恋愛実技試験 秋の舞踏会編
ロイエンス王立学院・秋の舞踏会。
それは恋愛もまた王族・貴族に必要な“社交スキル”として評価される、名ばかりの恋愛実技試験。
愛を語れぬ者に、国を導く資格なし。
そんな建前のもと、今宵も華やかな恋愛戦場の幕が上がる。
男性には赤薔薇、女性には白薔薇が手渡され、
それを“想い合う者同士”で交換する。
その薔薇を胸につけた者同士が――舞踏会のパートナーとなるのだ。
⸻
「……あっっ!!!」
ロゼリスは手元の白薔薇を見て、青ざめた。
(そうでしたわ!! この薔薇を想い合う者同士で交換して、学院の庭でキスをすると、永遠の愛が約束されるイベント!!)
(ルチア様とシルビア様のダンススチルに、永遠の愛のキスシーン……!
そんな尊きイベント、見逃すなんて死に値しますわ!!)
鼻息荒めに震えるロゼリスの姿に、隣のキースが一歩引く。
⸻
「皆さん、心の準備はよろしいですか?
恋愛実技試験・舞踏課題を――開始します!」
(恋愛点なんてどうでもいいですわ! 尊き推しの愛を見届けられれば満点ですわ!)
「お嬢様、それでは進級できません。」
「尊さの単位で換算すれば余裕で満点ですわ!!」
「……換算不可です。」
⸻
開会の音楽が鳴り響く。
講師が壇上で微笑みながら宣言した。
「皆さん、恋愛は学びです。勇気を出して、あなたの“赤薔薇”を差し出しましょう!」
(ルチア様に白薔薇を……はっ、だ、だめですわ!!
その薔薇はシルビア様との神聖な交換のためのもの!!)
アーロンが遠くからその様子を見つめ、眉をひそめる。
(なぜアイツは薔薇を持ったまま、ルチアを見てるんだ……?)
キースが小声で助言する。
「お嬢様、薔薇はお手元に。投げるのではなく、渡すものです。」
⸻
やがて開会式が終わると同時に、会場は一気に華やぐ。
「シルビア殿下、アーロン殿下、どうかこの薔薇を……!」
「一曲だけでも!」
令嬢たちが競うように押し寄せる中、
ロゼリスだけは別の世界にいた。
(……ルチア様とシルビア様が踊る角度……ベスト視点はどこかしら……)
目を輝かせ、まるで狩人のように視界を探す。
***
煌びやかなシャンデリアの光の下、
誰もいない二階のバルコニーを、黒い影が素早く移動していた。
「……ふふふ、ここからが勝負ですわね……!」
ドレスの裾を器用にたくし上げ、
“しゅたたっ”と軽やかに壁づたいに動くその姿。
彼女の名は――ロゼリス・アーバートン。
そして彼女の使命はただ一つ!!
「ルチア様とシルビア殿下の尊きダンススチルを、この目で見ることッ!!」
オペラグラス片手に、彼女は忍者のように壁を進む。
やがて、会場全体が見渡せる“神ポジション”を発見した。
「……ここですわねッ! ベスト・オブ・視界角度!!」
ちょうど会場全体が見渡せる、二階のバルコニーの影。
人の気配もなく、完璧な観覧席だ。
ロゼリスはオペラグラスを構え、片手にはハンカチを握りしめた。
やがて、音楽が変わる。
甘く、優雅な旋律が響き――。
中央に、二人の姿が現れた。
リーナス・ルチアルーアン嬢と、シルビア・ジークス殿下。
ライトが二人を包み、息を合わせて踊り始める。
白と金のドレス、金の髪がふわりと舞う。
「っっ……はぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁっ!!!???」
ロゼリスの鼻先が一瞬、真っ赤に染まる。
「だ、だめですわっ……! ここで倒れたら、推しの尊き瞬間を見逃してしまう……!!」
ハンカチを口に押し当て、震える手でオペラグラスを構え直す。
「ルチア様のお手が……殿下の肩に……っ!! 指先が……! 近いっ……!!」
「距離が……尊いっ!! 神よ、この瞬間を永遠に!!」
頬を染め、涙を浮かべながら見守るロゼリス。
その様子を、真下から通りかかった給仕が偶然見上げていたが――
恐怖のあまり、そっと視線をそらした。
(※バルコニーの壁に張りつきながら感涙する令嬢、怖すぎる)
****
曲が終わり、拍手が鳴り響く。
ロゼリスは恍惚の表情でオペラグラスを下ろした。
「……最高……でしたわ……尊みが宇宙を超えました……」
ミッション・コンプリート。
ロゼリスは忍者のように静かに退場し、
次の目的地――スイーツテーブルへ向かう。
⸻
スイーツテーブルでは、すでにキースが
ロゼリスの好物のケーキを用意していた。
「お嬢様、お疲れ様です。こちらを。」
「キース!ありがとう!!」
フォークを手に、ロゼリスは幸せそうに微笑む。
「ふふ……甘い……まるでルチア様の微笑みのよう……」
⸻
その少し後ろで、ひとりの青年がグラスを握りしめていた。
アーロン・ジークス殿下。
(……なんで俺の方を見ねぇんだ)
ロゼリスの視線の先には、ルチアとシルビアの姿。
それを見たアーロンの眉がぴくりと動く。
(……また、あの二人か)
グラスを強く握りしめる音が響く。
「……いいだろう。見せつけてやる。」
そう言ってアーロンは、次々と令嬢たちに手を差し伸べた。
「一曲、踊ってくれるか?」
ルミナスが呆れ顔でつぶやく。
「……殿下、モテ期ですか?」
「違う。作戦だ。」
⸻
アーロンが華麗に舞うたび、ちらちらとロゼリスの方を伺う。
が――
「ルチア様とシルビア様……今日も眼福でしたわぁ……」
ケーキを食べながら、うっとりとつぶやくロゼリス。
その隣でキースが優雅に微笑む。
(くそっ! 執事にはあんな顔を向けるのに、なんで俺には……っ!!)
胸の奥に刺さる痛み。
それが何なのか――アーロンは、まだ気づいていなかった。




