怒りと誓い
目だけを動かしながらもはや動かぬ骸と化した仲間たちの成れの果てに目を配りつつ、ボス個体は歯を食いしばり、怒りを貯める。それがわずかに漏出したのか彼の体から青色の炎が点き始め風に合わせて恐ろし気に揺らめいていた。
完全にブチ切れている、なと思いつつも実のところミストはそこまで焦ってはいなかった。こうやって合流できた以上、現在の数の差は1:9。正直このワイバーンを確実に討つためにはまだ戦力が心もとないというのが本音だがおそらくまだ隠れているであろう仲間、特にミストが最も信頼する彼女の一撃があれば勝利を一気にこちらへと持ってこれるはず、とミストは考えていた。
上空で羽ばたきながら滞空する怒れる龍と魔術仕掛けの龍に跨る魔術師、最初にアクションを起こしたのは魔術師、ミストであった。ミストはいつの間にか握っていた宝玉を裏拳の要領でボス個体目掛けて投げつける。仲間4体を失う原因ともなった宝玉の姿を見てボスの怒りは絶頂まで登り、体を炎で覆うとそのまま真っすぐミストに向かって突進する。
突進の余波で宝玉は砕け、あたりに光を撒くがボス個体は関係ないと言わんばかりにミストへと突き進む。一方ミストは急降下し突進を緊急回避するが、ボス個体は魔法の効果か探知しておりそのまま急旋回し追跡を行う。だがそれでいい、かなり厄介な状態であるがこれで勝ちの目が出た。
ミストは端的に言葉を選びつつ叫ぶ
「この高度なら十分届く!!やれぇ、シンシアッッ!!」
『………っ………!!!』
「…………?!」
「お前らぁ怯むな攻撃だぁ!!」
『!!おっ、おおっっ!!!』
ミストの叫びに対し、一瞬何やら気まずい雰囲気が流れるが、それを裂くようにガイウスの号令の元、遠距離魔法攻撃や対魔素材の弓矢による攻撃が放たれた。しかしどれもボス個体に纏われた炎により無効化されてしまい傷一つ付けることができずそのままミストに迫る。
これ以上下がれば木々に当たって減速するためミストは急上昇するが、ボス個体もそれに難なくついて行き完全に機工龍の後ろを取ると大口を広げ白色の楕円火球を生み出し、そして一直線に放った。
今までの隙を作るための火球ではなく、本気で殺すための全力の火球。避けることはもちろん、防ぐことができないと思われたが、
「マグネ・ウォール・フィフス!!」
木々の上から磁力を使って機工龍へと飛びついたルイスが五重の砂鉄の圧壁を展開、熱によって溶かされ、攻撃を受け止めることができなかったがわずかに減速した時間でミスト達を乗せた機工龍は軌道を変更し白い火球を避けることに成功。ボス個体の炎纏いも限界が来たのか消え、ボス個体は攻撃を受けない高度を陣取りながら息を入れ始めた。
激戦の中での僅かな小休符と捉えたミストは息を入れつつも後ろに乗せたルイスから話を聞く。本当は聞きたくない話を。
「………ルイス。聞きたいんだけどさ。シンシ……援軍は?まさかあんた達だけってわけじゃないよね……?!」
「………連絡の後、すぐ話し合いとなったんですが……その……監視用魔魔導具の情報でワイバーンの群れの規模が想定よりも大幅に低いことも分かってしまって……。現場指揮官は御姉様の支援よりも本陣の討伐を優先させ、メーリル様、ヨハン様……シンシアさんはそちらに行かされました」
「バ…………カッどもがぁ………!!!」
ミストは手で顔を覆いつつ、絞り出すように怒りの声を上げる。
ワイバーン達は村に籠城した状態で済んでいるが、あれだけで100体以上のそれも成長期である彼らの兵糧を賄うことはあの村の貯蓄や野生の動物、魚だけでは絶対に不可能。実際資料を見て見ればここ数日は何体かのワイバーンが出て行き野生の大型魔物を取ってくる様子も確認できたという。ならば別に本陣を急いで攻撃しなくても餌をとりに出て行ったワイバーンを各個撃破していけば安全に倒せたはずである。
そしてそれを今までここを任されていた指揮官が気づかないわけがない。
「あの木っ端指揮官……私を囮にしやがったなぁ………!!」
正直、それだけならいつものことなので悪態をつくだけでまだ許せた。援軍に来た味方がこれだけだったことも、シンシアが援軍で来れなかったことも……まぁ理由を聞いたらギリギリ許せる。
………全て、相手があのボス個体よりも………格下の個体であることが前提であるが。
あのボス個体は今まで戦った魔物魔族の中で、あの魔族を除けば間違いなく最強クラス、少なくてもメタった魔導具でもなければ今の人員では全員生存での討伐は難しい。
「………本当にすみません。シンシアさんも私も、あの黒ゴリラだって反対したんですが………」
「……いいよ、別に。それより通信機ある?自前のはどうやら戦闘の時に落としたみたいでさ」
全くいいとは思っていない声音に、怯えとどこか恍惚とした感情を抱きつつ、ルイスは自身の通信魔導具をミストに手渡した。ミストはそれを操作し通話を始める。
「………もしもし」
【もしも……!!ミストちゃん?!!ミストちゃんなの?!!】
「……シンシアか……うん、大丈夫。そっちは?ワイバーンの本陣に突っ込んでるって聞いたけど?」
「うん、かなり押されてて……。でもよかったぁ……。こうして通話できるってことは、ミストちゃん主力のワイバーンに勝てたんだよね?!」
そんなシンシアの言葉を聞いた時、穏やかな声と表情となっていたミストであったが、先ほどまでの厳しげな表情に戻りゆっくりと息を吸い、遠くの地にいるミストに話しかける。
「………シンシア、今から私は無茶をする。カバー、頼める?」
【ッッッ………!!………もちろん、任せて!!友達だもん!!!】
ミストの声音の変化を感じ取ったのか、シンシアは僅かに黙ったが、すぐに快諾のための元気のいい声を上げた。それを聞いたミストは小さな声で「ありがとう」と呟いた後、通話を切る。
「………ルイス、磁力でガイウスをこっちに呼べ」
「……?!うぅ、分かりましたよっ……!!マグネ・エンチャントS+N!!」
ミストから渡された通信魔導具をなおすと共に、磁力付与魔法を発動し機工龍にS極磁力を、ガイウスにN極磁力を付与しガイウスをこちらへと引き寄せる。当然何も知らないガイウスはいきなり猛スピードで動く機工龍に引き寄せられたので驚愕の声を上げる。
それと共に小休符を終わったのかボス個体は再び体に炎を纏わせ、機工龍目掛けて突進してくるがミストは宙返りするような動きでこれを回避、しかしそれによってガイウスは無茶な釣り竿の動きに翻弄される釣針のように荒ぶり機工龍に張り付いた時には既に顔を青くしかなりグロッキーになっていた。
「………ぜぇぜぇ……!!って、てめえら……!!一体何してんだゴラァ?!!」
「情けないですねあの程度でその様子とは……凄腕冒険者が聞いて呆れます」
「ガイウス、アンタは遠隔の盾でガード。受け止められなくていい、減速させて」
「だ、だから!!テメェは一体何をしようってんだ?!!」
ガイウスの問いかけにミストは覚悟するようにもう一度息を吐くと、意を決したように言い放つ。
「…………今から、この場を離脱してこいつを飛竜共の根城まで誘導させ、そこで改めこいつを倒す」
「………!!」
「はぁッッッ?!」
「今の面子じゃ勝てても私ら含めて半分は死ぬ。それに向こうに戻れればあの飛行トカゲの防御を貫通できるシンシアやヨハンがいる。……それに私からのSOSに半分無視しやがったんだ。このぐらいは文句言わせねぇよ。…………で一応聞いとくよ。
アンタらはどうすんの?後輩ちゃんと先輩さんよ?」
ミストの問いかけに軍人としての後輩と冒険者としての先輩は黙りつつ、後ろから自分達を鬼の形相で追う炎のワイバーンを見る。熱に弱い磁力魔法では獄炎を突破することはできず、広範囲遠距離攻撃などできない盾魔法など牽制にすらならない、相性最悪の格上魔物。確かに生き残るためにはそれしかなかった。
「それしかねぇみたいだな……!!いいぜどうせ俺に守る立場なんざねぇ!!ミスト、テメェの賭けに乗った!!」
「……これで、勇者にならなければ、軍人としての出世の道は完全に途絶えますね………!!」
そう二人が宣言すると共に機工龍の後方には10数枚の盾が形成され、それらはボス個体へと向かって行き砕けながらも彼を減速させていく。さらに機工龍の進行経路に砂鉄でできた輪が出現し、その輪を機工龍が入ると目に見えてわかるほど加速していくのであった。
彼らの言葉と今発動されている魔法を見たミストは僅かに笑みを作りつつも、心の底で誓う。
こうなった以上は、誰にも文句は言わせない、完全勝利を挙げて見せると。




