第一話『その総長、無敵につき』
ある深夜のある県のある区のある工事現場にて。
軽く30を超える数の赤いバイクと、同じくらいの数の黒いバイクの軍勢が互いに睨み合っていた。そしてその両方がバイクのケツに旗をかざしている。
片や『奉落苦矛武吽』(ブラックムーン)の文字と共にドクロと月のマークが入った赤い旗。
片や『関東 独羅魂帝嶐』(ドラゴンテイル)の文字と共に炎に包まれた龍が入った黒い旗。
そう…今行われようとしているのは、不良同士の『抗争』であった。
睨み合いが続く中、遂に赤バイクの内の一人が大きく声を上げる。
「オルァア゛ッ!!!てめぇら俺ら『奉落苦矛武吽』に喧嘩ぁ売るとぁ舐め腐った真似してくれるじゃねぇかぁ!!!てめぇらッ新星だとかなんだとか言われてるみてぇだがよぉ!!?最強なのはてめぇらじゃねぇ!!!最強は俺達『奉落苦矛武吽』だゴルァ!!!」
「おぉおるぁあッッ!!!!」「その通りじゃボゲェ゛えッッ!!!」「殺すぞクルァあッ゛!!!」「遺書の用意出来とンのかゴルァあ!!!」「とっととくたばれやぁ゛あッッ!!!」
その声に続くかのように赤バイクの軍勢は次々に声を張り上げる。その声に込められたモノは『闘志』以外の何物でもなく、軟弱な者が聞けばその声だけで震え上がってしまうだろう。
しかし当然ながら黒バイクの軍勢も『闘志』では負けてはいられない。向こうのヤジで火がついたのか黒バイクの軍勢もまた、怒気の孕んだ声で返す。
「あンじゃゴルァあ゛ッ゛!!!!」「死ぬのはおどれらの方じゃグラぁあ゛ッ゛!!!!」「生きて帰れると思うなよギャラぁあ゛ッ゛!!!」「かかってこんかいボゲェ゛!!!」
だが黒バイクの中心にいる人物…黒い特攻服に身を包み、短い金色の天然パーマが特徴の男は三つの指輪を嵌めた拳を開け閉めしながら、苛立っていた。
『関東 独羅魂帝嶐』の副総長こと『尼岸 夕葉』は時間を気にしながら『総長』を待っていた。今、この場には『関東 独羅魂帝嶐 総長』のみが不在している状況なのだ。
(あの馬鹿なにやってやがる……。もう抗争が始まっちまうぞ…!)
未だやってこない総長を待ちわびる副総長だが、時は無情。『奉落苦矛武吽』の切込隊長であろう男がバイクのエンジンを吹かしながら大声を上げる。
「オルァア゛ぁ!!!!チンタラしてンじゃあねぇえ゛ッ゛!!!!今日この場で、どっちが最強かを決めたらぁあ゛あーーッ゛ッッ!!!!!!」
「クソがッ゛!!馬鹿がこねぇなら俺達で殺るしかねぇ!!ッッ゛てめぇらぁ゛あ!!!一人でも多くボケ共殺したれやぁあ゛ッッ!!!!今日ここで勝ちゃあ!!!俺達が名実ともに日本最強の座は俺達のもんだぁあ゛あーーッッッ゛!!!!!」
「「「「お゛ぉお゛お゛ぉおーーーッ゛ッ゛!!!!!!」」」」
そう、これは『日本最強』の王座に手をかけた二つの不良グループの抗争。現最強のチーム『奉落苦矛武吽』と、それ以外のチームを壊滅させたチーム『関東 独羅魂帝嶐』…今宵どちらかが最強になる…。
決戦の火蓋は、あっさりと切られたのだった。
───………。
───………長い、地平線のように長い道路の向こうから…一つの影が恐ろしい速度で目的地へと向かっていた。あまりの速さにその影の真下からは火花が散っている。滂沱の汗を滴らせながら、車よりも早い速度で走行するその影は……。
「オォ゛オルァ゛あぁ゛あッ゛ッッ゛!!!!!!!!クソがぁあ゛あ゛ぁあ゛ッッッ゛!!!!!完ッッッ全に遅刻じゃねぇかクソボゲぇえ゛えーーーッッ゛ッ!!!!!!!」
自転車で深夜の道路を爆走する…
『関東 独羅魂帝嶐 13代目総長』であった。
───………。
視点は戻り工事現場…否、抗争現場。もはやその地面はぶちまけられた血反吐、ぶち折られた歯、あらゆる肉片…そして殺意に塗れていた。まさしく『戦場』と言えるほどに。
「オルぁあ゛ッ!!!」
「ぐぉげえ゛ぇえッ゛!?」
「くたばれやぁ゛あッッ!!!」
「てめぇがじゃクソがぁあ゛!!!」
「ドルォアあ゛ッ゛!!!」
響き渡る怒声と叫び声、口の中に広がる鉄の味、人を殴り殴られる感触、ぶっ倒れた仲間の姿、潰されて利かなくなった鼻……。
五感の全てが『闘争』に支配されているのを、この場にいる全ての人間が感じていた。いや、ここにいるのはもう人間ではない。五感全てが闘争に置き換わった今、彼らは人間ではなくケダモノなのだ。
「ゴルぉあッッ!!!指折られた程度で怯むなやお前らぁあ゛ッ゛!!!!ビビッたら終ぇだあ゛ッ相手の心を折るつもりで殺り合わンかいオルぁ゛あッッ!!!!」
ユーバは己の喧嘩を続行しながらも仲間の鼓舞を続ける。普段ならば総長がいるだけで仲間は決して折れぬ根性を保つが、自分にそれ程のカリスマはないと分かっているユーバは『言葉』で鼓舞を続ける。
「おぐぎゃあ゛ぁあーーッッッ゛!!???」
相手の奥歯を捻り抜きながら。
「隙ぃ見せたなぁ゛おんどれぁあ゛ッ゛ッ!!!!??」
──────ゴキャア゛ッッ゛!!!
「ぐぉあ゛ッッッ!!??」
「ッッ!???副総長ぉお゛ッ゛!!!!」
しかしいくら気を張っていても死角は生まれる。一人のガキの歯を折るのに夢中になっていたユーバは後ろから鉄パイプで後頭部を殴打されてしまう。あまりの衝撃に視界がぐらつき、思わず横にぶっ倒れてしまう…が、これはスポーツではない。ダウンしたからといって追撃が来ないわけではないのだ。
「オルぁ゛あ゛ッッ!!!!」
ドカァ゛ッ゛!!!!
「ごぇ゛えッ!!??…かッ゛…は…ッ゛ッ!!??」
未だ思考が纏まらず震えているユーバの腹を、容赦のない蹴りが襲う。鳩尾にマトモに入った爪先はユーバに地獄の痛みと吐き気を訪れさせ、悶絶させる。そこに、バタフライナイフを構えた男が近づいてくる。
「はははッ゛!!『独羅魂帝嶐』の副総長を討ったとありゃあ、俺の名も上がるぜぇえ゛……ッ゛!!死ねやオルぁあッッ!!!!」
「──────……く゛………そが………ッ゛ッ!!!!」
ユーバの視界に映るのは近づいてくる刃の尖先。次々倒れていく仲間達。今はまだ結構しているが、徐々に徐々に…自分らのチームが圧されている事にユーバは気づき始めていた。
だからこそ今自分がこんな不甲斐ない姿を見せるわけには行かない。
「ぉ゛お…ッ゛おぉおあ゛ぁあ゛ッッ!!!!」
────ドヅズッ゛ッ!!!
「………こ、この野郎゛……ッ!!?手を…ッ゛!!?」
ユーバは咄嗟に手をかざし掌でバタフライナイフを受け止める。完全に刃は手の甲を貫通していたが、そんな事は些細な問題だった。
問題なのは今ここで自分が倒れてしまう事。自分が倒れる事で、仲間達に動揺を与える事だった。
グラつく視界と思考を振り切り、無理やり立ち上がったユーバは刺されたバタフライナイフごと相手を殴りつける。
─────メきゃ゛ッ!!!
「ごぱッ゛!??」
「はぁ゛……ッ゛!!はぁ…ッ゛!!」
──がしゃがしゃがしゃ……ッッ
「なにしてやがるクソがぁあッッ!!!死に損ないが悪あがきしてんじゃねぇぞぉあッ゛ッ!!!」
振り下ろされる鉄パイプ。なんとか立ち上がったは良いものの、ふらつく足取りでは反撃はおろか回避すらできない。
ユーバは歯を食いしばる。回避できないのならば耐える。耐えて仲間を鼓舞し続ける。それが今、自分にできる最大限だと分かっている。
───がしゃがしゃがしゃ…ッ゛ッ
「死ねやぁ゛あぁあッ゛ッッ──がばぱぁ゛あッ゛゛!!!??」
ユーバに鉄パイプが命中しそうになった瞬間、『め゛しボキ゛ッ゛!!!』という音と共に鉄パイプを構えていたガキが思い切り吹っ飛んでいく。ユーバが吹っ飛んでいた方向に目をやると…そこには赤黒い自転車に乗り、息を切らした男が居た。
浅いモヒカン頭に炎を思わせる剃り込みを入れ…紫のタンクトップに特攻服を着た男は、鼻ピアスにも伝うほどの滂沱の汗を流しながら、息を切らしてそこに居た。
ユーバの『待っていた男』が、そこに居た。
「よぉ…。遅ぇぞ…なに、やってやがった……」
「ぜ…ッ!!ぜぇ゛…ッ!!おぉ゛…ッ゛!!悪がったな゛…ッおぇ…ッ゛!!昨日見てぇアニメの一挙放送あってよぉ゛…!?眠ンねぇで見てたらクソ寝坊しちまったわぁ゛…!!」
「もうちょいマシな理由で遅れろや……殺すぞ…てめぇ……ッ」
その男が登場しただけで『奉落苦矛武吽』の連中も『関東 独羅魂帝嶐』の仲間達も硬直する。しかし、その硬直は仲間達にとっては一瞬で、すぐに歓声を上げ始めた。
「「「「うお゛ぉぉ゛おぉ゛おーーーッ゛゛!!!!!!」」」」
「総長だぁ!!!総長が来てくれたぞぉ!!!」「これでもう負けはありえねぇぞオルぁ!!!」「総長ぉ!!!」「気張るぞゴルぉあ゛ッッ!!!」
ユーバはようやく落ち着いてきた足取りでゆっくりと総長の方へと足をすすめる。
「あぁ……つーか、ンだよそのチャリ…?バイクどうした?」
「あぁ…?…こないだよぉ、ポリ公に『速度違反』だかなんとか訳分かンねぇイチャモン付けられてよぉ…?なんか罰金がどうとか面倒くせぇからバイク(アシ)置いてってバックレてやったんだよ…そしたらもうウチにチャリ以外なかったからよ、チャリで来たンだよ゛」
「アホかお前」
「アホって言うなぁ゛。俺は可愛い系だろぉーがぁ゛」
未だ放心していた『奉落苦矛武吽』の連中はユーバと総長の世間話を呆気にとられながら聞いていたが、少しづつ状況を口に出し、飲み込み始めた。
「あ、あいつかぁ…!!『関東 独羅魂帝嶐』の13代目総長ってのぁよぉ…ッ!!!」
「確か…ッ『龍』…ッ゛!!」
「そうだ『龍』だ!!!『龍のシルバ』!!!」
「『関東 独羅魂帝嶐 13代目総長』!!!
『轟己 銀』ッッッ!!!!」
『奉落苦矛武吽』のガヤを無視して、シルバは目の前にいるユーバの手に目を向ける。ユーバの片手には今も尚バタフライナイフが突き刺さっており、足元に血を滴らせていた。
「おいユーバ。てめぇそれどうした゛?」
「あ゛?……ぁあ、これか。しくったんだよ、どっかの誰かが遅れた分、ダチ公共を鼓舞し続ける必要があったからよぉ?その隙突かれてこのザマだぁ……笑うか?」
「笑ったら腹にリバーブロー入れてくるだろぉーから笑わねぇ゛」
「は……ッ分かってンじゃねぇか」
「……まぁ、アレだ、もうちょいそのまま気張ってろやぁ゛」
ユーバとの会話の最中にシルバは後ろへと振り向く。彼の目の前には、敵味方関係なく倒れ伏した野郎共と、今も尚戦い続けている野郎共の光景があった。
ポケットに手を突っ込んだまま、がに股でドスドスと敵がより多くいる方向へと歩を進めていく。最初は固まっていた数人の『奉落苦矛武吽』の連中も、敵が近づいて来た事により闘志を取り戻す。
さっき吹っ飛んでいったガキの鉄パイプを引ったくった男が、側面から鉄パイプをシルバの脳天へめがけて振り下ろす。
「死ねゴルぁあ゛ぁあッ゛ッッ!!!!!」
──────ゴキャアんんッ゛ッッ!!!!
甲高い音と共に、確かに鉄パイプはシルバの脳天へ命中した。
はずだった。
───ガシッ
「あ゛…ッ゛!!??」
「痛ってぇなぁ゛ボケェ゛…??」
命中はした。しかし凹んだのはシルバの頭蓋骨ではなく、あろう事か振り下ろされた鉄パイプの方だった。鉄パイプはシルバの頭の形に沿うように湾曲しており、もはや使い物になりそうもない。
しかもシルバは一切怯む様子すらみせず、鉄パイプを振り下ろしてきた野郎の手首をすかさず掴んで自分から離れられなくした。
「痛゛…ッ!!??ッ゛ッぁ゛がががーーーッ゛゛ッ!!???」
ミシミシと骨が軋む音が野郎の手首から聞こえてくる。そんな叫びを聞いてないかのようにシルバはなにか悩むようにウンウンと唸っている。
「俺よぉ?今日が喧嘩の日って分かってたからなぁ゛?けっこー色々準備してたんだぜぇ゛?いや、遅刻はしたけどよぉ゛。そこにかけるじょーねつ?までは偽物じゃねぇッつーかさぁ゛?」
「はッ゛なせッ゛!!てめぇ放せやゴラァ!!??」
「だからな゛?色々必殺技みてーなの考えてきたんだよ゛…ほら、仮○ライダーのライダーキックみてーな感じのよぉ゛、ど派手なやつをよぉ゛?」
「なに…ッ゛訳分かンねぇ事を゛ッ゛!??」
「例えば〜ッ゛」
おもむろに手首を放したかと思うとシルバは相手の腹に思い切り蹴りを入れて距離を開けさせる。そして十分距離が離れた途端飛び上がり、その両足を相手の顔面へと叩き込んだ。
「ライダ〜ッ顔面崩壊ドロップキぃい゛ッ゛ックぅ゛!!!!!」
─────ぼきゃ゛ッ゛゛めッぎッ゛!!!!!
「ぎゅびべッ゛゛ぁ゛ッッ!????」
マトモに蹴りを食らった相手は後方に吹っ飛ぶのと同時に失神し、数度地面を転がって動かなくなった。
「どうよ゛?」
「いやそれは原作へのリスペクトがねぇなぁ」
「じゃあ次な゛」
ユーバの意見は無視された。
しかしその直後、横から光と共に爆音を鳴らしながら何かがシルバの体に突進してきた。
ゴメぎゃ゛ッ゛ッッ!!!!
それはバイクたっだ。赤いバイク。鉄パイプでは殺りきれないと判断した一人がバイクのエンジンを吹かして特攻をかけてきたのだ。
迅速な判断と賢明な決断だと言えるだろう。バイクの運転手は間違いなく頭の切れる野郎であった。
相手が、シルバでさえなければ。
────ガシリ゛…ッ゛!!!
「あ゛────??」
ブル゛…ッ゛!!ブルルン゛ッ゛…ッ!!──ブル゛…ッ゛!!!
「おいゴラァ゛…ッてめぇ俺相手に不意打ちカマすとか根性座った野郎じゃねぇか……おぉう゛?」
なんと、シルバは横から突っ込んできたバイクを両手で掴んで受け止めていたのである。遠距離から速度をつけて突っ込んできたバイクを腕力だけで受け止め、力で勝っていたのである。
しかも、バイクは徐々にその体を宙へと浮かせていた。シルバが運転手ごとバイクを持ち上げ始めていたのだ。
「おお゛ぉおどぅるぁ゛あぁあーーーッ゛ッ゛!!!!!」
そしてシルバはバイクを運転手ごと、突っ込んできた方向とは真逆の方向へとぶん投げ、叩き付ける。当然そんな事をされれば相手はただでは済まない。地面に叩きつけられた男はピクピクと数度痙攣した後動かなくなった。
「今のはライダーブッ壊しパンチッつー技でよ゛…」
「パンチじゃねぇし語呂が悪ぃ」
今度はユーバの冷静なツッコミがシルバの耳に刺さる。
「ンだよ…ッコイツ…ッ゛!??」
「バケモンじゃねぇかぁッッ!!!」
「ふざけてんじゃねぇぞ…ッ゛!!!」
「……言われてんぞバケモン」
「てめぇは味方なんだから否定しろぉボケ゛」
「いやバケモンだろ実際。お前以外に知らねぇよバイクと力比べして勝つやつなんざぁよ」
「ひ、怯むんじゃねぇ!!!龍と呼ばれてようが野郎も人間だらぁ゛!!!おお゛い!!『アレ』持ってこいやぁ!!!」
あまりに異様な光景を直接見た『奉落苦矛武吽』の連中は一瞬怖気づきそうになったが、それでもやはり現最強のチーム。すぐに精神を立て直し用意していたある『武器』を持って来させる。
「おい、向こうなんかやる気みてぇだぞ」
「しゃーねぇ゛待っててやっかぁ゛?『アレ』ってなんなのか気になっしよぉ゛〜」
「お前マジでいつか死ぬぞ」
奥からドデカイ何かを持ってきた男が一人。それは巨大なガスボンベに繋げられた…銃のようななにか…そう、それは『火炎放射器』であった。
「シルバぁあ゛ッ゛ッ!!!!これを見ろやぁ゛あッッ!!!」
─────しゅ゛ボッ゛ッッ!!!!
野郎が火炎放射器を構えた次の瞬間、筒状の先端から火炎がほとばしる。その炎は敵味方関係なくその野郎の周囲に居る者を全員焼き焦がした。
「ぉ゛ぐぁあ゛あぁッッ!!!??」
「熱゛゛ッがぁあ゛ーーッッッ!!!??」
「ぎゃ゛あぁ゛ああッッ゛ッ!!!!!」
「野郎〜゛…武器を持ち出すまでは良いとしてよ゛ぉ…。てめぇン所のダチまで巻き添えにすンのぁ頂けねぇなぁ゛……?」
シルバは火炎放射器が出てきても一切動揺せず、野郎が自分の仲間もろとも焼いている姿を見て若干眉を顰めている。
まだ火炎を噴射し続ける野郎を前にシルバは足を屈めて力を込める。そしてその力で思いっきり地面を蹴り目にも止まらぬ速さで火炎放射器野郎の前に駆け込んだ。
だがその行動は火炎放射器野郎にとっては好都合だった。こっちに突っ込んでくるならそのまま焼き焦がすまでだと。その思惑通り、野郎は火炎放射器の銃口をシルバへと向ける。
シルバの身体は火炎に飲み込まれ姿さえ見えなくなった。
殺った。そう思ったのも束の間。シルバを飲み込んだ火炎の中からヒュッと手首が伸びてきて火炎放射器の銃口を掴む。そのまま金属がキリキリと捻れる音と共に、火炎から伸びてきた手は親指の指圧だけで銃口を折り曲げた。
「こ…ッ゛のッ゛怪物がぁ゛あッ!?───ごぱぁ゛あッッ!!!」
「ライダ〜ッ゛アイアンクロぉお゛ッ゛ッ!!!!!」
めきゃ゛゛ッめしみ゛しッ゛……ッ゛!!!
火炎放射器野郎の顔面がシルバの掌によって歪む。頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げ、物理的にも悲鳴が上がっている。シルバがアイアンクローをかけるのに夢中な時、後ろからはまたもや小さなナイフを構えた男が。そうここは抗争現場。次から次へと喧嘩相手はやってくる。
「死ねやシルバぁ゛ああッッ゛!!!!」
───ドシュズッッ゛!!!
そして間髪入れず、爆竹に火を付けた男が突っ込んでくる。
「畳み掛けろやぁあ゛ッ゛くたばりやがれぇえ゛ッ゛!!!」
───チュドッ゛!!!バチッ゛ぱぁン゛ッ゛!!!
背中にブスリと突き刺さったナイフ。顔面に直撃した爆竹。これは、今度こそ終わったか────?
「────痛ぇわ゛このボゲ共ゴルぁ゛あ゛ぁあッッ゛!!!!!」
そんな訳がない。
叫びながらシルバは突き刺さったナイフを抜く。それと同時に、煙が目に染みるのを我慢しながらナイフ野郎には裏拳を。爆竹野郎には頭突きを食らわせてやる。二人は悶絶しながら地面をのたうち回っていた。
「……はは、相変わらずの無法っぷりだなぁオイ…」
ユーバは知っていた。シルバがこの場に来た時点でもう負けは無いのだという事を。なにをされようとシルバが負ける所など想像がつかない、故に何度も襲撃されるシルバを放って自分は体力回復に努めていた。そして今、それも完了する。
ユーバはシルバの隣へと歩いていき、言う。
「やるかぁ、相棒」
「おおぅ゛…まだまだ必殺技はあっからよぉ゛…」
「はは…ッそりゃあ良いなぁ…」
そこから先は、二人が雑魚を無双する光景であった。
───………。
「ぜ…ッぜぇ…ッ!よぉシルバ…まだまだイケるよな…?」
「誰に言ってンだオメェ゛…またまだ余裕だっつの゛。なんならこの喧嘩終わった後でジム行っても良いンだぜ」
「は…ッそんなら大丈夫だな……あ?……おいシルバ、見ろ」
「んン゛〜…ッ???」
数十分後、シルバの登場とユーバの再起により劣勢になりつつあった『奉落苦矛武吽』の奥から一人の男が現れる。
シルバより頭一つデカイとんでもない巨躯。しかしそんな巨躯とは無関係に、その男は明らかに今までの雑魚共とは纏っている格が違う。シルバは自身のチームの連中に手をかざして制する。シルバは黙ってその男の前へと歩いていき、対面する。…そしてその男が言う。
「──中々やるじゃねぇか……てめぇら」
「ぁあ゛?中々じゃねぇよ…俺達ゃ当たり前にやるンだよ゛あぁん゛?おぉ゛?舐めてんのかぁてめぇ゛?上から目線でよぉ゛?」
「たりめぇだ…てめぇらは確かに強えが…それでも俺のほうが、てめえより強ぇンだからな…。この俺…『奉落苦矛武吽 5代目 総長』…『蔵橋 龕告』様の方がよぉ゛…?」
「ガンツぅ゛…?ンだてめぇヤ○ジャンの漫画みてぇな名前しやがってよぉ゛?奥浩○先生のファンかなんかかぁ゛?」
「……あ?なに訳分かんねぇ事ばっか言ってんだてめぇ、殺すぞ」
「……信じらンねぇマジか!?奥浩○先生知らねぇのかよ゛!?話合わねぇ゛なぁ〜ッ!??それでも人間かぁ゛てめぇ!?」
互いに意味のなさそうな会話をしながら上半身の服を脱いでいる。皆、この後に起こる事を察して固唾を飲む。ガンツは服を脱ぐと、その服をぶん投げる。露わになった仕上がった肉体は、プロスポーツ選手をも凌駕する筋肉量を誇っていた。
対してシルバも特攻服も紫のタンクトップを脱ぎ捨てる。そして露わになった体を見て、ガンツと『奉落苦矛武吽』の雑魚共はザワめく。シルバの身体は一見、何の変哲もないただ仕上がっているだけの肉体だった。確かに、そんな普通の肉体のどこに今まで見せてきた化け物じみた力があるのかも謎だが、彼らがザワめいた理由は別にある。
シルバの背中には、正面を向き大きく口を開いた…顔だけの龍の刺青が雄々しく彫られていたのだ。
ザワめく周りを置いて、ガンツとシルバは互いに距離を縮めるため歩み寄る。超至近距離。もはやお互いにお互いの心臓を刺せる距離。そんな距離になってようやく二人は足を止め、睨み合う。
「『関東 独羅魂帝嶐 13代目総長』…『轟己 銀』」
「『奉落苦矛武吽 5代目総長』…『蔵橋 龕告』」
『互いに自身の肩書と名前を名乗る』。これは遥か昔から不良共の間で守られてきた唯一のルール『タイマンの合図』である。
そして互いに名乗り終えた瞬間、お互いの顔面に拳が炸裂する。
────────ごぱぎゃ゛ッ゛ッッ!!!!
「ぬ゛ッ゛……ッ゛ぐぉらぁあ゛ッ゛!!!」
「う゛る゛ぉ゛あ゛ッッ゛!!!!」
どちらも怯む事なく次の一手を繰り出す。シルバの突き出した蹴りを受け止めたガンツはそのままシルバを持ち上げ、地面に叩き付けようとする。しかし叩き付けられる前にシルバは掴まれていないもう片方の足でガンツの顔面を蹴り抜けた。
体勢を崩したガンツはシルバを掴んだまま地面に倒れる。そして互いにすぐ立ち上がると今度はガンツがラリアットを繰り出した。シルバは避けようとしない。腕を十字に固めラリアットを受け止める。
先程バイクが突っ込んできた以上の衝撃がシルバの腕を襲う。ビリビリと骨が痺れるのを感じながら、ガンツの腕を弾いて、その勢いのままシルバは自身の腕をガンツの横っ腹に叩き込む。ガンツの内臓に直で届いたその拳は、ガンツの身体を硬直させる。
「お゛ぉ゛……ッッ゛!!!!」
「キャおラぁ゛あッ゛ッ゛!!!!」
流石に内臓のダメージは我慢しきれず、呻いたガンツの隙を逃さずシルバは後ろ回し蹴りをガンツの心臓部位に打ち込む。
────ドメぎゃ゛ッッ!!!!
折れた。素人でも確信できるような音がガンツのあばら骨から聞こえた。しかしそれでもガンツは止まらない。自身のあばらを折った足を掴んで引き寄せ、その勢いを利用して今度はガンツがシルバの顔面に鉄拳を叩き込む。
───────めぎょ゛ッ゛ッッ!!!!
生々しい音。鼻をぶち折られたシルバの目には反射的に涙が溜まっており、その涙が視界を歪ませた。その隙を逃すまいと第二撃をぶちかまそうとしたガンツの顔に、シルバのデコがめり込む。頭突きだ。
鉄パイプをもひしゃげさせる石頭による頭突きはガンツの意識を奪った。二秒ほど立ったまま失神してしまったガンツが意識を取り戻した時、すでに目の前にはシルバの姿がなかった。
どこにいった?
そんな事を考えた次の瞬間ガンツの顎に尋常ならざる衝撃が走った。シルバは屈んでいたが故にガンツの視界から消えており、立ち上がる勢いを利用した頭突きをまたもガンツに食らわせたのであった。
仰向けに倒れるガンツ。シルバはこれ好機とガンツの馬乗りになり、しこたま顔面をぶん殴り、頭突きを食らわし、肘を叩き込み、またぶん殴った。
その途中でガンツが目を見開き、シルバの側頭部を掴み地面に叩き付けるように放り投げた。地面を転がったシルバがすぐさま立ち上がるとガンツも既に立ち上がっており、こちら向かって駆けていた。
「シルバぁあ゛ぁあ゛あぁあーーーッ゛ッッ!!!!!!」
「おるぁ゛あッ゛来いや゛ぁあ゛あ゛ぁあッ゛ッッ゛!!!!!!」
互いに互いへ向かって全力疾走し、拳を構える。最後だ。この拳が決着を付けるという確信がこの場にいる全員にあった。
──────ゴッ゛゛ッッ!!!!!!
拳が炸裂した。
互いの顔面に拳がめり込んでいる。片方の男がズルズルと、徐々に力を失っていき身体を地面に沈めた。もう片方は折れた歯をペッと地面に吐き捨てる。
───立っていたのは、シルバだった。
「「「「「おるぁあ゛あぁあ゛あ゛ッ゛ッ゛゛!!!!!」」」」」
凄まじい歓声が抗争の決着を告げていた。
腕を大きく掲げているシルバに、ユーバが遠くからニカッと笑う。
「やったじゃねぇか…なぁ?」
「ははッ゛……これで俺達ゃあ゛…名実ともに…最きょ゛…」
────グラぁ゛あ゛……ッッ
「─────────あ?」
大きな影がシルバを飲み込んだ。ユーバとシルバは反射的に上を見上げる。クレーン車だ。クレーン車の影だった。
しかしシルバから見えるクレーン車はドンドンその大きさを増していた。否、大きくなっているのではない。近づいてきているのだ。
「─────シルバぁあ゛あ゛ッッ゛!!!!」
ユーバが駆け出す。シルバはダメージが祟っているのか動けない。
ユーバの手が届いた。後は、シルバを引っ張って離れるだけ───。
そんな事をする間もなく、二人はクレーン車に押し潰された。
グチャッ゛…と。嫌な音が、最後に響いた──。
《──────────聞こえますか?》
どうも。燕夜座です。
誤字脱字がありましたらご報告ください。
※不定期投稿です。