落語声劇「木乃伊取り」
落語声劇「木乃伊取り」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約40分
必要演者数:最低5名
(0:0:5)
(0:5:0)
(1:4:0)
(2:3:0)
(3:2:0)
(4:1:0)
(5:0:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
若旦那:大店・伊勢屋の若旦那。
道楽が過ぎて、吉原の角海老に遊びに行ったきり戻ってこない。
大旦那:伊勢屋の大旦那で若旦那の実父。
息子の道楽に頭を悩ませている。
佐兵衛:伊勢屋の番頭さん。
若旦那を吉原から連れ戻すよう言われて向かうが…。
喜太郎:伊勢屋に出入りしている鳶職の頭。
彼も大旦那に頼まれて若旦那を連れ戻すべく吉原へ向かうが…。
一八:太鼓持ち。喜太郎が吉原に遊びに来たのだと勘違いして、
しつこく付きまとう。
まあそれが仕事なんですが。
妻:大旦那の妻。
若旦那に甘々で、こっそりお小遣いをあげてるらしい。
甘やかしも度が過ぎるとああいう若旦那が出来上がるわけで。
清蔵:伊勢屋に雇われている飯炊き。
無骨で頑固な男。
若い衆:大見世・角海老の若い衆。
ちなみに若いと書いてるからとて実年齢も若いとは限らない。
名前は喜助。
かしく:角海老お抱えの花魁。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
大旦那・若旦那:
清蔵・枕:
佐兵衛・一八・若い衆:
喜太郎・語り:
妻・かしく:
枕:道楽者というのは、いつの世にもいるものです。
酒を呑む、博打を打つ、女を買う、これをもって三道楽と言うんです
が、どれか一つにでも凝ると身上を危うくする、悪くすると潰してし
まうなんという事は、今も昔もそう変わりはございません。
ま、何事もほどほどが一番という事ですな。
酒は呑んでも呑まれるな、博打は見切りの付け時が肝心、貢ぐ女は嫁
にだけ、とくれば万事安心安全というわけですが、世間というものは
なかなかそう上手くはいかないもので。
佐兵衛:大旦那様、失礼いたします。
大旦那:おお番頭さん。
倅の事、何かわかったかい?
佐兵衛:はい、あちらこちらをほうぼう捜して歩いて、
やっと訪ねあてて参りました。
吉原の角海老に遊んでいるとの事で。
ああいうご気性でございますから、なまじな者が行きまして
あれこれ言いますと、かえってこじれるという事がございます。
ですので、わたくしがお迎えに参ろうかと。
大旦那:そうかい。番頭さんに行ってもらえれば間違いもなかろう。
それじゃ素直に帰るよう、お前さんからうまく話をしておくれ。
佐兵衛:へえ、よろしゅうございます。
さっそく行って参りましょう。
語り:大旦那、番頭さんを迎えにやったからこれは確かだろうと言うので
それから待ち続けたものの、これがまた五日も帰ってこない。
一日経つごとに、大旦那の眉間にはぎゅうううっと、皺が寄せられ
ていきます。
大旦那:…呆れかえってものが言えないよ。
なんだい佐兵衛も。堅そうな事を言うから、番頭になって少しは
弁えてきたかと思ってたが、どうせなんのかんのと倅に言いくる
められて、一緒になって遊んでいるに違いない。
もう本当に腹が立ってしょうがない、堪忍袋の緒が切れたよ。
今度という今度は勘当だ!
妻:お前さんは何かというとすぐに勘当するとおっしゃいますけどもね、
一人息子を勘当したら、その後はどうなるって言うんです?
お前さんは短気なことばかりおっしゃるからいけませんよ。
短気は損気というじゃありませんか。
だいたいあたしは、あの番頭の佐兵衛という男を普段からあんまり
信用してませんから。やな男ですよ?
お前さんのいない間にあたしを変な目で見るんですから。
大旦那:バカなこと言ってんじゃないよ。
妻:いいえ、あの男は実がございませんよ。
うちの倅を誑かしてるのはあの番頭に決まってます。
それよりも、店に出入りの鳶職の頭に頼んだらどうです?
大旦那:おお、良いとこに気が付いた。
頭の喜太郎なら良かろう。
普段から派手な付き合いもしているし、吉原の事には何かと明る
いだろうしな。
よし、それじゃ誰かひとっ走り頭のとこへ遣わしてな、
私が急用があるから大急ぎで来てくれと、こう言うんだ。
くれぐれも余計な事を言わずにな。
妻:わかりました、それじゃ小僧さんに行かせます。
大旦那:ああ、早くしておくれ。
【二拍】
遅い…いったい何をしてるんだい…!
妻:お前さん、使いの者が帰ってきましたよ。
大旦那:おおそうかい、で、頭は、喜太郎は家にいたかい?
妻:ええ、ちょうどよくいたそうですよ。
大旦那:そうかい、いや、頭に行ってもらえりゃ安心だ。
何しろあの通り、なかなか気性も勝っている上に苦労もしてきて
るからね。そんな男から話をしてもらえれば上手くいくだろう。
それで頭はどうした、まだ来ないのか?
一緒に来たんじゃないのかい?
妻:それがすぐにうかがうと、そう言ってたそうですよ。
大旦那:すぐうかがうんなら一緒に来てうかがえばいいじゃないか。
どうも江戸っ子のくせして、いやに気の長い男だな。
もういっぺん催促に行かせなさい。急ぎの用だからと、そう言っ
て。
妻:はいはい…あら?
喜太郎:大旦那、どうもすいやせん、ちと遅くなりやした。
大旦那:おお頭、来たかい。
さ、入っておくれ。
喜太郎:いやぁすぐに出かけようとしたんですがね、道陸神は出かけちま
ったし、家の山の神は河童ァほっぽっといて湯に出かけちまうし
で、河童野郎を置いて出かける事ができなかったもんで…。
大旦那:な、なんだいその、道陸神だの山の神だってのは?
喜太郎:あ…へへ、こいつァ大旦那にはお分かりがねえ事をついつい…。
道陸神てなァうちの婆さんで、山の神がカカアで河童野郎は
うちのガキでして。
大旦那:…お前さんのとこはまるで化物屋敷だな。
まあそんなことはいいんだ。
頭を呼びにやったのは他の事じゃないんーー
喜太郎:【↑の語尾に喰い気味に】
えぇえぇ!そらァもう心得ておりやす!
蔵の方でござんしょ?いや、あっしも気にしてたんで。
アレぁやっぱり、仕上げる物は仕上げとかなくちゃいけませんで
。
あっしの方からさっそく左官の方へ使いをやって、若ぇのはすぐ
に足場を組んで仕事にかかりますんで!
大旦那:ぁいやいや待て待て、蔵の話で呼びにやったんじゃないよ。
喜太郎:【↑の語尾に喰い気味に】
あぁあぁ!でしたら長屋の根継ぎの方でござんしょ!
えぇえぇ、あれもどうもね、もう少しもう少して延ばしてるうち
に、肝心の家を傷めちまった日にゃあ何にもなりゃしやせんから
ね!今のうちに継ぎをなすった方がよろしいですな!
なァにわけねえんで。職人の方はあっしが手配しますんで、
さっそくーー
大旦那:【↑の語尾に喰い気味に】
おぉいおいおい、頭が一人でそうやってベラベラベラベラ喋るも
んだから、すっかり話が分からなくなっちまうじゃないか。
いや、仕事の話じゃないんだ。
実は困った事ができてね。うちの倅の事なんだが…
喜太郎:えっ、亡くなったんで?
大旦那:縁起でもない事を言うんじゃないよ!死んだわけじゃない。
掛け先を回らせたところ、三日四日と帰ってこない。
どうしたんだと気をもんでほうぼう捜して回らせた。
そしたら吉原の角海老とかいう所で遊んでいるというじゃないか
。
喜太郎:へええ若旦那が!
角海老たぁまた大見世ですな。
大旦那:そこでどうしようという話になってな。
番頭の佐兵衛が、なまじな者が行くとああいうご気性の方だから
、かえって事が面倒になる、だから私が参りましょうと申し出た
。
喜太郎:はあはあ、なるほど。
大旦那:お前が行けば間違いないだろうと出してやったら、これがまた
行ったきり五日も帰ってこない。
もう私は腹が立って腹が立って、いっそ倅を勘当しようと
言ったんだ。
そしたら女房が、「そんな短気な事を言わずに、頭ならああいう
所の振り合いもよく分かってるだろうから、ひとつ話をしてみた
らどうだ」と、こう言うんだ。
迷惑な使いですまないがひとつ、頭に迎えに行ってもらいたいん
だ。
喜太郎:なるほど、そうですか!いやぁ若旦那がねぇ…。
もっとも、無理もありませんや。まだ若ぇし、男っぷりはいいし
ね、大旦那と違って金をケチるーーごほんごほん!
ぇえその、まあ、ですからね、そらもう女の方でちやほやするの
も無理ありませんや。
けど向こうがいい心持ちで遊んでるとこに入ってって、さあ帰る
ぞ!って目ェ三角にして帝釈様の掛け物みたいな顔をしなくちゃならね
ぇんです。
こいつはできる事ならご免こうむりてぇと言うところなんですが
、まぁ爺ィの代からお出入りさせていただきまして、腐った半纏
の一枚もいただいてますんで…。
大旦那:お前も言いたい事をはっきり言うね、喜太郎。
腐った半纏はひどい言いぐさじゃないか。
喜太郎:あ、あぁぃいえいえ!そうじゃねえんで!
半纏を腐るほどいただいております。
大旦那:何を言ってるんだい…。
まぁ何でもいいから、倅を無事に連れて帰って来てくれれば
それでいいんだ。
大丈夫かい?
喜太郎:ええそりゃもう、わけありませんや!
もし帰らねえってんなら、腕の一本を叩き折ってでも連れ帰りや
すよ!
大旦那:そんな乱暴な事するもんじゃない。
怪我をさせないで家へ連れ帰って来ておくれ。
喜太郎:えぇよろしゅうござんす!
それじゃ、さっそく行って来やす!
大旦那:ああ、頼んだよ。
語り:とまあ意気込んで威勢よく飛び出して来た鳶職の頭。
やがて差し掛かります吉原土手。
わき目もふらずのしのし歩いてる頭を見かけたのが幇間の一八。
一八:おっ、頭、かしら!どこいらっしゃるの?
ちょいと、ちょいと頭!
ちょいと!
か し ら!
喜太郎:なんだァ?一八か。
一八:一八か、じゃありませんよ。
大変お急ぎじゃないですか。どちらに?
喜太郎:あ?ちょいと野暮用だよ!
一八:野暮用ォ?何を言ってるんですよゥ頭ぁ。
この吉原土手で会って野暮用はないでしょォ?
目の色変えて…へへへ、待っているってんでしょ?
へへ、あたくしがご一緒に、お供いたしましょ。
喜太郎:なに言ってやんでェ、お供なんかしなくたっていいんだよ!
今日はそんなとこじゃねえんだ!
一八:そんなとこじゃねえってたってダメでげすよ頭ぁ、隠したって。
喜太郎:うるせぇなッこんちきしょうめ!
いつまでも付いてきやがると張り倒すぞ!
【二拍】
ったく、やっと諦めたか…。
まるで蠅みたいにしつこくまとわりつきゃがる。
おうごめんよッ!
伊勢屋の若旦那に使いで来たんだ。
会わせてくれッ!
若い衆:こりゃ頭!どうも。
若旦那はこちらで。
【二拍】
どうぞ。
喜太郎:おう、すまねえ。
若旦那ッ!
若旦那:んん~?なァんだ、頭じゃないか。
ここまで来るたあご苦労だったね。
まま、まずは一杯…。
喜太郎:いやそういうわけにはいかねえ!
若旦那!もう何日ここに居続けてるってんで!?
お店じゃ、大旦那もおかみさんも心配してるんだ。
早えとこ、帰ってやっておくんなせェ!
若旦那:なんだい頭、野暮は言いっこなしだよ。
あたしはまだまだ帰らないからね。
喜太郎:んなッ!
あっしァね、大旦那に腕の一本を折ってでも連れ戻すって言って
きたんでェ!
今あっしと帰らねえってんなら…
若旦那:ぉおいおい、冗談はよしてくれよ。
一八:はいはいはい、ごめんなさいよごめんなさいよォ!
ぃよッ、先ほどはどうも頭ァ!
どうでげす?図星でげしょ?
喜太郎:い、一八!?
おめえ後をつけて来やがったのか!?
佐兵衛:なァんだ頭、怖い顔してやってきたわりには、ひとつ便乗して
遊ぼうって魂胆でげすねェ!
喜太郎:ッち、ちがッ、あっしはーー
若旦那:【↑の語尾に喰い気味に】
おぉ~一八、よく来てくれた!
頭の気が立っていてね、お前からもひとつなだめてやってくれ。
一八:合点承知でげすよォ!
ィヨォーーイヨイヨイヨイっとォ!
どんどん注いでェ!わーっと行きましょ、ぅわーっとォ!!
語り:さあこうなるともう後はドガチャカで何が何だか分からない。
なし崩し的にあれよあれよと巻き込まれまして、
連れ帰りに行ったはずが一緒になって遊郭遊び。
木乃伊取りが木乃伊になるとはこの事。
喜太郎も晴れて立派な木乃伊二号となりました。
それからさらに七日が経ちまして、伊勢屋の方ではと申しますと。
大旦那:【長い溜息】
……私はね、もうつくづく世の中が嫌になってきたよ。
迎えに行く奴みんな木乃伊取りが木乃伊になりやがって…!
しかしなんだね…番頭といい頭と言い、立派なこと言って出て
行ってあのザマかと思うと、本当に腹が立ってたまらない。
今度という今度は本当に勘当だ!!
妻:お前さんはまたそうやってすぐ勘当だとおっしゃいますけどね、
勘当してどうするって言うんです?
大旦那:どうするもこうするもないよ!
あんなもの、家へ置いたってしょうがないじゃないか!
大体ね、道楽者をこしらえあげたのはお前が悪いよ!
妻:あたしの何が悪いって言うんですか?
大旦那:何がってそうじゃないか!
私に隠れて小遣いをむやみやたらにやるから、
ああいう馬鹿者が出来あがるんだ!
儲けることを覚えないで使う事ばっかり考えやがって、
本当に馬鹿者だよ!女のケツばっかり追っかけまわして!
私なんざはね、若い時分から道楽はこれっぱかしもした事がない
んだ。
妻:お前さんは何かというと、俺は道楽はしない、した事がないとおっし
ゃいますけどね。
そりゃ確かにお前さんは、外でのお道楽はありませんよ?
その代わり家に置いた女中はみんなお前さんが手を付けてるじゃあり
ませんか。
大旦那:んなッ、何を言ってるんだ!今そんな話をしてるんじゃない!
?誰だ、そこへ来たのは!?
清蔵:へえ、ちょっくらごめんなすって。
大旦那:なんだ清蔵か。
清蔵:おらも話を聞いていただが、若旦那がお帰りなさらねえで、
さぞかしご心配なことだと思うべ。
そんでまぁ、おらが迎えに行ってみるべかと思うが、
大旦那様はどうだべ?
大旦那:あぁいいいい、お前がそうして気をもんでくれるのは嬉しいけど
、行ったところで帰って来やしない、無駄だよ無駄無駄ッ。
無駄無駄無駄ッ!
清蔵:無駄か無駄でねえか、行ってみねえと分からねえべ。
物事は当たって砕けろなんて言う事もあるでよ。
大旦那:清蔵、お前なんかがこんなとこに出しゃばってくるんじゃないよ
!
番頭が行って、頭も行って帰ってこないんだ。
お前が行ったからって、なんで帰って来るっていうんだい!
余計な口出しをしなくたっていいから、台所で飯が焦げないよう
にしてりゃ役目が済むんだ。
引っ込んでなさい!
清蔵:…ならちょっくらうかがいてえべ。
大旦那:っ、なんだ。
清蔵:そりゃあおらはこの店のまんま炊きにはちげえねぇ。
まんま炊きにはちげえねぇが、そんだらばと言ってまんま炊きーー
大旦那:【↑の語尾に喰い気味に】
なんだ、まんままんまって…何が言いたいんだ?
清蔵:まんまさえ焦げなきゃいいってことではなかんべ。
仮にな、この家へ泥棒が入って、大旦那が泥棒に殺されるーー
大旦那:な、なにを縁起でもないこと言ってるんだい!
清蔵:怒ったらダメだべ。こらぁものの例えだべ。
大旦那:そんな例えがあるか!
清蔵:黙って聞いて欲しいべ。
大旦那が泥棒に殺されるかって時に、おらぁまんま炊きだ、
飯を焦がさなきゃ役目が済むから余計な事はしねえって、
台所にはいつくばってるわけにゃあいかねえべ。
泥棒と一騎打ちの勝負して、大旦那を助けるのが人の道ってもんだ
べ。
おらの言う事に間違いはねえはずだべ。
理がとおってるべ。
ぐぅとでも言えるなら言ってみなせぇ。
妻:それごらんなさい。
お前さん、清蔵に一本取られたじゃありませんか。
ねえ清蔵、ぐぅとでも言えるんならお前言ってごらんなさい。
ぐぅと。
清蔵:ぐぅ。
大旦那:余計なこと言うんじゃない!
妻:お前さんのようにそう癇癪を起こしてガミガミ言ったって、
それでどうなるもんじゃありませんよ。
それじゃ清蔵、お前、行っておくれかい?
清蔵:承知しましたべ。
首に縄ァ掛けてでも、きっと若旦那を連れ帰ってくるで。
そんだら支度するだで、ちょいと待ってもらいてえべ。
語り:清蔵はとっとと二階の自分の部屋へ上がって行きますと、
国許から持ってきた手織り木綿という、なんだかコブの皮のような
ゴツゴツした着物に、元の色も分からなくなった帯を締めまして、
お手製の熊の皮でこしらえたという煙草入れを前の方へ差すと
、のそのそ降りて参ります。
妻:あ、清蔵、ちょいとお待ち。
あのね、倅に会ったら、おとっつぁんが大層怒っているけど、あたし
が何としても詫び言をするから、少しでも早く帰ってくるようにと、
そう言っておくれ。
それとこれはね、あたしのお巾着だけど、もしむこうで勘定が足りな
いといけないから、これを持ってって後始末をして、倅を連れて帰っ
てきておくれ。いいかい?
清蔵:へい。では行ってきますだ。
【二拍】
しかし、ありがてえもんだべ。
あんなに道楽こいてる若旦那を案じなさっとるだよ。
おらァきっと、首さ縄ァ付けてでもしょっぴいてくるだで。
語り:さあ清蔵先生、どんどんどんどん吉原へと向かいましたが、
なにしろなりふりなんて事はまったく構わない男でございまして、
頭の毛はぼうぼうとし、顔はヒゲだらけで鼻毛も大変に伸び、
息をするたびに奥の方へ出たり引っ込んだりとまぁ実に忙しない。
これで鼻毛のぶつかりどころが悪いとくしゃみを連発するもんだか
ら、まことに手数のかかる人間があるものです。
人に道を聞きつつ、ほどなくして辿り着きました吉原は角海老。
夜と違って昼の遊郭と申しますものは、なんとなくしんとしている
ものでございまして。
清蔵:あぁここだな。
ごめんくだせえ!
おい、誰かいねえのか!?ごめんくだせえ!
…おいッ!!誰もいねぇか!!!?
若い衆:へぇぇ~~いっ。
いらっしゃいませ!どちら様で?
清蔵:どちら様もこちら様もねえべ。
ここさ、おらンとこの店、伊勢屋の若旦那が来てるべ?
若い衆:え、どちらのお茶屋からでございます?
清蔵:そんな事ァおらァ知らねえ。
喜太郎てェ鳶職の頭と、佐兵衛さんてェ番頭さんと伊勢屋の若旦那
の三人、おめえがとこにいるはずだべ。
下手に隠しだてすると野郎、ためになんねえぞ。
若い衆:別に隠しだてなぞいたしませんが…
あっ、お三人てえと、引手茶屋の山口巴からのお客さんでござい
ますな。ええ、おいででございます。
清蔵:おらが迎えに来たこと、ちょっくら取次げ。
若い衆:へっ?
…ああ、さようでございますか。お迎えでございますか、へへへ
。
お寒い所、ご苦労様でございますな。へへへ…。
清蔵:…なんだこの野郎。おかしくもねえ事へらへら笑いやがって。
笑うならあははと笑ったらいいべ。
なんだ鼻の先で、いひひひてな。蔑み笑いて言って良くねえべ。
あばら骨の三枚目から声が出ねえか。
若い衆:へっ…恐れ入りました。
清蔵:おめえのツラは曇りがあって、相貌のはなはだ良くねえ野郎だ。
おらが来たこと、若旦那に取次げ。
早く取次がねえと、ぶっ張り返すぞ!
若い衆:ぁっわっ、しょ、少々お待ちを願います!
あの、恐れ入ります!少々お静かに願います!
伊勢屋の若旦那に申し上げることがございます!
若旦那:おぉおぉ、若い衆の喜助じゃないか。
ぁ~こっちへ来てな、一杯呑んでけ!
遠慮しねえで呑んでけ呑んでけ!
若い衆:いえあの、それが、お人が見えまして。
若旦那:なに、人が?
誰が来たんだ?
若い衆:ぁ~…誰と申しましても…とにかく迎えの方だそうで。
若旦那:あぁあぁ、どうせ親父の使いだろ。
俺を呼び戻そうってんで言われて来たに違いないよ。
この後もどんどん人をよこすに違いないから、来た奴はみんな
こっちへ止めてな、だんだん人を増やして賑やかにしようじゃな
いか。どうだ、面白いだろ。
若い衆:それが今度はだいぶ風変わりなお方がお見えになりましてな。
毛色が違うと申しますか…。
お迎えでございますか、お寒い所ご苦労様でございますな、
へへへ…と言いましたら、
「いひひひだなんて言うのは蔑み笑いで良くない笑い方だ。
あばら骨の三枚目から声を出せ」なんて言われまして。
あばら骨の三枚目から声が出てくるなんて言うことは、素人には
気が付きませんで。
ツラに曇りがあってとか何とか難しいことをおっしゃいましたが
、あれは何ですかな、易者と柔の先生ではないかと。
若旦那:はて、そんな奴は家にいたかな…?
番頭さん、いったい誰だい?
佐兵衛:さあ…わたくしにも分かりませんな…。
若旦那:どんななりをしていた?
若い衆:えぇと、手織り木綿のような硬いお身なりで…
あ、あの、熊の皮の煙草入れを前に差しておいででした。
若旦那:熊の皮の煙草入れ…?
佐兵衛:あッ!分かった!
分かりましたよ若旦那!
若旦那:え、分かった?
誰だい?
佐兵衛:飯炊きの清蔵ですよ。
熊の皮の煙草入れは奴の自慢の品物で、
どこへ行くにもあれを持って行くんだそうで。
若旦那:あ、清蔵か。
…プッ、くくく…お、親父も変わった奴をよこしたもんだ。
ははは、いいよいいよ、上げてやってくれ。
いや、いま来たってのは、清蔵っていう、家の飯炊きでね。
人間はちょいと頑固だが、なかなか面白い所もあるんだ。
あぁ清蔵、こっちだこっち。
一八:はぁぁ…あれが、何でげすか?おたくのご飯炊きで。
喜太郎:いや、まさかあっしの代わりに今度は清蔵をよこすとは思わなか
ったな…。
若い衆:こりゃどうも恐れ入りました。
若旦那のような粋なお宅に、よくまあこういう頑固な獣を飼って
らっしゃいますなァ。放し飼いでござんすかなァ?
面白いもんで!
清蔵:…なんだとこの野郎。
若い衆:ぇぁああいえいえ、どうぞ、こちらへ!どうぞどうぞ、旦那!
清蔵:この二股野郎…!
さっきと態度がぜんぜん違うでねえか!
手の平くるっくる返しやがって!
ぶっ張り返すぞ!
若い衆:ぁぁあいや、ごめんくださいまし!
若旦那:おぉいおい何をやってんだい。
揉めてちゃいけないよ。
まぁまぁそんな事はいいから、こっちへ入りな清蔵。
入って吞め吞め!
清蔵:若旦那でごぜえますか。
ごめんくだせえ。
頭。
番頭さん。
あんた達は長えことご苦労さんだ。
番頭さん、あんた、なんて言いなすって家を出た?
自分が行きゃぁきっと若旦那をお連れするべ言ったべ。
あんたァ白ネズミでねえ、ドブネズミだこのバカ野郎。
頭、あんたも出る時、でけえこと言ってたべ。
腕ェ叩き折ってでもしょっぴいてくるて。
なんだそのザマぁ。
頭、頭ってりゃいい気になりやがって、おめえは頭でねえ、
芋頭だ。
喜太郎:はははキツイなァ、勘弁してくれよ。
まぁまぁ大将、そう膨れっ面しちゃいけねえよ。
たしかに大旦那の前じゃちょいと啖呵を切ったけどな、
ここへ来てみりゃそういかねえわけもあるんだ。
こっちにはこっちの掟があるんだよ、な?
ま、そう怒らねえで大将、こっちへ入って、機嫌直しに一杯やれ
よ。
清蔵:大将だ?戦なんかしたことねえ!
なんだ、大将大将って。
おい芸者さん!いま話してるべ!
三味ィジャンガラジャンガラかまして、話の邪魔するでねぇ!
他の者はどうでもいいだ。
おらァ若旦那のお迎えに来たで、どうぞ、すぐに帰っとくなせぇ。
若旦那、お願えだべ。
若旦那:あぁあぁ帰る、帰るよ、帰りますよ?
俺ァ何も生涯吉原にいたいってわけじゃないからね。
帰ろうと思ったら俺は帰る。
帰る気が出たらいつでも帰るんだ。
帰る気がまだ出ないから、俺は帰らない。
清蔵:そんじゃ、若旦那は帰る気があったらすぐお帰んなさるてぇんだな
。
じゃあこれを若旦那にお見せすべえ。
このお巾着、見覚えあるべ?
おふくろ様がおらが使いに行くべ言ったら、これ持ってって勘定が
足りなかったら渡してくれ、どうか倅を連れて帰って来てくれ言う
たべ。
…親てえものはありがてえもんだべ。
寝る目も寝ねえで泣いていなさるだ。
どうか、この巾着に免じて、おらと一緒に帰ってーー
若旦那:あぁわかったわかった。じゃ巾着だけ置いておめえは帰んな帰ん
な。
いいじゃねえか、俺が受け取るんだから間違いはねえだろ。
おめえは帰っていいんだよ、巾着は俺が受け取るから。
清蔵:…そんじゃ何けえ?
巾着だけ置いておらだけは帰るって、子供の使いじゃあるめえ。
巾着は若旦那に渡して来やしたが、おら帰りやしたて、
そんなこと言えねえだ。
どうかひとつ、帰っておくんなせえ。
若旦那、帰っておくんなせえ!
若旦那:うるせえ野郎だな…嫌だよ!
清蔵:嫌だよ言うたって、おらァ首に縄ァかけてでもしょっぴいて来るて
、言うてきただよ。
若旦那:首に縄かけてでも…?
なに言ってんだい、俺ァ犬じゃないよ!
お前なんぞにああだこうだ言われることは無いんだ!
だいいち、俺は主人でお前は家の奉公人だろうが!
そんなにぐずぐず言われると酒がマズくなるから、
帰んな帰んな!目障りだからよ!
これ以上言うようなら、親父に代わって暇を出してやる!
清蔵:…おらがこれほど頼んでも、若旦那はどうあっても帰らねえかい?
若旦那:ああダメだね、帰らないよ。
俺はお前なんぞに何か言われて帰るような人間じゃないんだよ。
清蔵:…なら暇をもらうべ。
おめえの方でいてくれと頼まれたっておらの方でいねえぞ!
この、バカ野郎ッッ!!
これほど頼んでなぜ帰らねえ!
おふくろ様が涙ァ流して心配してるのをなぜわからねえ!
おめえが嫌だと言っても、このままにするわけにゃあいかねえべ。
こうなればおめえ、腕ずくでもしょっぴいて行くど。
邪魔だてするなら、どいつもこいつも容赦しねえ。
片っ端から殴ってやるだ。
こう見えても村相撲で大関までとった男だ。
【手に唾を吹きかけて】
野郎、覚悟せえよ…!!
佐兵衛:あぁぁいけません若旦那っいけませんよ…!
覚悟しろと言ったら顔色が変わりましたよ…!
喜太郎:こらぁ洒落にならねえ。
お帰りになった方がいいですよ、若旦那…!
若旦那:ぉ、ぉおいおいおい、その松の木みたいな腕を振り回されちゃ
困るよ!
い、今のはな、冗談だ、冗談冗談!
冗談で言ったんだ!
冗談が過ぎて悪かったよ。
お前の顔を立ててすぐ帰ろうじゃないか。
今までの事は悪かった。
この通りお前に両手をついて謝るから、勘弁しておくれ。
清蔵:っお、お手を上げてくだせえ若旦那!
…おらァ、お暇が出てもいい。
おふくろ様は、若旦那が帰らねえって…寝てばかりいなさるだ。
おらあ暇が出ても、若旦那さえ帰ってくれたらそれでええだ…。
ぐすっ…頼むから、帰ってくだせえお願いしますだ…!
ぐすっ、うぅぅうぅ…!
若旦那:ぉ、おいおい、めそめそ泣いちゃいけないよ。
女郎屋の二階で大きな野郎が泣いちゃ困るじゃないか。
わかった、わかったよ。
けど帰るにはなんだ、このまんまじゃ座が白けちまって心持ちが
悪いから、こうしようじゃないか。
ちょいとここで一杯飲んで、皆がわっと笑ったところで引き上げ
よう。
な、一杯だけ付き合えないか?
清蔵:そんなに言われちゃおらぁ困るべ。
若旦那さえ帰っておくんなさりゃ、それでいいだ。
なら、一杯だけ付き合うべ。
若旦那:おぉそうかそうか!
よし、じゃ、この大きいのでな、呑むといい。
清蔵:え、こんなでけえのに…ってぁっ、あっ、そんたに注がねえで、
半分でええ半分で…って……またえらく注いだべ…。
こうなりゃ呑むしかねえべ…んッ…んッ……。
ぷはーっ…!
えらくうめえ酒だべこれ…。
おら達の呑む酒とはえれぇ違いだべ…。
安くなかんべえなぁこれ…。
番頭さん、これ一合あたりいくらだべ?
佐兵衛:これこれ清蔵、この吉原はな、見栄の場所なんだ。
値段を聞くは野暮、聞かずに呑むのが粋なんだよ。
清蔵:はあ、そういうものだべか。
へへ、それじゃ、黙って頂戴するべ。
んッ…んッ…んッ………
ぷはーっ…!
あぁうめぇ。
それじゃ、このへんでお迎えに…。
若旦那:おいおい、お前の呑みっぷりはまるで水を飲んでるようだね。
ガブガブガブガブ呑んで、もう空けちゃったのかい。
こっちはまだなんだから、もう一杯付き合いな。
な、いいじゃないか。
清蔵:そんならもう一杯いただくけんど、でけえ杯だから半分でいいだ。
半分でぇってっも、もういぃいぃぁあっあっ!
…そんなに徳利おっ返すように勢いよく注ぐからいけねえだ…。
これじゃ口からお迎えだべ…。
んッ…んッ…んッ………ぷふぁーっ。
【だんだん酔いが回ってくる】
これでねぇ、若旦那様が帰っておくんなさりゃ、おふくろ様も
お喜びだで…大旦那はもう勘当だーッてがなっていなすった…。
けど若旦那は一人っ子だで、勘当もできなかんべ…。
番頭さんや頭もすんませんでした…芋頭だの、ドブネズミだの言っ
て…。
けっして腹にある事じゃねえだ。ただおらァ、若旦那に帰ってもら
いてえから、あんなこと言っただ…。
どうか、許しておくんなせえ。
佐兵衛:いいよいいよ、あたしも分かってるから、気にするんじゃないよ
。
喜太郎:そうだ、かえって俺たちの方が面目ねえ。
清蔵:【だんだん酔いが回ってくる】
んッ…んッ…ぱはーっ。
お?魚をおらに下される。あぁそれはすまねえ事で…。
はぁぁ綺麗なもんだね…。
それじゃ頂戴して…んむ。
…なんだか甘えような、酸っぺえような、あんまり食べたことの
無え魚だ。
なんて魚だべ?
佐兵衛:ははは清蔵、そりゃ杏子だよ。
清蔵:【だんだん酔いが回ってくる】
あ…こりゃ杏子かぁ。
そら道理で骨がねえと思ったべ。
杏子じゃあ骨はねえだね。
んッ…んッ…んッ………
ぷはーーっ。
ごちそうになって…。
そんじゃ、この辺で…。
若旦那:おぉいなんだな、どうも色気のねえ呑みかたをするなお前は。
あともう一杯呑みな。いいじゃないか。
駆け付け三杯と言うだろ。
あとはもう決して勧めないから、な、もう一杯だけ!
そいつをキュッとやったとこで、みんな引き上げよう。
清蔵:【大分酔いが回り始めている】
…もう二杯も呑んでるだで…勘弁してほしいべ…。
おらァ酔っぱらっちまってダメだ…。
佐兵衛:清蔵、せっかく若旦那がああおっしゃってるんだ。
もう一杯だけいただきなさい。
喜太郎:そうだそうだ、あとは勧めねえってんだから、な?
清蔵:【大分酔いが回り始めている】
…そんなら、本当にあと一杯だけだべ…。
あ、すまねえべ…たびたび酌さして…。
あぁいや、へへへ……ん…?
ちょっくら足りなかんべぇ…。
一杯ちゅうのはやっぱり一杯でなきゃいかんべぇ。
いやぁははは、すまねえべ…。
んッ…んッ…
いや、芸者さんがたも、おらァでけえ声でがなったでたまげたべぇ
。若旦那様も帰って下さる、ありがてえことだべ…。
何かひとつ、聞かしてもらいてえだな…。
若旦那:あぁいいよいいよ、何でも聞かしてやる。
おい何をしてんだ、かしく。
そんな後ろの方でもじもじぼんやりしてんじゃないよ。
清蔵のそばへ行って、酌でもしてやらないか。
かしく:そうでありんすか。
それでは皆さん、大目に見てくんなましよ。
わっちは家のそばに行きんすから。
さぁぬし、お酌をさせてくんなまし。
清蔵:【酔っぱらっている】
ぁっ、ちょ、おらに断りもねえでーー
【しばらくかしくに見とれている】
っ~~…。
!ぁ、す、すまねえべ…いやぁ…へへへ…。
…若旦那ぁ、えらく綺麗なあまっ子だべぇ…
里のとは比べ物にならねえだぁ…。
若旦那:お前の敵娼だよ。
「かしく」と言うんだ。可愛がってやんな。
吉原という所はな、二階へ一人上がる時には敵娼というのが必ず
付くのが規則になってるんだ。
すぐ帰るにしてもそれまではお前の女房だから、遠慮なく用でも
何でも言いつけな。
かしく:若旦那、わっちは今日は、まことに嬉しいんですのよ。
こな所へ来るお客さんは、口では様子のいい事をおっしゃっても
、みんな浮気の方が多いでありんしょう?
芯から堅いといわすお客さんへ、生涯にいっぺんでいいから出し
てもらいたいと信心をした甲斐があって、今日はこういう堅い
お客さんに出られて、わっちはまことに決まりが悪いけど、
初回もれをしてしまいんしたの。
わっちみたいなお多福でありんすが、せめてお酌だけでもさして
くんなましよ、ねえ、ぬし。
清蔵:【酔っぱらっている】
ぅ、うるせぇよぅ…へへ…。
おらに惚れてるてぇ、バカこいてらぁ。
こんなツラに惚れる女もねえべぇ…。
かしく:あらいやだ、顔や形で惚れたんではありんせん。
その堅い心、実のある気持ちに岡惚れしたんでありんす。
長芋みたいなにょろにょろした男は、わっちは大嫌い。
まあ、男らしくて頼もしいわ。
手でも何でも木造蟹みたいに、こなに毛むくではらで。
清蔵:【酔っぱらっている】
じゃ、じゃれるないィ…へ、へへ…おらが堅えからいいって…
おらァ人間だけでねェ、なんでも堅ぇだぁ。
手だってこんなに堅ぇべぇ。
かしく:まあ、いい手をしていんすわぇ。
その固い手でいっぺん、思い切りわっちの手を握ってくんなまし
、ね、ぬし。握ってくんなまし。
清蔵:【酔っぱらっている】
ぇへへ…そんなにおらの手ェ握りてぇて…なんぼでも握ってやるだ
ぁ…。
若旦那:どうだい番頭、頭。
実に似合いの夫婦じゃないか!
佐兵衛:ええそれはもう!
頭もそう思うでしょう?
喜太郎:まったくだ!
【手を叩いて囃す】
いよォよォッ!ご両人ッ!
へへへ、おい清蔵!はにかんでねえで、ほれ、もっとちゃんと
握ってやれよゥ!
清蔵:【酔っぱらっている】
そんたにみんな言うなら、おらァ握るだぁ…!
いいかァ、握った後で嫌だったって、おらァ離さねえぞォ…!
ほらァ…!!
ぅえッへっへへァ!だぁめだァ!よせってェ、じゃれるなァ!
おらァこんなアマっ子と野良ぁこいてるだァ…!
おらの方が帰れっちゅうのが無理かもしれねえだァ…!
若旦那:ぉおいおい清蔵、だらけちまっちゃいけないよ。
さ、そろそろ引き上げよう。
清蔵:あ?帰るってェ?
勝手に帰るがええだ、おらァもう二、三日ここにいるだよ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
三遊亭圓生(六代目)
立川談志(七代目)
※用語解説
・角海老
吉原遊廓に存在する屋号。明治時代に吉原で奉公していた宮沢平吉が
「角尾張楼」という見世を始め、その後「海老屋」という見世を買い取
り、そこに「角海老楼」という時計台付きの木造三階建ての大楼を建てた
のが起源とされる。当時の「角海老楼」は総籬の高級見世で、歴代の総理
大臣が遊びに来るような格式の店であったという。
のちの角海老グループは↑の後継者の承諾を得て屋号を継いだものである
。
・鳶職
建設現場で高所作業を担当し、足場や鉄骨の組み立てなどを行う、
建設工事に不可欠な専門職。作業内容によって足場鳶、鉄骨鳶、重量鳶
などに細かく分類され、現場全体の安全を支え、他の職人が安全に作業
できる基盤を作る役割を担う。高所を華麗に動き回る姿から「現場の華」
とも称され、体力と精神力、そして高度な技術が求められる職種。
・道陸神
道六神とも表記される。
村境や峠、辻などに祀られ、悪霊や疫病の侵入を防ぎ、旅人の安全や
村人の健康・子孫繁栄を司る神様。
地域によっては「道祖神」「塞の神」とも呼ばれ、自然石や文字を刻んだ
石碑、男女が手を取り合う「双体道祖神」など多様な形態で信仰されてお
り、足の神様として祀られることもある。
・左官
コテを使い漆喰やモルタルなどの材料を壁や床に塗って仕上げる職人、
またはその仕事を指す。熟練した技術が求められ、壁や床に独特の風合い
や表現をもたらすほか、下地調整など現代建築でも重要な役割を担う。
・根継ぎ
柱の傷んだ根元部分を切り取り、新しい材料で継ぎ足す大工の高度な技術
を用いた修理工法。
主に寺社や町家などの伝統的な木造建築で用いられ、腐朽や蟻害で損傷し
た柱を補修するために行われる。
・掛け先を回る
代金をツケているところを回って代金回収に歩く事。
・大見世
江戸時代に最高位の遊女である太夫を、太夫の消滅後は花魁を抱えていた
、吉原遊郭における最上級の妓楼(遊女屋)を指す。
規模が大きく格式も高く、一般の遊女の店(中見世・小見世)とは異なり
、引手茶屋という案内人を通さなければ利用できなかった。
・振り合い
つり合いやバランスという意味で、二つ以上のものの力や重さなどが均衡
を保つこと、または物事の様子や具合を表す。
・幇間
宴席などで客の機嫌を取り、即興の芸を披露して場を盛り上げる男性の
職業。別名「太鼓持ち」とも呼ばれ、芸者や舞妓の仕事を助ける役割も
担っていた。
・野良こいてる
基本的に怠ける、ズルをするという意味。
(比喩的に)ろくなことをしない、悪いことをするという意味もあるので
この噺では後者の意味だと思われる。
・敵娼
かつての遊廓において、客の相手をする遊女のことを指す言葉。
もともと「相方」という言葉で使われることもあったが、「敵娼」と書く
場合は遊女を意味した。
・毛むくではら
毛むくじゃらを廓言葉で変換掛けたらこうなりました。