若飛竜の記憶 その1
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カギによってアトリエ内へと移動したミスト達は仮眠用毛布を敷いた上でヨハンを寝かし、傷の手当てを行っていた。ヨハンの自分の身を顧みない決死の行動によりシンシアの無意識的な条件をクリアし連携による身体回復を彼も受けれるようになったのであるが、
「………シンシア、どう様子は?」
「うん、傷口は塞げたよ。………でもすみませんヨハン様。やっぱり欠損した腕は元に戻せないみたいで」
「いや傷をここまで直してもらえただけありがたいさ。………そしてここまでしてもらったのに、こんなことを言うのはあれなんだがね?
………色々と説明してもらおうか、アレも含めて」
シンシアの魔力で右腕欠損部の傷口含めて全開したヨハンは質問をする。そしてその視線の先は工作用スペースに置かれているもうほとんど虫の息のボス個体のワイバーンへと向けられていた。
ミストもそれには当然気が付いていたのか、ゆっくりと息を吐くと説明をし始める。
「………まずあの魔将を拘束したのは円式魂縛術式、と呼ばれるもの、本来は複雑な魔方陣を構成しなくちゃいけないんだけど、それはこいつらを利用した」
「………それは、シーカースパイダー……だったかね?君が作った監視用魔導具」
「こいつらは監視こそメインだけど特定位置に移動させればあの村1つ程度ならカバーできる程度の簡略魔方陣を作ることくらい簡単なんだよ」
一回使えば壊れるし、出力も正式な物より下がるけどね、とシーカースパイダーの残骸を手で弄びながら話すミストであったが、ヨハンはほぼ無意識につばを飲み込む。
あの比較的大きな村をカバーできるほどの魔方陣を簡略とはいえ下準備なしで作ることができる、しかもそれはミストの話的にさっき使った拘束魔法だけではなく、魔方陣を必要とする魔法なら何でも発動させることができるはずである。
………それこそ大規模破壊、大規模殺戮を行える、戦略級魔法だって。
今はそれを言ってもしょうがないと考えたのかヨハンは特に何も言わず次の話題へと移す。
「………では次に聞くが、その機工龍はどうしたんだ?私が乗った奴は大破したと思ったんだがね?」
「これに関しては簡単だよ。元々機工龍は魔術省からの依頼で作り騎士団に卸す予定だった。さっきまで乗ってた奴はその試作品だったんだけど………騎士団は私の失敗の望んでるクソビッチがいてね。そいつの妨害も配慮して万が一どこに故障部位があっても大丈夫なように一機スペアを用意してたのさ」
「……なるほど、確かに簡単だね。じゃあこれが本当に最後だが………なんでアレをここに連れてきたんだね?」
「それに関しちゃ俺も文句言わせてもらうぞ!!わざわざあれを回収するためにあんなところに着陸しやがって………マジで死にかけたんだぞ?!!」
ヨハン、ガイウスともにボス個体を指さしながらミストへと抗議をかけるが、ミストも流石に言われると思ったのかすぐさま説明を開始する。
「こいつを捕獲したのは色々と理由がある。まず一つ目がこいつの力。こいつのスペックは魔物の中じゃ最高スペックと言って過言じゃない。できれば品質のいい状態で捕獲して魔導具の材料にしたかったんだよ」
「それにしたって少々危ないと思うがね。そのワイバーンの実力は散々見ただろう?下手をすればここで全滅というのも………」
「それはもう絶対にありえない。流石にダメージが蓄積しすぎてる、もう目玉ぐらいしか動かせないし、その目玉もあと五分もしない内に動かなくなる。………そんで理由2つ目だけど、
情報収集のためだ」
そう言うとミストは棚に置いてあって箱から一枚の札を取り出し、ボス個体へと投げつけ頭部に張り付けさせると、一枚の画面が浮かび上がる。
「………記憶を閲覧する尋問用魔導具か……。これも君が作ったのかね?」
「………なんでお前軍に入ってたんだ?普通に魔術省の技術部門に入りゃいいじゃねぇか………」
「ああ、それは気になってた。たしかお父さんも入ってたんだよね魔術省に」
「………個人的に嫌だったんだよ魔術省は。って無駄口は言い、流すよ。フゥー………
検索、魔族、魔将に会いし時の記憶を我に見せよ!」
ミストが唱えると画面に映っていた砂嵐が収まり映像が映り始める。そこはワイバーンが多く生息しているという山岳部が映された。
そこには多数のワイバーンの姿と彼らの前に少年形態で現れたアヴィーラとフードローブの男の姿があった。
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とある山岳地帯にあるワイバーンが住処としている巨大樹の頂上。丸太サイズの枝を敷き詰めて作られたワイバーンの巣には体長20メートル級の老ワイバーンとその側近らと二人の魔族が相対していた。
『………それで、長殿。協力の件、受け入れてくださるでしょうか?』
『………申し訳ない。我々はあなた方に従うことができない』
無数のワイバーンに囲まれる中、フードの男が問いかけるが、彼に相対している老龍のワイバーンは深く頭を下げる。ちなみに言葉がわかるのはこの記憶がボス個体の記憶であるからである。また視点はそれなりに離れており、まだ群れが成り立っていた時は彼はまだ一介のワイバーンであったことがよくわかる。
『……理由を、聞いても?』
『………あなた方がやろうとしていること………人類の完全殲滅。それは自然の理に反すること。そんな行為を儂はするわけにはいきません。人間どもが腹立たしいのは理解しておりますが、あまりにも滅ぼし尽くせば必ずどこかで世界は歪んでしまう。
魔将のお二方には申し訳ありませんが、どうかお帰りください』
そう言いつつ長個体は大きく頭を下げるかのように、自身の頭を前に差し出した。それは言外に自分の首と引き換えに、自分の群れには手を出さないで欲しい、という彼からの願いであった。
フードの男は顎に手を当てつつその様子を見ていたが、わずかに息を吐くと踵を返す。
『当てが外れた。アヴィーラ。ここにもう用はない』
『あぁ?!ザビジランデ、まさかこのまま帰るつもりじゃねぇだろうな?!!』
『もちろん帰るつもりだ。長殿の協力抜きでは彼らを動かすことはできない。………他に候補もいる、案ずる必要は………?!』
フードの男、ザビジランデはアヴィーラを説得しようとするがそれよりも先にアヴィーラが動く。彼は
両手を合わせて詠唱を唱えると体に紫色の魔力を旋風と共に纏わせ、骸骨の意匠がある細身で鋭利な鳥鎧の怪物の姿へと変化するのであった。
頂纏魔法。魔法をその身に纏いその性能と効果を極限まで拡張することができる魔法の極致。それを発動したアヴィーラは腕を掲げ、
それを思いっきり振り下ろし、長の周りにいた側近ワイバーン4体に真空刃を放ちその体をバラバラにした。
『………アヴィーラ、貴様何をしたのか分かっているのか?』
『何をしただぁ?!俺達から出した徴兵令を無視した奴らへの見せしめに決まってんだ!!さぁトカゲもう一度聞くぞ!!!俺たちの指示の元、人間どもを殺せ!!!じゃねぇと戦えねえ奴らから殺して『………貴様』……ああ?』
切り殺したワイバーンの内の一体の死体に近づき、その遺体を過剰に破壊しつつ命令をするが、長個体のぞっとするような唸り声に彼はガンを飛ばすと気が付く。
自分達がいる巨大樹をワイバーン達が飛び、アヴィーラに完全敵対の視線を差していたことに。




