、気づけば、手が伸びていた。
ロゼリスの腕を、そっと掴む。
「……一人なら、その……一緒に昼どうだ?」
言葉にした瞬間、心臓が跳ねた。
どうか、これが届いてほしい――そんな願いを込めて。
ロゼリスは一瞬目を瞬かせ、そしてぱっと花が咲くように笑った。
「ふふ、殿下が誘ってくださるなんて珍しいですわね。
あっ、なるほど!お友達として、私ともっと仲良くなりたいのですね!」
(……違ぇよ。なんで“友情ルート”になるんだよ。
いや、でも、ロゼリスと食べられるなら……まぁ、いいか。)
諦めのような、優しい笑みを浮かべ、アーロンは頷いた。
⸻
食堂の中は、昼のざわめきで賑やかだった。
ロゼリスは楽しそうにメニューを見つめている。
「うーん……どれも美味しそうで迷いますわね!」
「俺はこれにする」
アーロンは、いつものハンバーグ定食を指さした。
ロゼリスはくすりと笑う。
「ふふ、殿下は本当にハンバーグがお好きですわね。
可愛らしいですわ」
「子供扱いすんな」
「してませんわ。では私も……久しぶりにハンバーグ定食にいたします!
殿下、お揃いですわね!」
その瞬間、アーロンの胸が一瞬、どくんと跳ねた。
「お揃い」――たったその一言で、心臓がとんでもない音を立てる。
なんなんだ、この破壊力。
(やばい。笑ってるだけなのに、心臓がうるせぇ……!)
⸻
2人はガーデンテラスに席を取り、木漏れ日の下で食事を始めた。
「いただきます!」
ロゼリスが元気よく手を合わせ、ハンバーグを頬張る。
その顔は幸せそのもの。
(……かわいい)
アーロンは箸を持ったまま、思わず見惚れてしまった。
太陽の光に照らされて、赤い髪がやわらかく揺れる。
頬についたソースをぺろりと舐め取る仕草さえ、やたらと眩しく見えた。
「うん!美味しいですわ! いい天気ですし、最高ですわね♪」
「……ああ」
「殿下? お食べになりませんの?」
「いや、食べる」
慌ててスプーンを動かすが、視線はロゼリスから離れない。
胸の中が妙に熱い。
…だが、次の瞬間、ロゼリスの視線は向かいの席へ飛んだ。
「あっ! ルチア様とシルビア殿下がいらっしゃいますわ!!」
目を爛々と輝かせ、オペラグラスでも取り出しそうな勢いで見つめるロゼリス。
アーロンの心の中で、盛大にため息が落ちた。
(おい。俺、ここにいる。お前の正面にいる。ハンバーグ冷めるほど見つめてんのに、見てんの兄上とルチア様かよ。)
それでも、アーロンは静かに微笑んだ。
怒るよりも、悲しむよりも、今はただ――彼女の楽しそうな横顔が愛おしかった。
(……どうにかして、俺を見てもらわねぇと。
何か、話題……そうだ、好きな食べ物とか、趣味とか……
って、俺……ロゼリスのこと、何にも知らねぇじゃねぇか。)
10年近く婚約者として隣にいたのに、知らないことばかり。
それに気づいた瞬間、胸の奥に小さな痛みが走った。
(……情けねぇな、俺)
見上げた空は、やけに青かった。
ロゼリスの笑顔が、その中に滲んで揺れて見えた。
⸻
(……俺、絶対もう逃げねぇ。
今度こそ、ちゃんと――お前を振り向かせてみせる)
そう、心の中で静かに誓うアーロン。
けれどロゼリスは、そんな彼の決意など露知らず、
「ルチア様、今日もお美しいですわ〜!」と満面の笑みを浮かべていた。
(……俺の恋、スタート地点からもう迷子だな)
ハンバーグをひと口、噛みしめながら。
アーロンは、苦笑いを浮かべるしかなかった。




