弔い
魔将が生み出した邪精霊を倒したことで事件は幕を下ろした。竜巻が消えたことでアトリエ内に非難していたシンシア達や先に退却していたルイス、メーリル達と合流した後は彼女達は、このまま帰投するようヴォルフに言われたのだが、彼女らはそうはしなかった。
ミスト達には、まだやることがあったからだ。
「キュルルル…………」
「御姉様。教えていただいた座標で幼龍達を発見、保護をしました」
「ご苦労。大丈夫、暴れなかった?」
「ええ、完全に戦意を失ってましたからね抵抗もされなかったから楽でしたよ。それで、御姉様達の方は?」
「ああ、これからかな?」
砂鉄でできた首輪を取り付け、幼龍達を先導するルイスから目を外したミストは別の方で作業をしているシンシア達や討伐隊有志面々の姿を見る。
シンシア達はこの村跡地にいる人やワイバーンの死体の部位を見つけるとそれを一つにまとめて置いていた。ほとんどの死体はアヴィーラやイーウィニャによって激しく損壊され直視することを拒否してしまうような悲惨なものがほとんどであった。
当然他の面々とは違い今までこのような血なまぐさいことを体験したことがないシンシアは何度も嘔吐しそうになっていた。
「はぁはぁ………!!」
「………シンシアさん、やっぱりあなたは休んでください。あなたは初任務でお疲れでしょうし……刺激が強すぎます」
「……大丈夫です、メーリル様。確かにすごく怖いけど………勇者候補として、目をそらしちゃいけないと思うから」
そう言うとシンシアは黒い大きな袋を所定の位置にまで持っていきにいった。メーリルはその姿を心配そうに眺めていたが後ろからガイウス、ヨハンに声を掛けられる。ちなみにガイウスは強化魔法で直接、ヨハンは念動魔法でワイバーンの死体を持ち上げていた。
「巫女さんよ、シンシアはそんな弱ぇ奴じゃね。心配するこたぁねぇよ」
「ええ、彼女は今回の任務でその有用性を存分に示しました。彼女は勇者にふさわしい人物ですよ」
「………分かっているんです。でもどうしても心配になってしまうんです。
…………彼女は、あの人に近づきすぎている」
そう言うメーリルの視線の先には陣頭指揮を行っているミストの姿と、彼女のそばで待機している翠星の姿があった。翠星はただのワイバーンを模した魔導具、物であるはずである。しかしその動きは非常に生物的であり統一軍が用意したコンテナに運び込まれている幼龍達の方を眺めたり、積み上がっているワイバーンの死体を前に頭部を下げ、まるで俯くかのような様子を取っていた。
「………報告は一応聞きました。あれはもはや魔導具ではありません、存在が忌むような生物兵器です。なぜあんなものを許可したのですか?」
「だが翠星のおかげで人的被害は最小限に収まった。知っていますか、あの5つ竜巻ですがもしあのまま進行していればいくつかの町や村を飲み込んでいた、死傷者は数千を超えたらしいです」
「それに報告を受けたヴォルフ達先代勇者と俺らしか翠星の秘密を知らない、今はまだ天才魔術師が生み出した魔導具で通せてる。言っとくがまだ言わねぇでくれよ?せめて魔王が討伐されるまではよ」
そう言い残すと二人はそのままワイバーンの死体を持って離れていった。彼らの後ろ姿を見つつ、メーリルは手に握っていた錫杖を握りしめていた。
ヨハン達が言っていることは正しい。確かにミストの人造ワイバーンの魔導具がなければ大勢の人間が死んでいた。今秘密を喋れば教会、魔法連を中心にミストを攻め立て彼女を庇う統一軍や冒険者ギルドとの対立構造ができてしまう。ただでさえもう時間はないのである無意味な争いを生むことはできない。理性ではわかっていた。
それでも、メーリルの感情は認めることができなかった。
「…………やはり私は、聖職者として、一人の人間としてキリア・カラレス。あなたを認めることができない…………!」
「?巫女様?どちらへ?」
「………申し訳ございません。本部から呼び出しを受けまして。すみませんが、祈りを任せてもよろしいですか?」
「分かりました、お任せください巫女様!」
修道女に声をかけた後、メーリルはその場を離れ自分の口元と右耳に通信魔法の魔方陣を展開させると、誰かと話し始める。
「………申し訳ございません。クライマン第三席、夜分遅く失礼します。お時間大丈夫でしょうか」
『これはこれは、メーリル嬢。ええ、大丈夫ですよ。』
「ありがとうございます。………ハヤト様のご様子はどうですか?」
『今日はエンシェントウルフを討伐した後は………今は屋敷で彼女達と……すみませんメーリル嬢はこのような話がお嫌いで………』
「…………彼のパーティに入るというお話、まだ生きていますでしょうか?」
『……!!よろしいんですね?』
「はいよろしくお願いします。」
口早に挨拶をして通信を切ったメーリルは目隠しを外し虹色の瞳によって、遠くで作業を行うミストを睨みつける。
「やはり、我慢などできるはずがない………。キリア・カラレス。やはり私は、
あなたを赦せない。何を犠牲にしても、必ず報いを受けさせる」
*
「よし、これで全部だな?」
ミストは積み上がった大量のワイバーンのバラバラ死体の山と青白い顔のまま眠るように死んでいる討伐隊の死者たちを見て呟く。彼らは本来ほとんど見分けがつかないほど損壊していたのであるが、非生物の形を再生させる修復魔法の使い手たちにより、何とか身元がわかる程度には元通りにすることができたのである。
討伐隊の死体は合計で11人。その内4人は身寄りがなくここの村人の好意によって村の端にある墓地に埋葬してもらえることとなった。
「………じゃあ、こいつらは俺が埋葬する。一緒に酒を飲んだ仲だったんだ、最後に話もしてぇ」
「分かった。彼らの埋葬は冒険者たちに任せるね?教会の皆様は彼らの祈りをお願いします。残りの彼らは軍で冷凍魔法で腐食を防ぎながら統一軍の戦艦にまで移動させる。魔法連はキャンプに残って復興の手伝いを行う。
全員、構わないね」
『はいッ!!』
ヨハンの指示に討伐隊の面々が反応し掛け声の後、それぞれの持ち場に移動する中、ミスト、シンシア、翠星は山積みになったワイバーンの死体を前に静かに立っていた。
「先王陛下には既に許可は取った。今回の件の立役者としてワイバーンの死体の所有権は君の物となった。好きに使って構わないとね」
「好きに、ね」
ミストとシンシアは隣にいる翠星に目を向ける。絡繰り仕掛けの鉄の顔に表情というものはないが、それでもわずかに漂う悲壮感を察したシンシアは彼の頭部を撫で、ミストはバイザー越しに翠星の眼球パーツを見て呟く。
「………どの個体もあのクソ魔将のせいで体中を破壊され魔導具として使える部位が少ない。修復魔法をかければ治せるけど手間は恐ろしくかかる。正直手に余るっていうのが本音だ。
だから、こいつらはお前にやる。好きにしろ」
「………」
使い魔になった影響でミストの言葉を理解することができた翠星は鋭利な脚パーツでゆっくりと歩を進め、口元に魔方陣を生み出すとそこから炎の礫を発射。死体の山に命中し轟々と燃え始める。当然その明かりによって作業していた者達も思わずと言った様子でワイバーン達が火葬されている光景を眺めていた。
「………火龍葬。死んだ同族を炎で燃やす、火属性の龍が時折見せる現象。この行為をする理由の仮説で一番有力なのは死んだ仲間を燃やすことでそのにおいをあたりに充満させ、自分種族の縄張りを主張する、と言われてる。」
「………でも、実はもっとシンプルなんじゃないかな?ただ単に、どんな形でもいいから、
自分の家族や仲間達を、空に飛ばせてあげたかったんじゃないかな?」
シンシアは炎と共に上空に昇って行く煙を眺める。その煙は時折緩やかな風に吹かれ一瞬ワイバーンののような形になったのを見て彼女は僅かに笑みを作り、改めて手を合わせる。
ミストもシンシアに合わせ手を組んで燃え消えていくワイバーンたちに頭を下げ祈る。
この世界に神がいるかどうかは知らないし、いてもきっとろくでもないものであるだろうが、もし次があるならば、
人間にも魔族にも出会わずどこか世界の奥地で、穏やかに生まれかわれるように、と。
第4章 嵐裂く飛竜 完
次回
第5章 勇者選抜試験 へ続く




