2話 私の不幸は誰かの幸せ
次の日の朝、私達は軽食をとった後、すぐに荷物を馬車に運び始めた。私の荷物は万一の為の着替えだけなので衣装鞄一つ運んで終わった。
その後はお母様とレイラが召喚獣を呼ぶのを眺めていた。お母様達が指を鳴らすと雷が落ちたかのように光り、異空間から二本角の黒い馬のような魔獣が姿を現す。人間の商人が馬車を引くのに使う馬の倍の大きさはある体躯と、全身から溢れ出ている禍々しいオーラに圧倒される。
この魔獣が馬と異なるのは専用の巨大な馬車を引けることではない。この魔獣は空を駆ける。当然馬車も空を飛ぶのだが、私には理屈はわからない。お母様は「体術を極めていない者に教えることではない。」の一点張りで魔術を一切教えてくれない。イザベルはレイラに少しずつ教えてもらっているらしく、正直妬ましい。
出発の用意が整うと、お父様が別棟の子供達を連れてきた。私にはルーシーとルーク以外にもたくさんの弟妹がいるが、普段別棟で暮らしている彼らと関わることはあまりない。今回のように家族全員で出かけるときだけだ。
「どこに行くの~?」
「楽しみだねー。」
「着いたら何して遊ぶ~?」
彼らにとっては貴重な外出のためか、とても盛り上がっているようだ。
「みんな、乗って。」
お父様の声がかかると一斉に乗り込み始めた。お母様の召喚獣が引く方にお父様と私と弟妹達、レイラの方に従者とその家族が乗る。
全員が乗り込むと馬車がふわりと宙に浮き、召喚獣が空を翔けの日の朝、私達は軽食をとった後、すぐに荷物を馬車に運び始めた。私の荷物は万一の為の着替えだけなので衣装鞄一つ運んで終わった。
その後はお母様とレイラが召喚獣を呼ぶのを眺めていた。お母様達が指を鳴らすと雷が落ちたかのように光り、異空間から二本角の黒い馬のような魔獣が姿を現す。人間の商人が馬車を引くのに使う馬の倍の大きさはある体躯と、全身から溢れ出ている禍々しいオーラに圧倒される。
この魔獣が馬と異なるのは専用の巨大な馬車を引けることではない。この魔獣は空を駆ける。当然馬車も空を飛ぶのだが、私には理屈はわからない。お母様は「体術を極めていない者に教えることではない。」の一点張りで魔術を一切教えてくれない。イザベルはレイラに少しずつ教えてもらっているらしく、正直妬ましい。
出発の用意が整うと、お父様が別棟の子供達を連れてきた。私にはルークとルーシー以外にもたくさんの弟妹がいるが、普段別棟で暮らしている彼らと関わることはあまりない。今回のように家族全員で出かけるときだけだ。
「どこに行くの~?」
「楽しみだねー。」
「着いたら何して遊ぶ~?」
彼らにとっては貴重な外出のためか、とても盛り上がっているようだ。
「みんな、乗って。」
お父様の声がかかると子供達は一斉に乗り込み始めた。お母様の召喚獣が引く方にお父様と私と弟妹達、レイラの方に従者とその家族が乗る。
全員が乗り込むと馬車がふわりと宙に浮き、召喚獣が空を翔け出す。窓から景色を眺めているとあっという間に目的地に着いた。
馬車から降りるとそこには広い草原と花畑が広がっていた。色とりどりの花が咲き、遥か遠くには頂上が白くなっている山々が見える。あれが国境付近だろうか。
「ここが見晴らしの丘……。」
壮大な光景に目を奪われていると、子供達が集まって騒いでいる。どうやら大人達がピクニックの準備をする間に追いかけっこをするらしい。
「鬼やりたい人~。」
ルーシーの掛け声に私は即手を上げた。
『鬼』とは神国にいたという伝説上の生き物らしい。その名はここ帝国まで伝わり、子供達に恐れられている。私にはそんな見たこともないものよりもお母様の方が恐ろしいのだが。
「お姉様は駄目です。手加減ができないでしょう?お姉様が鬼だとすぐ終わってつまらないわ。」
「ふん、それがいいだろう。今日こそ決着つけてやる。」
ルーシーとルークとの勝負では何事でも手を抜いたことはない。それが私の姉としての矜持だ。
結局ルーシーとルーク対、私と他の子供達という分け方になった。
「イザベルは参加しないの?」
離れて様子を見ていたイザベルにルーシーが声をかけると、
「昨日買ったドレスが汚れるのは嫌だもの。牢屋の見張り役ならやってもいいわ。」
そうして追いかけっこが始まった。ルーシーが子供達を、ルークが私をずっと追いかけてくる。
「くっ、あいつ早すぎるぞ。おいルーシー協力しろ。」
「無理よ。諦めて他を狙いなさい。」
「ちっ、仕方ない。あいつは無視だ。」
私への追跡がなくなったので今度は双子に捕まりそうな子をかかえて走り逃がしたり、捕まった子を解放して戦線を泥沼化させた。イザベルが私には容赦なく魔術を使ってきたことには驚いたが、当たらなければ問題はない。
「準備できたわ。やめて戻ってきなさい。」
レイラの声が聞こえ、みんなが駆け寄ってくる。
「もうお姉様ったら、本当に困った人。」
「クソ、また負けか。」
双子は文句を言っているが子供達は楽しめたようでとても賑やかだった。
大人達が用意していたのは外用の椅子とテーブル、そしてたくさんの料理と菓子だ。花畑を眺めながらの食事会はとても楽しかった。自然に囲まれて食べる料理はいつもより美味しく感じる。
食後は自由時間となったので私はお父様に駆け寄った。
「お父様、昨日買ったこの服どうですか?」
「似合ってる。可愛いよ。」
「……お母様とどっちが可愛いですか?」
「シャーロットの方が可愛いよ。」
直球で褒められて恥ずかしくなったので答えにくい意地悪な質問をしたつもりだったが、即答してくれた。
「お父様大好き。」
お父様に抱きつくとお父様の温もりを感じた。その瞬間、突風が吹いてお父様の背後にお母様が立っていた。
「それはどういうこと?」
そのままお父様は怖い笑顔で固まったお母様に物影へと引きずられていった。お父様には悪いことをしてしまったかもしれない。
お母様とレイラは近くの街へ仕事に行き、残った私達は二人が帰ってくるまでのんびりと丘で過ごした。帰りの馬車では夕焼けの景色を楽しみ、屋敷に帰る頃にはすっかり暗くなっていた。
屋敷につくと門番が二人とも寝ていたらしく、レイラが怒っていた。しかし話を聞くと急に強い眠気に襲われて気を失っていたらしい。どうやら魔術か何かで眠らされていた可能性があるようだが、屋敷には特に異常はなく何もわからなかった。
一日中の外出で疲れていた私はすぐに眠りに落ちた。
夢を見た。私が私を見つめている夢。夢の中の私は私を見て薄気味悪く笑っている。何かを呟いているが何も聴こえない。そして、ゆっくりと近づいてきたと思ったら手で私の胸を突き刺してきた。胸が焼けるように痛み、声にすることもできないほどの苦痛で目が覚めた。
外はまだ暗く夜は更けていない。私はすぐに胸に穴が開いていないか確認すると、穴は開いていなかったが谷間に赤い模様が浮かんでいる。その模様を見ていると左目が痛み、一つの情景が頭に流れ込んできた。お母様の寝室に昨日街で見た謎の女二人がいて、一人は剣を握り、一人は裸のお父様を抱えているという奇怪な情景。
私は私の身に次々と起こる不思議な現象に戸惑う。しかしもしこの情景が現実なのだとしたら……と思うと自分の目で確かめずにはいられない。私はお母様の寝室へ向かって走り出した。
寝室の戸は開いていた。迷いなく私は部屋に飛び込む。そこには先ほど見た情景があった。そしてその女二人の視線の先には裸のお母様と駆けつけてきたであろう殺気だったレイラがいる。怒りで魔力が可視化されるほど溢れている。対照的にお母様は冷静だった。静かにお父様を抱える女を見つめている。
何もしなければ奪われる。何もできなければ奪われる。そう思った時には既に体は動き出していた。全神経を研ぎ澄まし、壁を蹴り、宙に浮き、天井を掴み、女二人の背後の壁に飛ぶ。更にその壁を蹴り、剣を握る女に飛び掛かる。
しかし、女には私の動きが視えていた。女は突如振り返り私に斬りかかる。
「シャーロット!」
レイラの叫び声が聞こえ、「ああ、私は死ぬんだ。」
そう思ったとき凄まじい突風が吹いて部屋の家具や窓ガラスが消し飛んだ。軽く意識を失いかけて、気がついたときにはお母様に抱きかかえられていた。
家具が消し飛ぶほどの突風が吹いても女二人は微動だにせず、こちらをじっと見つめている。
私は死に瀕した恐怖と無力感で自然と涙で溢れていた。私がどうこうできる相手じゃない。ただ叫んだ。
「お父様を返して、返してよ。」
それを聞いた女二人から激しい動揺と殺気を感じた。するとお父様を抱える女のもう一方の手から光のようなものが飛んできて、それをレイラが魔術で盾を張り防いだ。
「頼む、やめてくれ、ユウナ。」
それはお父様の声だった。
「そう……。」
何かを悟ったかのように呟いた女は剣を握る女に手を触れ、女二人とお父様は光の粒子となって消え去った。
襲撃者のいなくなった部屋でお母様は私を強く抱きしめ、静かに泣いていた。私はそのまま意識を失った。




