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第2話 天井を眺める

 天井を眺める。

 暗がりの中で。

 私は小さな穴を思い浮かべる。

 何かが出てくるような気がする。

 そんなわけはないのに。


 外は風で揺れている。

 今日も雪が降っている。

 当分、雪が続くだろう。

 あの子は大丈夫かな。


 心配なんて。

 ……心配なんてしなくていい。


 あの子は私とは違う。

 独りであっても生きている。

 この世界を全力で生きている。

 私にはないものを持っている。

 それが何かはわからないけれど。

 わかっていたら、今こうして天井を眺めてはいない。


 遠くで喧騒が聞こえる。

 部屋の扉の先、廊下を進んで、階段を下った先の広間から。

 今日は夜通し遊ぶらしい彼女達から。


 盛り上がっている。

 私は天井に右手を伸ばす。

 瞬きする。


 右腕が裂ける。

 指先から、輪切りになるように肘までがはじけ飛ぶ。

 血しぶきが瞼にかかり。


 目を開く。

 右手を開いて、閉じてみる。

 そこに右手はある。


 また幻覚を見ている。

 何故かわからない幻覚を。

 どこか痛い気もする。幻痛ともいうのかな。


 くるりと横になった身体を回す。

 早く眠って欲しい。もう夜も遅いのだから。

 雪が窓に打ち付ける音のせいか。

 それとも小さく聞こえる喧騒のせいか。

 眠れそうにない。


 暗い部屋で独り。

 私は思い描く。


 白い世界。

 雪景色。

 あの子がいる。

 イココの花が私の前で咲いている。

 

 あの子がしゃべることは無い。

 けれど、声がする。

 なんて言っているかはわからない。


 そんな夢を見ている。

 でも夢でしかない。

 そんなことあっちゃいけない。

 私とあの子は出会ってはいけないのだから。


 いつまで私はあの子を助けて、私を助けているつもりになっているのだろう。

 いつまでそうやって、独りよがりの自己満足を続けるつもりなのだろう。

 もうやめてしまえばいいのに。


 でも、やめたらもう私には何もない。

 元から何もないのに。

 イココもなくなってしまえば、私には何も。

 孤立しているだけの私のままになってしまう。

 そんなの耐えられない。


 ……早く慣れてくれればいいのに。

 この喧騒から感じる孤独にも。

 どうせ私はどうなっても、どこに行っても孤独なのだから。


 もう20年も生きてしまったのに。

 ずっと独りだったのに。

 私はなぜまだ、孤独に慣れそうになにのだろう。


「はぁ……」


 ため息が漏れる。

 白い息が一瞬部屋を漂い、消える。


 私は孤独を選ぶ運命にある。

 そんな気がしていならない。

 孤立する運命というべきか。


 今日だって、彼女達は私を誘ってくれた。

 何度も誘ってくれている。

 少しは顔を出したけれど。

 すぐに部屋に戻ってきてしまった。

 あまりにも馴染まない。


 彼女達のような真人間というか。

 太陽の側に立つ人というか。

 頑張れと気兼ねなく言えてしまう人間たちの前に長く立っていられない。


 そこまで歩み寄れなかった。

 仲良くはしたい。

 私だって虐められたくない。

 そんなのは怖いし、辛い。

 でも、私にはそこまで歩み寄れなかった。

 彼女達が10歩歩み寄って、私は半歩歩み寄った。私達の間にある溝はいくら歩いても届かないほどに大きいのに。意味がない。

 でも、もう少し跳ねれば。私が向こう側にいけるのなら。また変わるのに。孤立しないかもしれないのに。


 けれど私はすぐに疲れてしまって、ここにいる。

 どうしてこんな人になってしまったのか。

 何度も考えているのに、答えは出ない。

 気づけば頑張れって言えない人になってしまった。


「ふふっ……」


 努力が挫けたからのような台詞で笑ってしまう。

 私は努力なんてしたことはないのに。

 そんなことができるほど、私は人間ができてはいない。


 瞬きする。


 天井に穴が開く。

 ぬるりと影が揺らめく。

 

 幻覚。


 影が私を指さす。

 黒い影。大きな手。鋭い爪。

 ゆらりと薙いで。

 首が切られる。

 

 手で押さえても、血が止まらない。

 手が赤くなっていく。

 声が出なくなる。

 視界が赤く染まる。

 足をばたつかせる。

 けれど、音は出ない。


 そんなことは起きていないのだから。

 私はそんなところにはいないのだから。

 

 視界をころんと倒す。

 うまく焦点の合わない視線の先には使われていない寝台がある。

 ここには人がいた。ここじゃないけれど、私と同じ部屋に人がいた。

 もう15年以上も前。


 多分、友人だった。

 多分って……

 どうなのかな。


 友人、だと思うけれど。

 わからない。


 まだ5歳の時。

 魔法学校にすら行っていない。

 名前も覚えていない。あの人は、あの時既に20歳以上だった。


 私から見ればお姉さんというか。

 なんなら親のようにも見えていたかもしれない。

 

 こことは別の教会。

 別の部屋。

 同じ画角に彼女はいた。

 

 正直ほとんど何も覚えていない。

 けれど、助けてもらった記憶がある。

 あの教会で同年代のいない私は、彼女が色々仕事のやり方を教えてもらった。魔法も。


 それがなければ、私はここにはいない。

 私の小さな魔力の動かし方も知らない。

 あの子に魔力を注ぐこともできなかったかもしれない。


 助けてもらったのに。

 私は何も覚えていない。

 あまりにも薄情で、同情の余地がない。

 そんなことだから孤立するのだろう。


 せめて、助けてもらったのだから、誰かを助けたい。

 そう願ってはいるけれど。

 でも、どう助ければいいかはわからない。

 私の声は出ない。


 これを思い出すのはいつも後悔の近くの日。

 瞼の裏に一昨日の記憶が蘇る。


『どうすればあんな風に魔法が使えるようになるの?』


 そう問われた。

 10日に一度の魔法教室。

 それで来ていた子供の1人だろう。


 魔法教室は大抵教会の広間で行われるけれど、はぐれたのか、それともあえて私のところにきたのかはわからないけれど、彼は私にそう問うた。


 でも、私は答えられなかった。

 なんと言えば良いかわからなかった。

 

 ある程度、理論的な説明ならできる。

 術式の魔力的情報を覚えて、魔力で術式を編み、そして術式に魔力を流す。

 魔力操作精度、魔力出力、魔力制御、魔力量。その全てが規定値以上なら魔法が使える。


 でも、そういう質問じゃない。

 それぐらいはわかった。

 その男の子は何度か魔法教室に来ていたし、そうやって魔法を使っていたのを見ていたから。


 その子の問いはそういう意味ではなく、どうすれば同年代の子のように魔法が使えるのかと聞いているのかということぐらいは分かった。

 魔法教室も仕事の内だから、何度か顔は出している。授業も一応ある。


 この子はあまり魔法が得意じゃない。

 多分、魔力量が足らない。

 正確に測ったわけじゃないけれど。


 多分正解の答えは、『魔力量を増やせば使えるよ。そのためにたくさん魔法の練習をしよう』みたいな感じだろうか。

 けれど、それは強者の言葉。私には言えない。


 私はたくさん見てきた。

 魔法の練習をしても、術式が霧散していく人。魔力が足らない人。ずっとそのままの人たちを見てきた。

 何もできなかった私からしてみれば、憧れの人たちではあるけれど、彼らが嬉しそうにしていたかと言われたらそんなわけがない。


 だから、なんと言えばいいのかわからなかった。

 ただ私は……何も言えなかった。

 実際には何か答えてはいる。けれど、何の意味もない、価値のない言葉を吐いて、別の人に任せた。


 つまり逃げた。

 私は逃げた。

 名も知らない勇気の持つ人から。


 その子はあまり人と話すことが得意ではないようだったし。

 親と会話しているところも見たことがない。

 魔法の練習をしている時が一番楽しそうだった。


 そんな子が勇気を出して質問してくれたのに。

 私は答えられなかった。


 そんな私を、あのお姉さんは許してくれるかな。

 ……考えるまでもない。


 幻視した鋭い矢が私の眉間を貫く。

 そんな妄想と、雪の音が響く中で目を閉じる。

 

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