春風に咲いた恋(Aaron side story)
いつも読んでいただきありがとうございます。
ここから数話はアーロン視点のストーリーを挟みます!
アーロンとロゼリスの幼少期、そして、ロゼリスに振り向いてもらうために奮闘するアーロンの頑張りを見守っていただけると嬉しいです!
よろしくお願いします!
夜風が静かにカーテンを揺らしていた。
王立学院の夜――
広い寮の一室で、アーロンはただ、天井を見上げていた。
昼間に学院で聞いたロゼリスの言葉が、何度も耳の奥で響く。
「……額へのキスは“友情の証”だそうですわ!」
「……はぁ?」
思わず声が漏れ、ベッドに片腕をかけて顔を覆った。
自分の唇を触れる。ほんの一瞬の額へのキス。
あの時、彼女は少し目を丸くして――
ほんのり頬を染めていた。
なのに、友情の証。
それで終わりかよ。
「……お前はほんと、鈍すぎる」
どれだけ近くにいても、
彼女の中の“俺”は、いつだって脇役のままだ。
額を掻きながら、アーロンは苦笑した。
だがその笑いの裏で、胸の奥に小さく疼く痛みを感じる。
その痛みが、やけに懐かしい気がして――
彼の脳裏に、あの日の春の記憶が浮かび上がる。
***
まだ、王都の空が柔らかい春色に染まっていた頃。
王太子としての務めにも慣れず、
人の視線に疲れていた幼いアーロンは、
護衛を撒いて城を抜け出した。
どこまでも続く人のざわめきと、春祭りの花の香り。
初めて触れる“自由”に、少しだけ笑みがこぼれた――その時。
「まぁまぁ! お一人で? 迷子ですの?」
ぱっと差し出された小さな日傘。
その下で、紅い髪の少女がきらきらと笑っていた。
「……迷子じゃねぇ」
「うふふ、強がりですわね。
でも大丈夫ですわ。わたくし、案内には自信がありますの!」
強引に手を取られ、導かれるままに歩く。
市場の喧騒の中、少女は屋台の菓子を買い、
アーロンの手に押しつけた。
「はいっ、これ! お砂糖の焼き菓子ですわ! 甘くておいしいんですのよ!」
「……王子に、ものを渡すな」
「まあ、王子様だったんですの!? ……でも、関係ありませんわ!」
その笑顔が、春の光を受けて、まるで一輪の花のように輝いていた。
転びかけたアーロンを支えたその手は、温かかった。
そして別れ際、少女は少しだけ背伸びして言った。
「またお会いできるといいですわね。
そのときは、“アーロン様”って呼んでもいいかしら?」
その言葉が、不思議と胸の奥で響いた。
初めて“殿下”でも“王子”でもなく、ただの“アーロン”として呼ばれた。
(……なんだ、この気持ち)
それが、少年が初めて知った“恋”という名の痛みだった。
けれど――運命は残酷で。
後にその少女が“アーバートン家の令嬢”だと知った時、
婚約という形で彼女と再び結ばれた。
だが、それは政治の駒としての婚約。
“自由に笑う彼女”は、もう遠くなっていた。
静かな夜に、アーロンは目を閉じた。
あの頃の笑顔が、今のロゼリスと重なる。
(……やっぱり、変わってねぇな。
あの頃からずっと、俺はお前に惹かれてたのかもしれねぇ)
認めたくなくて、
わざと意地悪をした。
挑発もした。
それでも、彼女はいつだって真っ直ぐに笑って――
誰か“別の誰か”の尊さを語る。
「……馬鹿」
低く呟いた声が、夜気に溶ける。
手のひらに残る、あの額の感触が離れない。
「友情の証、ね。
だったら――この想いは、何の証だ?」
胸の奥で鳴る鼓動がうるさい。
ロゼリスの笑顔も、声も、仕草も、すべてが頭から離れない。
アーロンはバルコニーの手すりを握りしめ、
冷たい月を睨むように見上げた。
「……見てろよ、ロゼリス。
今度こそ、“友達”なんて言わせねぇ。
お前を、ちゃんと――俺の方へ振り向かせてやる。」
夜風が、春の匂いを運んでくる。
あの日の少女の笑顔が、
再び、彼の心に花を咲かせていた。




