魔術師冒険者 ミスト・クリアランスその3
大量の血が飛び散り意識を失いかけるオーガであったが、歯を食いしばりのけぞり斃れるのを防ぐ。致命傷を受けたが自分の回復魔法ならばまだ立て直すことができるからだ。彼は痛みと失血により混濁する中最後の力を振り絞り傷口に魔力を集中し回復させようとする。だがしかし、
「そんなこと、許すとでも?」
「……!!待……て……!!」
「やだ、待たない……!!」
少女は冷たい表情のまま右逆手に持っていた短剣を容赦なくオーガの額に突き刺す。当然激痛によりオーガは暴れ出すが、そのタイミングで少女は高く跳躍し天井に張り付くと、先ほどオーガに向かって投げ弾かれたことにより天井へと突き刺さった剣を引き抜いた。そしてそのまま、
天井を蹴り上げ、脚力と重力が組み合わさった凄まじい運動エネルギーを併せ持った一撃をオーガの脳天に向かって叩きこむ。剣により一撃を食らったオーガはぴたりと動きを止め体には一本の線が生み出されていき、最終的にはその線に合わせるように体が左右それぞれに分かれて行き、両断されるのであった。
少女は剣の血を払うと懐から小さな水晶を取り出し力を込めて握ると、水晶は淡く光り出し、声が聞こえ始める。
【ミストか?どうした、何かあったか?】
「ギルマス、今ゴブリンのコロニーに到着しリーダー個体を撃破した。ただかなり規模が多く今の私の装備じゃ殺しきるのは時間がかかる。応援を呼んでくれない?………ていうかそのリーダー、オーガだったんだけど」
【……!オーガか……なるほどゴブリンにしちゃ統率が取れてるから上位種ゴブリンがいるとは思ったが、まさかオーガまでいるとは……。
分かった、調査隊も含めて援軍を送る】
「あんがと、それじゃ」
軽く返すと少女、ミストは剣と浮遊する長楯を元に戻しカバンの形態にすると、黒いコートの裏側にいれていた大振りの長方形状の柄を取り出し振るい、柄の中に収納されていた刃を出現させていた。その刃はオーガの方を向いており、刃を持つミストの目は先ほどまでの冷淡さは見られずどこか好奇心と熱が込めらえていた。
「さて、魔物除けの魔符が切れるのは後30分……ま、必要な部位だけ切り出すなら、そんだけあれば十分。
それじゃ楽しい楽しい、解体の始まりだ……!」
そう楽し気に独り言をつぶやきつつ、ミストは嬉々としてオーガの死体にナイフを突き立て皮を肉を切り裂いていくのであった。
*
ミストが連絡を送った後は事態は一気に動いた。ミストの送った座標案内により人除けの魔法に惑わされずに要塞に到着した冒険者たちは逃げ道を囲みゴブリン達を叩いていった。それに対しゴブリン達も反撃をするが司令塔が潰されたことで統率はほとんど見られず、最終的には初心者冒険者の訓練に使われてしまっていた。
結果として本体が到着してからわずか30分で大規模ゴブリンコロニーは殲滅されたのであった。
そしてクエストをクリアした冒険者たちが次に行ったこととは、
「それではクエスト完了を祝して、カンパーイ!!」
『カンパ―――イ!!!』
ギルドに戻っての祝杯であった。ゴブリンとは最下級の魔物でありその討伐クエストは大抵が初心者用の報酬が少ないクエストばかりであった。しかし今回のゴブリン達はかなり広範囲の地域に被害を出しており尚且つその指揮は知性を持つ魔物、魔族のオーガであったこともありギルドマスターが被害地域の領主に交渉、結果ゴブリン討伐によるものとは思えない高額報酬が参加した冒険者全員に払われたのであった。
そんな浮かれた熱に当てられ冒険者たちがバカ騒ぎをする中、今回の立役者であるミストは一人カウンター席に座り、パイ料理を齧っていたが、そんな彼女の横に一人の男が座る。その男は浅黒い肌に金髪のオールバックが特徴的な巨漢の中年であり、体中に傷があることから歴戦の戦士感を漂わせているが、手に酒瓶を持ちすでに顔が赤みがかっていることもあってミストは彼の姿を見た途端、うっとうしいものでも見たかのような表情を浮かべる。
「ははは!!俺の冒険者ギルドは評判が大きく上がり、ベテラン冒険者たちは臨時収入手に入り、ルーキーたちは実戦経験を積めた!!これも全部お前のおかげだな、ミスト!!ほらお前も酒を飲め!!遠慮するな!!」
「うるさい、てか酒臭いんだよ、口閉めろ」
ミストの心底冷たい表情から履き捨てられた暴言に顔を一瞬で萎ませ「……そこまで言う必要なくない?」とでも言わんばかりの表情になった大男を無視しつつ、彼女はテーブルの上のパイを食べつつ、このクエストで得た戦果について考えていた。
(……討伐証明の角の半分と目玉は渡し、必要のない部位は全て売り払った。とりあえずこの金でしばらくは生活できるな。さて明日からはオーガの部位加工の続き……これ食ったら早めに寝るか)
と何気ないことを考えていたその時であった。冒険者ギルドのドアが勢いよく開けられる。現在ギルドのドアには「本日休み。関係者以外立ち入り禁止」という看板が立てかけられていたはずである。しかしそれを無視して開かれたということで視線はそのドア先にいた人々に向けられる。
その先にいたのは二人。一人は腰にサーベルを差し、右目に刀傷がある白髪長身の壮齢男性。もう一人は投目で見てもスタイルの良さが目立つ水色長髪の女性であった。男の方は縦襟の黒制服、女の方は黒いブラウスにタイトスカートの制服と服装は違ったが、どちらも共通して狼のマークが描かれた黒光沢のキャップとマントを着用していた。
黒い制服に狼のマーク。これらをトレードマークとする組織はこの人類統一国家にて一つしか存在しない。そのため冒険者たちは一瞬で酔いを醒まし冷や汗を流す。とその時だった。
「……おうおう、統一軍の方が一体何の用だ。悪りぃが今は宴会中なんだ。依頼なら後で受けるから、帰っちゃくれねぇか?」
「……!!」
「……失礼した。あなた方の宴を止める気はない。私は自分の役目を終えたらすぐに出て行くさ」
大男は先ほどの酔いつぶれていた醜態から一転、覇気に満ちた威圧感で二人を脅す。女の方は気圧され一歩後ろに下がってしまったが男の方は気にせず大男の脇を通りゆっくりと歩を進める。それに対しベテラン冒険者たちは特殊な武器を持ち構えるがそれ以上体が動かすことができなかった。
まるでそれは心を無視して体が警告しているかのようであった、この男と戦えば死ぬ、と。
男は海割れの神話の如く動いていく人波をかき分けて、とある人物の前へと到達するとそこで止まる。そこにいた人物は男のことを知ってか知らずか皿のパイを食べ進めておりちょうど今最後の一切れをほおばっていた。
「………久しぶりだな。こうして会うのは何年ぶりだ?」
「んっんっ……さぁ?父さんたちの葬式……には来なかったし……それより前や後にあんたとこうやって喋った覚えはないな」
「………相変わらずだな、そのぐらいの暴言聞いてやるさ。その代わり私の話にも耳を傾けてもらうぞ、ミスト・クリアランス。いや、
キリア・カラレス。我が孫よ」
男が放った『キリア・カラレス』という名前にルーキーを中心にざわめきが響き渡るが、それはキリアがミルクを飲み干し、そのグラスを掴んだ手をカウンターに叩きつけた音で一斉に静まり返ったのだった。
「………お前が、私の祖父を語るんじゃねぇよ、強いだけのカスが……!
……搔っ捌くぞ……!!」
上半身だけ振り向き、男の方を見たキリアの表情は今まで誰にも見せたことがない、怒りの形相をにじませていた。