6人の勇者候補 その1
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軍が持つ大型魔導車内、現在キャンプがあるという場所まで移動しているこれの中には十数人が収容可能の休憩スペースが設けられており、そこに置いてあったソファにミストとシンシアは座っていた。決闘の後、急いで討伐隊と合流したミスト達は彼らに促されるまま、10両ある魔導車の最後方にあるこれに入れられ移動をしていた。
このスペースには自分達2人以外に4人の人物が乗せられており、そのうちの二人、ルイスとメーリルは彼女達のそばに座り話していた。
「無事に勝たれたそうですね、よかったです」
「公爵子息まで出てきていたとは、予想外でしたが……これで魔法連の妨害もなくなりましたし、事実上軍は魔法連をある程度自由に動かせる立場になれました。おそらく提督もお喜びになるでしょう」
「うん、ありがとう、二人とも。……でも、なんか………勝った気にはなれないかな」
「ああ、そうだね。オルトラントはおそらくまだ手を複数隠し持っていたはず、あのままやり合ってればこちらが負けていた公算の方が高かった。
私達は勝ったんじゃない、勝ちを譲られたんだよ。」
「いや、君たちはその勝利を誇っていいと思うがね?」
ミストが悔しそうにつぶやく中、彼女達の会話の輪に横槍を入れる言葉が聞こえたため4人ともその方を見ると、そこには一人の男性が椅子に座り用意されていた紅茶を飲みながら分厚い本を読んでいた。
その男性は暗めの茶髪をオールバックに纏め、左目にはモノクルを付けており、白いスーツの上に紺色のに琥珀色の装飾がつけられた豪奢なコートを着ていた。
ルイスとメーリルはその男を見た時、明確に緊張したのか姿勢を正すが、ミストとシンシアは特にそのままの体勢で彼の方へと振り向く。
「オルトラント様は実力だけなら魔法連でも私に次ぐ強さを持っているし、あの方は隠しているようだが強さに対する自負はある。そんなオルトラント様が君たちを認めたのなら、それはもはや完全に勝利と言っても過言ではないと思うがね?」
「………あんた誰?コートに付けてるバッチから魔法連なのは分かるけど」
「おっと失礼、初めてだったね?
私はヨハン・フィシテウス。魔法連幹部にして勇者候補、そして宮廷魔法使いを務めさせてもらっている。どうぞよろしく頼むよ」
そう言って男性、ヨハンはモノクルを外し、左目の瞳に浮かび上がった勇者紋を見せつつ小さく礼をするが、彼が言った自身の肩書にシンシアは固まり、ミストも体からすぅーッと冷や汗を流していた。
宮廷魔法使い、それはその名の通り王家に仕え、魔法指南、魔法の研究、並びに有事の際の防衛を担う、この国における最高の魔法使いに与えられる称号である。
魔法の信仰が薄い田舎育ちのシンシアでもその存在を知っており、がちがちに緊張してしまったところを見るとよりその存在の大きさが分かるであろう。
(確か2.3年前に前任が死んで国葬したのは知ってる。つまりコイツはその後釜か?いやでもどう見ても30後半から40代。宮廷魔法使いになるには若すぎる。)
「あ、あの!!すみません不躾な態度をとってしまって……!!」
「いやいや構わないよ。必要以上の敬いは逆に気を使ってしまう。そちらの軍のお嬢さんと巫女様も自然体で構わないよ。
………まぁでも必要い程度には敬ってほしいという気持ちもあるんだがね?」
ヨハンは顔だけを動かしてある方向に目線を向けると、そこには筋骨隆々な大柄の男性がソファに寝転がってその場所を占拠していた。
その男性は白金色の短髪に黒いサングラスを付け、体には複数の傷や入れ墨も目立っていた。また服装も黒いタンクトップに厚手の灰色のカーゴパンツと他の面々と比べ、かなりラフであった。
「んだ、ヨハン。俺に何の用か?」
「いや?せっかく久しぶりに会えたのに挨拶も何もなくて少し困惑していただけだがね?ガイウス君」
「ああ?昔家庭教師でしかなかっただけの奴に挨拶なんざしなくちゃいけねぇんだよ?」
ヨハンに対し体を起こしつつぎらついた視線を彼に浴びせる大柄の男性、ガイウス。彼はヨハンに言葉を吐き捨てた後、視線を動かしミストら4名を見る。その目には明確に苛立ちが含まれていた。
「それにしても回復役の巫女サマとヴォルフのジジイの孫娘はともかく、なんで残り二人も女なんだぁ?そのうち一人は軍の若手エースって聞いたが俺の聞き間違いだったのか?」
「………失礼な方ですね。魔法の戦いに置いて男女の差などないことぐらい分からないんですか?それともそんなことが分からないぐらい学がないんですか?そうですね、もしもまともに学校に行っていたならば最低限度の礼儀は習っているはずですものね。当たり前のことを聞いてしまってすみません。無学な脳筋の方」
「テっっテメェッッ!!」
早口に放たれたルイスの暴言にキレたガイウスは立ち上がって詰め寄り、ルイスも応戦するように立ち上がった。思わず一触即発になりそうなところであるが、そこにシンシアが間に入って止める。
「ちょちょ、やめてくださいガイウスさん、ルイスちゃんも抑えて抑えて!!」
「おいこらどけよ、俺はそっちの女に用があるんだ!!どかねぇなら殴る……ことは絶対にしねぇが、とにかくどけこらぁ!!」
「シンシアさん、どいてください。こういうゴリラは早めに調教してどちらが上かを教え込む必要があります。そもそもの話、あなたもこの方に馬鹿にされたんですよ?だったら私の仲間になるのが普通なんではないんですか、分からないんですか?そんなんだからバカ姉やナタリーにイジメられたんじゃないんですか?」
「そ、それはそうかもしれないけど!!というかミストちゃんもメーリルさん、ヨハンさんも止めるの手伝ってよ!!」
(と言っていますが、どうしますか?ガウス様はともかくルイスさんは多分手を出しかねませんよ?ミストさんがどうにか抑えられませんか?ほらミストさんルイスさんのお姉さまなのですし……)
(………そもそもいつか言おうとしてたがなぁ、私はアイツの御姉様になったことを認めた覚えが全くないんだよ!!勝手にされてんだよ!!)
ああ、やっぱり非公認御姉様だったんですね……と内心メーリルが考えていたその時だった。
ピキィ―――――ン………!!!
紅茶を飲みながら静観していたヨハンであったが目を見開いたと思うと指を鳴らし、念動魔法を発動、ガイウスとルイスを拘束すると通る声で全員に伝える。
「………諸君、残念だがおしゃべりの時間はもう終わりなようだね?
今移動しているこの魔導車10両全ては、あと2分足らずで魔物に包囲される」