1話 目覚め
「ロッティ起きて、もう朝よ。起きてくれないと私がお母様に怒られちゃうわ。」
体を揺すられ目が覚める。重たい瞼を開けて声の方を見る。そこにはベッドに腰をかけた少女が私を見つめている。
「ごめんイザベル。何かとても嫌な夢を見ていたみたい。」
イザベルは私のお母様の従者レイラの娘であり、生まれた時からの付き合いで姉妹のように育てられた。体を起こした私は彼女に手伝ってもらいながら服を着替える。
「さあ、行きましょ。みんな待ってるわ。」
イザベルを追うようにして私は食堂へ足を運ぶ。食堂前の廊下にはワインレッドの長髪を後ろでまとめた女性が深紅の瞳でこちらを睨んでいる。今朝はレイラが調理担当だったようだ。
「遅いわシャーロット、イザベル。早く入りなさい。」
私は急いで入り、並んで座っているお母様とお父様に駆け寄る。
「おはようございます、お母様、お父様。」
「おはよう。」
お父様は寡黙な人だが、いつも優しい笑顔で返してくれる。
「おはようシャーロット。貴方また寝坊よ。最近多いから気をつけなさい。長女としての自覚が足りていないわ。」
美しく長い金髪に深緑の鋭い瞳のお母様が私をじっと見ている。お母様は全てにおいて私に厳しいが、事実なので何も言い返せない。
椅子に座ると妹のルーシーが話しかけてきた。起きたばかりで寝ぐせがついたままの私と違い、髪を綺麗に整え横で一つに結んでいる。
「おはようお姉様。お姉様が遅いからルークがずっとイライラしていたわ。」
「してない。」
弟のルークは不機嫌そうにそっぽを向いている。昔はお姉様お姉様とよく懐いてきたのに、最近はなかなか目も合わせてくれない。
ルーシーとルークは双子で私の一つ下の十二歳だ。ルーシーはお母様似で、ルークはお父様似の雰囲気がある。
「さあ、いただきましょう。」
当主のお母様が声をかけ食べ始めたのを見て皆もそれに続く。それぞれの今日の予定などについて話しながらいつも通りの朝食をとる。
「明日は従者家族含め全員で見晴らしの丘でピクニックに行きます。今日の内にできる準備を済ませておきなさい。」
お母様の言葉に頷き、部屋に戻る。
私が部屋で明日の持ち物はどうしようか考えていると、
「ロッティ、今日は街に行きましょ。」
「でも明日の準備が……。」
「準備なら帰ってからでもできるわ。私、明日着る服が欲しいの。それにロッティも胸がきつくなってきたって言ってたじゃない。ついでに下着も買いましょ。」
「まあ、そうね。」
せっかくお父様と外に行ける貴重な機会だ。綺麗な服を着て褒めてもらいたい。お母様とは社交や体術の鍛錬などで時々出かけるが、お父様とは家族全員で出かける時だけだ。
街へ出かける準備を済ませ、私とイザベルはお小遣いを貰いにお母様とレイラがいる領主室へ向かった。話を聞いたお母様はすぐに十分なお金を用意してくれたが、レイラは、
「領主貴族の子供が大人を連れず街へ行くのは少々危険ではありませんか。最近は冒険者のような野蛮な者達も増えています。」
「この二人なら問題ないでしょう。」
「ですが……。」
「では門番を一人連れていきなさい。きっと今頃居眠りでもしているでしょうから。」
「はあ……。今度きつく言っておきます。」
本棟を出て門へと続く庭を通り抜ける。手入れが行き届いた春の庭はとても心地よい。門番小屋に着くとイザベルは立っている男に声をかける。
「リンはいるかしら。」
「リンなら小屋の中で寝ています。本当はこの時間あいつの担当なんですが……。」
それを聞いた私達は小屋の戸を開け中に入る。そこにはベッドで寝ている女がいた。豊満で綺麗な顔立ちだが、よだれを垂らし腹をかいているので美人が台無しだ。
「リン、起きて。」
「ん~、まだ眠いよ~。ん~、えっ、イザベルお嬢様とシャーロットお嬢様がなぜここに。」
慌てふためくリンに対し私は用件を一通り説明した。
「承りました。ですが私でよろしいのですか。こう言ってはなんですが、私弱いですよ。」
「あなたに護衛としての力は期待していません。格好だけ整えてくれればそれでいいです。」
イザベルがきっぱりと答える。確かに私達魔人種と人間種では力に大きな差があるとはいえ、ちょっと酷い言いぐさに思う。だがリンは特に気にしていないようだ。
「急いで準備しますので外でお待ちください。」
庭師が庭を整える様子を眺めながら待っていると門番の制服に着替えたリンが出てきた。見た目は立派なので変な輩に絡まれることはなさそうに思う。
門を抜けて少し歩けばノースカ領最大の街シャーロットに出る。元々はメクレンという名前だったが、私の誕生に合わせてシャーロットに変わったそうだ。
「服を買うのはいつものお店でいいの?」
「駄目よ。私もロッティも成長したんだからもっと大人の服を買わなくちゃ。」
イザベルの言葉にリンが「マセガキ」と言いたそうな顔でにやけている。
「でしたら私がいいお店を知っていますよ。」
リンの案内で向かったお店は女性用の高級衣料品店だった。お店に入ると店員に案内され、店の品揃えの良さをアピールされた。どうやら金払いの良さそうな客だと見抜かれたらしい。
イザベルが店員と話している間に私は一つ一つ手に取って確認する。肌触りからして高級品であることがわかる。下着や肌着、靴下など何から何まで全て揃っていてどれも質が良い。私が何を買うか悩んでいるとイザベルが話しかけてきた。
「どう?この服似合ってる?」
胸元と背中を大きく開けたドレスを着たイザベルが自信満々に立っている。
「とても似合っているけどその服で出歩くのは恥ずかしくない?」
「私は大丈夫よ。ロッティより身長も胸も大きいし、これで大抵の男はイチコロよ。女の妬みの視線なんて気にならないわ。」
「わ、私もすぐ成長するよ。」
レイラもかなり大きいけど、お母様がそれ以上なのだ。私の成長はまだ止まらないはずだ。実際同年代では大きい方だった気がする。まだ数えるほどしか帝都の社交会に行ったことがないのでよくは知らないが。
そんな話をしながら服を選んでいく。結局私は決めきれず店員のおすすめを参考に選び、全て精算台に持っていってもらった。
「これ全部買うんですか!?」
リンの素っ頓狂な声が響く。どうやら子供には買えないだろうと思ってこのお店に連れてきたようだが、お母様から十分なお金を貰っているので問題はない。清算を済ませるとイザベルが買い物袋からスケスケの下着を取り出した。
「これは今日のお礼としてリンにあげるわ。ロイもきっと喜ぶわ。」
「本当ですか!?ありがとうございます。」
リンは貰った下着をまじまじと見つめてにやけている。
「えっと、ロイって……。」
「もう一人の門番の名前よ。リンの彼氏、いや夫だったかしら?」
私の疑問にイザベルはリンをからかうように答えた。
「もうすぐ夫になる予定です。」
キリっとした顔で宣言したリンだが、手に下着を持ったままで台無しだ。
リンの様子を見てイザベルと笑っていると私達は顔を見合わせた。
「外で何か起こっているようね。どうするロッティ。」
「えっ、私には何も……。」
人間のリンの聴覚では聞こえなかったようだ。外に出るとはっきりと怒号が聞こえる。遠くを見ると人だかりができていた。
「行きましょう。」
領主の娘として見過ごすわけにはいかない。人だかりの外から様子を観察すると、男が女に胸ぐらをつかまれ軽く持ち上げられている。
男の方はこの街を古くから拠点としているらしい奴隷商人だ。以前お母様に奴隷を買わないか持ち掛けているのを見たことがある。女の方は異様な気配の二人組で、格好からすると冒険者だろうか。男をつかむ女は腰に細長い剣を下げている。
「だから覚えてねえって言ってんだろ!」
「13年前黒い髪の奴隷の青年を連れてきたっていう医者の証言があるのよ。」
言い争っているところに私は出ていく。
「何しているの。その男から手を離しなさい。」
女二人がこちらに振り返る。
女二人と目が合った瞬間、急に左目が強く痛んだ。同時に意識が朦朧とする。頭の中から声が聴こえる。レイラの声、私の声、お父様の声が。
ふらついた私をイザベルが受け止める。
「ロッティ大丈夫!?」
「え、ええ、大丈夫。少し眩暈がしただけ。」
「あなたは?」
もう一人の女が私に問う。
「私はシャーロット・フェネクス・ノースカ。この地の領主の娘です。この街では領主によって一切の暴力が禁じられています。」
奴隷商の男も言う。
「そうだ。この地にはとっても強い領主様が……。ん、あ~思い出した。確かその奴隷は領主様に。あれ、なんでこんなこと忘れていたんだ?」
それを聞いた女二人は私を見つめた後、どこかに立ち去った。
「ちっ、何だったんだあいつらは……。あっそうだお嬢様方、奴隷を買っていきませんか。今いいのが入ってますよ。」
「必要ないわ。」
イザベルが即座に断り、私達は帰路につく。
歩いていると私は左目から何かが頬につたうのを感じ、手で拭う。驚いたことにそれは血だった。つい立ち止まってしまった私をイザベルとリンが振り返る。
「どうかしたの?」
「なんでもないわ。」
余計な心配をかけたくなくてはぐらかした。あの女二人と眩暈はなんだったのだろう。そして私の目はどうかしたのだろうか。それを考えながらその日を終えた。




