決闘の終わり、夢の始まり
オルトラントが敗北を宣言したのとほぼ同タイミングで結界はガラスのように崩れ始め、壁に埋まって気絶しているミューゴは地面へと落下する。ギャラリーをしていた魔法連の会員たちはすぐさまミューゴのそばに寄りその体に回復魔法をかけたり介抱をするが、オルトラントは特に一瞥を向けることもなく拍手をしながらミスト達のそばに寄り彼女達の手を勝手にとる。
思わず二人とも声を上げ払おうとするが、彼の手袋の中にある奇妙な感触に驚いてしまい動かすことができなかった。
「素晴らしい!!素晴らしいですよミスト嬢、シンシア嬢!!ミスト嬢はさすがは元統一軍の影のエース!!的確な判断に加えピーキーな魔導具を使いこなすその腕感服しました!!
そしてシンシア嬢!!正直私は対策をとった以上、戦闘の素人であるあなたには負けることはないと高をくくってしました。しかしそれは大きな間違い!!咄嗟に状況を見極め最大限の成果を出して見せた!!
何度も言いますが、本当に素晴らしかったです!!君たちが勇者になるのならこの国はもう安泰ですね!!」
「な、何を言っているんですか、オルトラント様!!」
そんなオルトラントの発言に待ったをかけたのは魔法連の面子の中ではオルトラントの次に若いであろう、結界を張っていた茶髪の少年であった。
「魔法連の幹部ともあろうものが魔法不全者のことを認めてはなりません!!我々は魔法を使える者達すべての手本であり頂点でなくてはいけないんですよ?!」
「と言いますが、ブラウン爵はワンパンでのされ、調整した戦闘用の蟲をあっさり撃破する、彼女達の実力は魔法が使える、使えないなんて小さな問題、無視していいほどのものだと思いますがね。
それとも、レダン君。君が彼女達と戦ってみますか?」
それを聞いたレダンはミスト達に視線を向けた後、小さく悲鳴を上げ、取り繕うように「………ブラウン爵を医務室に連れて行きますので……!!」と吐き捨てた後、念動魔法でミューゴを浮かせるとそのまま一部の会員たちと共にその場から去っていった。
逃げていったレダンを鼻で笑ったオルトラントは、「おっと、失礼」と言って彼女達から手を離すと残っていた魔法連の会員たちに向かって宣言する。
「幹部命令です。これより魔法連はミスト・クリアランス、シンシア・ニルフェン並びに彼女達の血縁関係者への挑発、妨害、私闘といった害行為全般を禁じます。また統一軍からの協力要請があった場合、特別な事情がない限り、必ず要請を受けなさい。これらを破った者は魔法連からの永久追放とします。
今すぐ連絡してください」
「なっ………?!」
「ま、待ってください!!なぜそのようなことを………!!あなた一人で決めるなど横暴です!!」
「横暴?皆さんは忘れているようですが、私は魔法連の幹部で、次期当主候補の公爵子息です。
…………断らないでくださいね、家族と共に路頭に迷いたくはないでしょう?」
「ヒィ!!りょ、了解しましたぁ!!失礼しますぅぅ!!」
言葉静かに凄まれた会員たちは蜘蛛の子散らしたようにその場から逃げていき、広場にはミスト、シンシア、そしてオルトラントのみとなった。
「………なにが、目的だ……?私達はお前の妹をぶちのめした犯人だぞ……?」
「ああ、そっちはどうでもいいです。………さっきの命令は強さを見せてくれたあなた達への敬意と、出歯亀をしてしまったことに対する誠心誠意の謝罪です。これであなた達は魔法連からの妨害を受けることはなくなるでしょう。そしてもう二度とあのような監視はしません。我が魂に誓いましょう」
「………ミストちゃんが将校に受けたこと、誰にも言わないと約束できますか?」
ええ、もちろん。オルトラントが言い切った後、シンシアは流し目でミストの姿を見て、彼女がため息をつきつつも、うなずいたのを確認すると彼に向き直る。
そしてそのままオルトラントに向かって右手を差し出す。オルトラントもそれに倣うように右手を出し彼女の手を握り正式な握手を行う。
「……オルトラント、さん。本当は色々言いたいですけど、アタシ達は謝罪は受け入れます。これからは勇者候補として、よろしく、お願いします。」
「ええ、よろしくお願いします。この後の飛竜討伐任務も頑張ってください。それでは、私は用がありますので今日はここで」
手を離したオルトラントは踵を返して悠々と歩いていき彼女達から離れていくが、その時ミストが彼に声をかけ呼び止める。
「………待て、最後に聞かせろ。…………あんた、本当に人類なんだよね?」
「………失礼な質問ですね、人類ですよ。………残念ながら。」
ミスト達に一瞥もせず、先ほどとはまるで違う酷薄な声音で吐き捨てたオルトラントが指を鳴らすと彼の姿は消え、かわりに小さなゴム玉が現れて地面に落ちてきたのであった。
明確に彼の地雷を踏んだこと理解した二人であったが、ミストはいまだ人間とは思えない感触が残っている手を眺めつつも、このまま突っ立ってるわけにもいかないと考え、固まっているシンシアに声をかける。
「………シンシア、集合時間まで後10分程度、急ぐよ」
「う、うん!!」
*
決闘から約20分後、王城内勤務者専用喫茶店。交換スキルで自分の研究室に転移したオルトラントであったが、気分が晴れず会員制の喫茶店へと向かい普段自分が座っている席に座り注文し、すぐに出てきた紅茶とケーキを仮面をずらし顔が見えないようにして食べていた。しかしその最中にも最後にミストに言われたことを思い出してしまったのか、途中でケーキを食べるのをやめ、上を向いてため息をつく。
(お前は人類なのか、か。いつも会員たちに陰で言われていることなのに……腹を立てている自分がいて驚く。)
「……はぁまだまだですね、私も」
「……ん?珍しい顔ね、ラント」
自分の考えに浸っている彼に対し声をかける人物がいた。
その人物は銀髪に桃色のメッシュが入った艶やかな長髪が特徴的な美しい女性であった。齢は20代半ば程度で格好は白と桃色を基調色とし金刺繍でまとめたシスタードレスであるが、彼女は右腕の袖と左足を隠すロングスカート裾部分をバッサリとカットしており、シスターとは思えない煽情的な格好をしていた。
女性の姿を見たオルトラントはいつもの調子を装い、声をかける。
「やぁレイゼ。こうやって外で会うのは久しぶりだね」
「ええそうね。先王陛下に謁見、半年ぶりかしら?全然見かけないからあなたのお父様か妹に謀殺されたと思っていたわ」
「ハハハ。何回か暗殺はされそうにはなったが、まだ死ぬわけにはいかないよ。僕には夢があるからね」
そう、と軽き聞き流した後、レイゼは彼の席の前に座り鈴を鳴らウェイターを呼ぶと軽く注文を行っていた。
彼女はレイゼ・テルノーグ。教会最高幹部、「絶歌姫」の異名を持つ七聖徒の一人であり目の前のオルトラントとは幼馴染の関係に当たる人物である。
レイゼは指を鳴らすと自分とオルトラントに透明な膜を纏わせる。これはレイゼの作り出した防音膜でありこれによって彼女達が話す言葉は同じ防音膜を纏っている存在にしか聞き取ることができない。
「ところで、どうだったの噂の軍が連れてきた魔法が使えない勇者候補の力は」
「………ああ、想像以上だったよ。…………おかげであのバカのパートナー候補に毒を盛ったことが無駄にならなくてよかった」
「……やっぱりあれあなただったのね。困るのよ、アイツらもっと自分達の飯をうまくしろ、もっとベッドをやわらかくしろだのうるさくて……本格的に追い出そうかどうか悩んでるわ。ま、こんな愚痴は置いといて、
………やっと始められるわね、あなたの、私達の夢を」
「………そうだね。でもまだ始まっただけに過ぎない。これからどんどんミスト嬢とシンシア嬢には強くなってもらわなければならない。それこそ魔王を倒せるぐらいに。そういう意味では今回の飛竜討伐任務は渡りに船だ。一気に飛躍できるだろうし、万が一があったとしても問題ない。
あの男がいるんだ。彼女達はもちろん他の勇者候補も死なないよ」