世界の事情その1
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「な、なんですかこれは?!」
宴会用の料理がなくなったため離れの調理場で作っていた料理を運びに来たギルドの受付嬢は半壊したギルド内集会場を見て絶叫を上げる。周りのルーキー冒険者たちはいそいそと店内の壊れたテーブルやいすを運んだり、割れたグラスを片すなど掃除を行っていた。受付嬢は掃除をしていたルーキー1人に声をかけ何があったかを聞く。
「皆さん、これ、何があったんですか?私防音魔法で聞こえてなかったんですけど賊でも入りました?!」
「賊如きじゃ俺らはともかくギルマスや先輩たちはやられませんよ。軍です、軍の奴らが来たんです」
「軍?!確かにギルマスはセクハラアルハラの常習犯ですし体臭もきついですがが。いくら何でも軍が動くほどじゃ……」
「いややめてあげてくださいよ、あの人意外とメンタル弱いしめんどくさいんですから。………そうじゃなくて軍の連中の目的ですが、どうやらそれはミストさん……いや、キリア・カラレスに用があったようで」
キリア・カラレス、という名前を聞いた瞬間、受付嬢は目を見開き絶句してしまう。しかしそれはここにいるルーキー達の大半が締める知らないが故の驚きではなかった。それは、ついにバレてしまった、という驚愕であった。
その一瞬のうちに受付嬢の脳内にはある光景が浮かぶ。約一年ほど前、雨でぬれボロボロになった軍服とぼさぼさになっていた青長髪した少女の姿が。
《ど、どうされたんですか?!魔物に襲われたんですか?!とにかく怪我もすごい、いったんこちらの医務室に……!!》
《………そんなのどうでもいい。………これを》
《………?!!これ最近山岳部に住み着いたっていうレッドドラゴンの……逆鱗?!……なんであなたがこんなものを……?!うちのベテラン冒険者さん達や騎士団でも倒せない強敵なのに……!!》
《……これはただの紹介料変わりだよ。生憎今は金がないんでね。………今すぐギルドマスターを呼んで。
私には今、新しい身分が早急に必要なんだ……!!》
「……ッ!すみませんミストさんは?今どこに?!まさか軍に連行されて」
「いえ、小競り合いこそありましたがギルマスが止めて、今は執務室で話をしています。そこは無事だったんで。先輩方もそっちに」
「分かりました!!ありがとうございます!!」
ルーキーから話を聞いた後、受付嬢は走りギルド施設の奥にある執務室へと向かう。そこへ受付嬢が到着すると執務室の扉近くにはベテラン冒険者たちが集まり厳し気な表情のまま待機していた。
「はぁはぁ、皆さん今、どういう状況ですか……?!軍がキリア、ミストさんに用があったという話は聞きましたが……!!」
「ライシャちゃん……!!………俺らも分からん、今執務室で話しているらしいが、結界がかけられてるせいか全くわからねぇ。……俺らは最初ミストの奴を戦犯として捕えに来たと思ってたんだが、なんか様子がおかしくてな……。
来たのはジジイと非戦闘員の姉ちゃんだけ。ミストのこと捕まえに来たにしちゃ、あまりに人数が少なすぎる」
「ええ、小競り合いでもミストの攻撃に対して一切反撃しないで、いなして魔導具を壊すだけ……戦意は見られなかったわ」
「それにその男だが……ミスト自身は否定していたが、自分のことをミストのことを我が孫って言ってたんだ、訳がわからねぇ……!!」
ベテランたちの話を聞き受付嬢ライシャは余計に混乱する。キリアを捕まえに来たわけではない?戦意がない?彼女の祖父?情報が足りなさ過ぎて訳の分からない状態であった。
それでも彼女はこの件の関係者でもある。そのため執務室に貼られた結界を解除し中へと入ろうとするが、それをベテランの一人が腕をつかみ止める。
「ッッ!!止めないでください!私は……!!」
「分かってる。お前さんがミストのことを妹みたいに思ってることを。俺達だって同じだ。あいつが作ってくれた魔導具のおかげでここグランゼフ冒険者ギルドは大きく発展し死傷者もぐっと減らせた。
………だがあのジジイは化け物だ。ミストどころかギルマスですら真っ向勝負じゃ敵わねぇ……!!俺達じゃ敵意を向けられた時点で殺される……!!」
「……そんな……!!」
「今は、待つしかねぇよ………!!」
項垂れ涙を流すライシャを慰めつつベテランたちは執務室の方をじっと見る。キリアの安全を祈って。
*
一方時間はわずかに巻き戻り、冒険者ギルド執務室。そこでは4人の人物が応接用のソファーに腰を掛け、それぞれ対面していた。
部屋の上手側のソファーにはこの件の重要人物、キリアとギルドマスター、グランゼフが。下手側のソファーには軍の壮齢の男性と若い女性が座っていた。
キリアは激しい怒りの視線を男に向けていたが男はそれを無視し、目をつぶっていた。実際こうやって話し合いに持ち込むまでに彼は、キリアからの熾烈な魔術攻撃を受けていたがそれら全てをあっさりと粉砕していたのだ、おそらく脅威と思っていないのだろう。
(まぁ、それだけじゃなくて何かうしろめたさ、なんてもんも感じるが……。まぁいい)
「なぁ軍人さん方、まずは自己紹介でもしねぇか?メンチ切り合ってる状態じゃ話にならねぇ」
「………確かにその通りだな。失礼したギルドマスター殿。
私は人類統一軍提督、ヴォルフ・カラレス。一応軍の総指揮官を任されているものだ」
その言葉を聞いた時、表面上は冷や汗を流すで留まるが流石のグランゼフも内心驚愕で打ちのめされてしまう。古株である教会や騎士団を押し退け、この国での一番の発言権を持つ軍の大元締めのボス、そんな存在が目の前に現れたこともそうであるが、一番の理由はそうではない。
人類統一軍現提督。それを表す代名詞はもう一つある。それは、
「50年前………過剰進化魔族、魔王を討伐した……隠れ魔術師にして、勇者……!!それがアンタだっていうのか……!!」