ドックファイト その1
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「ハァハァ……!!危なかった……コイツが無かったら即死だな……!!」
アトリエの空間内にてミストは鍵を片手に冷や汗を流しつつ座り込んでいた。盾によって自分の体をボス個体から隠したあの瞬間にミストはアトリエの鍵を既に取り出し転移、攻撃を躱していたのである。
「………さて、ここからどうするか」
ミストはアトリエの鍵についている水晶をのぞき込みさっきまでいた場所の様子を確認する。そこではボス個体が着地しており首を振りながら周囲を散策していた。野生の勘なのかどうなのかはわからないがあのボス個体はミストがまだ生きてこの周辺にいることを、確信しているかのように神経を集中させて探していた。
ミストはボス個体のその判断に思わず舌打ちをする。
「………このワイバーン中々の勘をしてやがる。これじゃ武装して出たとしても、出た瞬間にウェルダンにされるのがオチだな……」
ここアトリエは現実の空間から隔絶された亜空間に存在している。そのため通信魔法を発動させることはできず現状を討伐隊本部に伝えることができないのである。一応出発前、シンシアにシーカースパイダーによって送られる映像を再生できる魔導具を渡してある。もう4時間は経っているなら既に何体かは龍の根城と化した村に侵入しているはずである。
なので場面が動くまでここに隠れるというのも一つの手ではあるが、
(………勝てる見込みがあるのに逃げるなんて……そんなのは、趣味じゃないよなぁ)
ミストは迷彩マントをその辺に放り捨てると作品を入れているラックから鋭利的なモノクルを取り出すとそれを右目に装着する。それと共に収められていた長方体状のケースをそれぞれ両上腕部、両大腿部にベルトで付ける。さらにもう一つ、高価そうな箱に入れられていた赤色の指揮棒を悩みながらもコートのポケットに入れる。
そうして準備を完了させた後、ミストは倉庫へと歩いていき、昨日奥にしまった機工龍の元へと足を運び、背中の鞍に腰を落とす。
「さぁて。これにて準備完了だ。飛行トカゲ共に、目に物見せてやろうか……!!転送!!」
ミストの掛け声とともに転送が開始され、彼女は機工龍と共に通常空間の山岳部へと再び戻ってきた。その音に気が付いたのかボス個体は反射的に転送音がなった方へと顔を向け、サイコプレートを一撃で溶かした貫通火球を放つ。加速力が高く本来であれば回避不能の攻撃、しかし既に起動していた機工龍はノーモーションで急上昇し火球を回避、ボス個体の上ポジションをとる。
それと同時にミストはポケットの赤い指揮棒を取り出すと先端を下にいるボス個体へと向け、
「ブレイズ………ショット!!」
指揮棒先端付近に無数の火の礫を生み出して、ボス個体へと打ち出した。ボス個体は放たれた攻撃の数を見て回避は困難と考えたのか、自身の翼を大きく広げ炎を纏わし前方を覆うように前に出し防御する。炎の礫は炎の翼によって防がれてしまったが、その隙にミストは機工龍に方向転換させ難民キャンプとは別方向へと一気に飛び立つ。
それを見たボス個体は咆哮を上げるとそれに呼応するように7体のワイバーンが空中に現れ、それらと一緒にボス個体も飛行を開始、今逃げていったミストの追跡を始めた。既に距離アドバンテージを取られていたが飛行中にボス個体が咆哮を上げると自分達の体の周りにオーラが纏わりつきその速度を上げて行き、その差をほんの10数mにまで縮めたのだった。
その事実にミストは焦りの冷や汗を流すも、自信を鼓舞するように鋭く攻撃的な笑みを作る。
(複数体対象の強化魔法持ち………!!予想以上の能力だな………!!だが!!)
「よく追いつけたなぁ!!さぁドックファイトの始まりだ飛行トカゲ!!新しい空の王者はワイバーンか、魔術師か!!はっきりさせようか!!」
*
一方その頃討伐隊会議用テントでは会議が途中中断し全員仮宿舎内にて思い思いに過ごしていた。その原因はほんの数時間前まで行われていたワイバーンの討伐案が原因であった。
そこでは主に魔法連責任者の戦略魔法で村ごとワーバーンたちを吹き飛ばす案とヨハンの少数精鋭で山岳部を行軍しワイバーンを討伐していく案との二つの案が対立していた。
多数決でいうならばほぼ全員がヨハンの案に賛成しミストが放ったシーカースパイダーの情報収集が完了したら行軍のプランを立てることを進言したが、魔法連責任者は「国民の問題を解決する方法を多数決なんかで決めるとは何だ」、「そのようなプランには魔法連の部下を貸すことができない」、とまで言い出したのだった。
しかも間が悪いことに今回長時間移送系魔法を発動できる魔法使いは全員魔法連の魔法使いであり、協力がなければ行軍は現実的ではなかった。
それに声を上げたのはシンシアである。シンシアはミストと一緒に、今朝オルトラントとの決闘に勝ったことで魔法連に協力を付けさせる権利を統一軍に与えることに成功している。これがあればいう事を聞かなければならないはずである。実際その伝令は魔法連責任者にも届いており本来であれば、その命令通りにしなければならないはずであるが、
「………『今回の指令は号令前に出たものだから適応されない』。『また、命令号令時、オルトラント様は戦闘のせいか精神的に安定した状態ではなかったため、これらの命令内容は後日改めて統一軍、魔法連トップで話し合う』………って何なのよそれ!!」
「………魔法連は何が何でも今回の討伐戦で戦略魔法を使う、という実績を作りたいんでしょうね。それさえあれば王都に非協力的な地域に対しての脅迫……もとい交渉カードにすることもできますから」
「そんなことばっかやってるからヒガシマやナカハナに愛想尽かされるんだろうがよぉ………」
仮宿舎の休憩スペースにいたシンシア、ルイス、ガイウスの三人は不満の声やため息を吐いていた。せっかく王都から離れたこの地に来たにも拘らずこのグダグダぶりである。そうしたいのも無理はないが。
「……そういえばシンシア。ミストの奴が監視用の魔導具を山に放つって話を聞いたらしいが、その映像はまだ来てねぇのか?」
「ああ、そういえば………会議の時はまた山の中を移動している最中でしたけどもうついているかもしれませんもんね。えっと……」
そう言いながらシンシアはミストに貸してもらった端末を操作しシーカースパイダーから送られてきた映像を確認しようとしたその時であった。
ブーブーブーブーッッッーーーーー!!!!
突然のアラート音が休憩室中に鳴り響き、あたりが騒然とし始める。その音源はシンシアの制服ポケットからであり彼女がそれを慌てて取ると、ミストの声が響く。
『シンシアッ!!こちらミスト、聞こえる?!』
「ミ、ミストちゃんどうしたの何かあったの!!」
『時間がない!!用件だけ伝えるからよく聞いて!!今ワイバーンの主力から機工龍を使って逃げている!!』
「「「!!!」」」
『逃げ切るのは少々厳しい!!だからここでこいつらを討つ!!今から座標ポイントを送る!!アンタたちはそこに先回りして!!いいね、切るよ?!!』
ま、待って!!とシンシアは大声を出すもののすでに通信は切れたのか、プープーと切断音のみが虚しく響いていた。今の様子を見る限りミストが相当にピンチなことを察知した3人の対応は早かった。
「………シンシア、ちんちくりん。今すぐ幹部連中を招集しろ!!俺はヨハンを呼んでくる!!座標が確認でき次第出発すんぞ!!」
「分かりましたッッ!!」
「だからちんちくりんじゃないっ……ての!!」
「おめーらもだ!!休憩時間は終わりだ!!いつでも出れるよう準備を怠んじゃねぇぞ!!」
『は、はい!!』
ガイウスの言葉にシンシア、ルイス、休憩室にいた討伐隊員達は返事をしそれぞれ行動や準備を開始する。
王国有数の戦士たちとワーバーン達との戦闘は、近い。