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第9話 晴天の下で

 久しぶりに町の中心部にたどり着く。

 町は相変わらず私を歓迎してはいない。

 そんな感じがする。


 いくら人口が少ないといっても、町の中心部にはそれなりの人がいる。祭りの時ほどじゃないけれど喧騒がひどい。

 そこに独り降り立ってみると……なんていうか、やっぱり孤独になっている。独りであるということをどこまでも突きつけられているような。


 それに晴天のせいか、私を守るものがほとんどない。多くの人に見られている気がする。

 大勢に人が行き交うこの場所で、私だけがねじれの位置にいる。誰とも交わらない場所にいる。


 あまりにも考えなしに、こんな恐ろしい場所に来てしまったけれど。

 でもここからどうしたらいいのだろう。ララを探しにきたけれど、外にいるのだろうか。よく考えたら、遺跡とか家にいる可能性の方が全然高いような気がする。


 それに出会ったところで何て話せばいいのかわからない。

 ララを探しに来たって……ちょっと怖いし。

 何か口実がいる。私を騙すための口実が。


 けれど、上手い言い訳は思いつかない。

 とりあえず歩みは進めてみるけれど。 

 なんだか足が重い。


 せめて探す場所を絞った方が良い。

 雪端町がいくら小さいとはいえ、闇雲に探すのは少し無理がありすぎる。


 仮にララが休日だとして。

 まぁそうでなければ、遺跡に行っているから会えることはないわけだから、そう仮定するしかないわけだけれど。

 休日なら何をするだろう。


 彼女は音楽が好きと言っていた。

 でも、今時楽曲をどこかの店で買うとは思えない。

 

 あと、好きな食べ物はイーグリアン。これも、この辺りでは出している店はない気がする。たしか南の方でよく食べられるものだし。


 休みの日に何をしているかも聞いておけばよかった。 

 なんか考えれば考えるほど家にいる気がしてきたし。勢いに任せて町に来たけれど、あんまり意味はなかったかもしれない。


 こういう時に連絡先を知っていれば良かったのかもしれないけれど。

 まぁ私は通信機器は持ってないし……それに、持っていても上手くは使えない自信がある。ああいうのは私には向いていない。


 ……最後の手段を言うのなら、家に直接行ってみるという選択肢もある。

 あんまり急に家を訪ねるというのもどうかと思うけれど。

 流石に暴力的過ぎる気もする。


「氷菓……」


 当てもなく歩いていたけれど、ふと看板の文字が目に入る。

 新商品らしい。イココ味の氷菓だとか。


 イココ……食べてみようかな。

 少し身勝手だけれど、供養の意味も込めて。

 私の生きがいではなかったかもしれないけれど、確実に生きる手助けをしてくれたあの花に自分勝手な供養を込めて。


「これ、ください」

「はい。1個でいいですか?」

「あ、はい。大丈夫です」


 値段は、それなり。

 期間限定商品らしく、他の氷菓よりも高い。

 限定商法というやつらしい。


 久しぶりに買ってみた氷菓は冷たい。当然だけれど

 そして酸っぱくもあって。甘さは少ししかない。


 うーん……あんまり好きな味じゃない。

 イココ味という名前に釣られて買ってしまったけれど。

 もう少し甘い方が好きというか。

 酸っぱいものが苦手というか。


 どうしよう。

 苦手とわかったのに、目の前の氷菓はまだ半分以上残っている。


「……いや」


 どうしようもこうしようもない。

 食べるしかない。

 寒さのせいで、溶けるのは遅いだろうからゆっくり食べればいい。


 本当はララを探しに来たのに。

 気づいたら座って氷菓を食べている。


 何をしてるんだろう。

 ぼんやりと空を仰ぐ。

 やっぱり何故か晴天で。

 すごく変な事をしているような気がしてくる。

 魔神様の前ではできないようなことをしているような。

 居心地が悪いというのかもしれない。

 

 まぁなんにせよこれを食べ終わるまではどこにもいけない。

 立ち食いするのはあまり好きじゃないし。

 でも……この感じだと当分食べ終わらない気がする。


 その予感通り、結局日が暮れるまで私はイココ味の氷菓と向き合っていた。

 でも、冷たいものを食べて、冷静になってみればわかる。やっぱり探すなんて無理があった。大体、家に行かずに偶然会おうとすることが難しいというか。


「はぁ……」


 まぁ多分今日はもう会えない。

 もう少ししたら帰ろう。

 

 日が暮れれば、夜はそれなりに暗い。

 星明りはあるけれど、街灯が少ない。

 きっと身体強化魔法が使えなければ、顔なんか見えない。


 それにこれ以上暗くなったら、危ない。

 別に治安が悪い町ではないけれど、良い町とも言い難いのだから。

 探索者が多い町としては良いほうなのかもしれないけれど。


 もう帰ろう。

 そして帰路に着く。


 いくつかの路地を曲がった時、遠くに金髪の少女を見つけた。

 

 目を凝らす。暗くてよくわからないけれど、多分ララだと思う。

 なんで考えなかったんだろう。あの辺には遺物取引所があった。休日だとしたら、仕事で稼いだ遺物を換金しようとするのは当然の動きなのに。

 でも、なんにせよ見つけた。


「ラ……」


 呼ぼうとしたその声を私は必死に押し殺した。

 ほんの強くなった星明りが、ララの隣にいる少女を照らしたから。 

 赤い髪の女の子。誰かはわからないけれど、彼女と手を繋いで歩いている。

 仲が良さそうということは考えるまでもなくわかった。


 考えるより早く、私は近くの路地に逃げ込む。

 そしてなるべく歩く速度を上げ、その場を離れる。

 もしもララに見つかれば、声をかけられてしまうかもしれない。

 暗くて見つかるわけはないけれど、でも万が一ということもある。

 

 きっと彼女達の会話を聞くのは私には無理だ。寂しくなりすぎてしまう。

 多分、この町で感じている孤独なんて比較にならないほどの孤独感に襲われる。こうしてその存在を確認しただけで、こんなに寂しくなっているのだから。


 だから、こんなにも急いで逃げている。

 けれど笑ってしまう。

 あんなにララを探していたのに。

 やっと見つけたら逃げ出してしまうなんて。


 滑稽すぎる。

 何をしているのかわからない。

 よく考えてみれば、ララが誰かと歩いているかもしれないことぐらい簡単に予期できたのに。


 だって、ララは探索者なのだから。

 私のような孤独でもなんとでもなる仕事とは違う。

 探索者の行く場所は人類にはまだ危険すぎる場所がほとんどで、そんな場所に独りで行く人はいない。誰か仲間がいる。

 もちろんララにだっている。そんな単純な事を、どうしてわからなかったのだろう。


「……それだけじゃない」


 それぐらいのことはわかっていた。

 わかっていたはずだ。

 だから、私が逃げ出した本当の理由は。


 暴かないで。

 私の心を照らさないで。


 ……本当の理由は手を繋いでいたからでしかない。

 あの名も知らない赤い髪の少女とララが手を繋いで、顔を見合わせて、楽しそう歩いていたからでしかない。

 私はララの体温なんか知らないのに。他の誰の温度も知らないのに。

 

 あの少女の代わりになりたかったわけじゃない。

 私には無理だろうから。ララの隣を歩くなんてことは。

 そこまで驕ってはいない。


 だから、私が嫌だったのは。

 彼女は孤独じゃない。

 私とは違う。

 ただそれだけのことを思い知らされたから。


 ララは教会に来なくても寂しいとは感じない。

 私が感じたあの寂しさをララは感じない。

 私と会わなくても。

 あの少女さえいれば、彼女はきっと寂しいとは言わない。


 ……ララも同じかと思っていたのに。

 独りだと言っていたから、私と同じように寂しいと思っているなんて……


「気持ち悪い……」


 思わず声が漏れる。

 そこはもう町外れの教会への一本道で、誰もいなかったけれど。

 その言葉は間違いなく、私に向けた言葉だった。


 私から、私へ。

 自分自身に向けた言葉を言って、聞いた


 心が気持ち悪い。

 勝手に期待して、こんな風に傷ついたような顔をして。

 それもララが不幸であることを望んでいたなんて。

 私と同じように不満を持っていることを望んでいたなんて。


 反吐が出る。

 私が最低な精神であることはわかっていたけれど。

 でも、ここまでなんて。


 本当に気持ち悪い。

 なんで、私は私なんだろう。

 こんな私なんかいなければいいのに。

 

 吐き気がする。

 私が私であるということが。

 

 だめだ。

 やっぱりだめだ。

 

 私は何も変わっていない。

 キリを傷つけた頃から何も。

 少しぐらい成長していると思っていた。期待していたのに。


 こんな私じゃやっぱり誰かと共感しようなんて許されない。

 誰も私を許すことはない。

 やっぱりこの孤独感に包まれているしかない。

 それが唯一の道なのだから。

 そのことをちゃんと思い出していないと。


 勘違いしちゃいけない。

 良かった。勘違いしすぎる前で。

 まだこうやって泣いてしまうだけで済むぐらいで良かった。

 ララを傷つける前で良かった。


 でも、涙は止まらない。

 吐き気もする。

 寒い。


 なんで。

 なんで今日、町に行っちゃったんだろう。

 ララを探しに行っちゃたんだろう。


 行かなければ良かったのに。

 ララと会おうなんて、私に許されていないのだから。

 そうしたら、ずっと知らずに期待したままでいられたのに。

 

 あぁ。でも、それじゃあだめ。

 それじゃあ、期待が肥大化して酷いことになる。

 

 じゃあ、どうしたら。

 どうしたら良かったのかな。


 ……わかっている。

 その答えは分かっている。

 誰も言わないだけで。


「私が私でなければ良かったのに」


 その言葉にまた吐き気に震えながら、嗚咽する。

 あまりにも眩しい星明りの下で。

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