予期せぬ恋愛フラグが立ったようです?
ロゼリスが目を覚ますと、そこは見慣れた保健室だった。
白い天井、薬草の香り、外から差し込むやわらかな光。
(……私、尊きルチア様&シルビア様のキス場面を見て……そのまま気絶してしまったんですのね……)
(はぁ……まだまだ尊き耐性が足りませんわ。修行が必要ですわ……っ!)
こっそり反省していると、視界の端に人影が見えた。
ふと横を見ると――。
(!?)
剣を手に持ったまま、椅子に腰かけたアーロン殿下が、ぐっすりと眠っていた。
頬杖をついたまま寝ているその姿は、どこか無防備で……妙に、かっこよく見える。
(……あのとき、抱きとめてくださったのは殿下だったのですね)
(ありがとうございます、アーロン殿下……)
そっと見つめるロゼリス。
夕日がカーテンの隙間から差し込み、殿下の金髪を淡く照らす。
その美しさに、思わず息をのんだ瞬間――。
「……ん……」
閉じていた瞳がゆっくりと開く。
ルビー色の瞳が光を受けてきらめき、まっすぐロゼリスをとらえた。
「……目が覚めたか」
「アーロン殿下……」
彼は小さく息をつき、わざとらしく肩をすくめる。
「全く、お前という奴は手がかかる。俺の手を煩わせるなんて、それでも婚約者か?」
口調はいつもどおりの尊大さ。
けれど、その目の奥には――優しさが滲んでいた。
「ご、ご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんわ……」
しゅんと肩を落とすロゼリス。
その頭に、大きな手がふっと乗る。
「……分かればいい」
アーロンはそう言って、ぐしゃぐしゃと彼女の髪をかき回した。
不器用で、でもどこか優しい仕草。
夕日が二人を染める中、殿下の頬も――ほんのり赤く染まっていた。
(あら……夕日のせいかしら? それとも……)
ロゼリスは首をかしげながらも、にっこり微笑んだ。
⸻
そして――その翌日。
学院に、ある噂が駆け巡った。
「アーロン殿下がロゼリス嬢を抱きとめたらしい」
「保健室で二人きりだったって!?」
「婚約破棄どころか、むしろラブラブ再燃だとか!?」
瞬く間に学院中に広まり、昼休みには女子生徒たちが集まっていた。
「アーロン殿下ってルチア様が好きなんじゃなかったの?」
「違うらしいわ! ロゼリス様一筋なんですって!」
「きゃー! 尊いっ!! 婚約者再燃イベントですわ!!」
そんな中、噂の当事者――ロゼリス本人は。
テラス席で、パンを分け合うルチアとシルビアを見つめながら、
幸せそうにスケッチブックにメモを取っていた。
「ルチア様の微笑み+シルビア殿下の照れ=尊き恋愛進行度+10%……! 完璧ですわ♡」
本人、まったく気づいていない。
⸻
一方そのころ。
アーロンは、いつもの訓練場でルミナスに呼び止められていた。
「殿下っ!! ついに! やっと! 自分の気持ちに素直になられたのですね!!」
「……は?」
「いやぁ~良かったですよ! これで婚約破棄も遠のきましたし!」
「……何の話だ」
ルミナスは満面の笑みで、噂話を滔々と語り始める。
「学院中が騒然ですよ! “殿下が保健室でロゼリス嬢を抱きとめた”って!
“実はあの二人、ずっと愛し合っていた!”とか、“殿下が見守る愛の形!”とか!!」
「……はあああ!?!?!?!?!?」
アーロンの声が訓練場に響き渡る。
木刀を落としかけるほどの衝撃。
「ち、違ぇよ!! 俺はただ倒れたやつを助けただけでっ!!」
「ふむふむ、“倒れた彼女を助けた”と。つまり、“愛の証明”ですね」
「ちげぇっつってんだろ!!」
「“殿下、照れて否定なさってるのも素敵”って女子たちが言ってましたよ?」
「誰が照れてるかぁぁ!!」
真っ赤になって叫ぶアーロン。
だが、その耳まで染まった顔が余計に“図星”に見えてしまうのだった。
ルミナスはニヤリと笑い、木刀を肩に担ぐ。
「いやぁ、殿下。恋の噂って、否定すればするほど燃え上がるんですよ」
「やかましいわ!!」
⸻
その日の夕方。
ロゼリスは中庭で再び“推し観察ノート”を開いていた。
遠くで怒鳴るアーロンの声が聞こえる。
(今日も学院は平和ですわ……)
幸せそうにパンを頬張るロゼリスの後ろで、
アーロンは全力で否定しながら、恋のフラグをさらに積み上げていたのだった。




