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尊きスチルのため、ロゼリスは今日も壁を駆け抜ける

王立学院恒例・秋の舞踏会前夜――。

アーバートン邸の一室から、幸せそうな笑い声が響いていた。


「うふふふふ♪ 明日のルチア様とシルビア殿下の尊きダンススチルを、この目で拝めるなんて……!

ああ、楽しみすぎて寝られませんわ〜!!」


頬を染め、夢見るように笑うロゼリス。

手元の“乙女ゲーム攻略ノート”には、びっしりとシーン解説が書き込まれている。


「原作通りなら……ルチア様は、黄色に金箔が散りばめられた“月の光”のように美しいドレスを纏うのですわ!

胸元には、シルビア殿下のパートナーである証――赤い薔薇が咲く……!」


うっとりと語るロゼリスの瞳には、既に幻のスチルが浮かんでいる。


「そしてシルビア殿下は、白のスーツに王家の紋様が入った金刺繍のマントを翻し、胸元には――ルチア様からの愛の白薔薇……っ!

まさに尊き相思相愛スチルですの!!」


その声は、ほとんど祈りに近かった。

両手を胸の前で組み、天を仰ぐ姿はまさに信仰者。


「しかもね、これはプレイヤーしか知らない裏話なんですの。

あのドレス――シルビア殿下が“君に似合うだろう。明日の舞踏会で踊るのを楽しみにしている”と、贈ったものなんですのよ……! キャーー!!」


ソファの上で転げまわるロゼリス。

幸せのあまり、ほわほわと昇天しかける。


「……明日、生きて帰れるかしら……尊さで……」


頬を押さえてため息をつく姿は、完全に恋する乙女――いや、推しに恋するガチオタ貴族令嬢である。


そこへ、控えめなノックの音。


「お嬢様、明日の舞踏会にお召しになるドレスはどうなさいますか?」


執事のキースが、無表情のまま入室する。


「うーん……」

腕を組み、ロゼリスは唸る。


(正直、私が着るドレスなんてなんでもいいのですわ。

どうせ悪目立ちしなければそれで十分。見せる相手もいませんし……)


原作の展開を思い出す。


(確か……アーロン殿下は、変わるがわる他の令嬢と踊って……ロゼリスは一度も誘われず、パートナーの薔薇ももらえず、怒り狂って会場を飛び出したのよね。

ああ、懐かしい“舞踏会イベント"ですわ……)


けれど、今のロゼリスは違う。


「ふふっ。私はルチア様とシルビア様の尊き姿を拝見できればそれで満足ですもの!」


そう言って、ぱっと顔を上げる。


「キース! 私のドレスは貴方にお任せしますわ!

悪目立ちしない程度でお願いいたします!」


「かしこまりました、お嬢様。」


一礼するキース。

しかし、内心では静かに燃えていた。


(……了解しました。

 “悪目立ちしない”どころか――会場で最も輝く令嬢にしてみせましょう)


***


鏡の前に立つロゼリスは、

赤と白が溶け合うように染められたドレスを身にまとい、

ほんの少しだけ眉をひそめていた。


胸元には赤と白の薔薇があしらわれ、

どこから見ても「私を見てください!」と言わんばかりの存在感。


(ま、待って……!これ、完全に“主役ドレス”じゃない!?

私、メインキャラじゃないのよ!?どちらかと言うと悪役のサブキャラよ!?

ルチア様とシルビア様のスチルの邪魔になっちゃう!!)


隣で、いつもの穏やかな笑みを浮かべたキースが口を開く。

「お嬢様、とてもお似合いでございます。

お嬢様ほど見目麗しい令嬢など、他にはおりません。

今宵もきっと、誰よりも輝かれることでしょう。」


「……派手すぎない? もうちょっと落ち着いた色でも……」

そう言うロゼリスに、キースは微笑を崩さず答える。


「派手だなんて。これはお嬢様のための色です。

お嬢様の紅き御髪が映えるように。

まるで、一輪の薔薇が咲いたかのように——」


そう言って、キースは彼女の髪を丁寧に梳き、

器用に編み込みながら、指先でルビーと薔薇の髪飾りを留めていく。


「……本当に、美しゅうございます。」


その瞳は、仕える者のものではなく、

ただ一人の女性を見つめる男のものだった。


ロゼリスは思わず視線を逸らしながらも、

胸の奥が少しだけくすぐったくなるのを感じた。


「……ありがとう、キース。

あ、そういえば、今日はあなたも一緒に行くんでしょう?」


「ええ。」

キースは軽く一礼し、恭しく手を差し出す。


「お嬢様の傍を離れるつもりはございません。

特に——大きな虫が寄ってきたときは、すぐに払いますので。」


「虫……?」


「ええ。金色の髪をした、羽のうるさいやつです。」


「……?」

ロゼリスが首をかしげる間に、

キースはその手を取り、微笑む。


「では、参りましょう。今宵は、きっと記憶に残る夜になります。」


2人を乗せた馬車が静かに走り出す。

ロゼリスの不安とキースの決意を乗せて——

秋の月が、彼らの行く先を照らしていた。


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