卑劣なる決闘、一閃
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王城付近に到着したミスト達はそのまま徒歩で移動し約10分、8時25分に王城の中にある訓練場を兼ねている広場へと到着する。そこにはこの決闘を吹っ掛けたミューゴとそのパートナーと思しき黒づくめの仮面長身男に加え、魔法連の面々が観客席に座りミスト達にニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「よく逃げずに来たな、そこだけは褒めてやるぞ!!社会のガン共!!」
「……そんなくっさいセリフいう奴、歌劇の世界以外でいたんだ。ってそんなことはどうでもいい、アンタは?」
ミューゴを塩対応気味に煽りつつミストは仮面の男、オルトラントに問いかけると彼は恭しくお辞儀をしつつ、自己紹介を行う。
「初めまして。キリア、いえ今はミスト嬢でしたね。それにシンシア嬢。私はオルトラント・トルキシオン。魔法連の末席に座る者であり今日あなた方との決闘のお相手にして、
あなた方と同じ、勇者候補をさせていただいています。どうぞよろしく」
そう言うとオルトラントは自分の服の襟を右手で引っ張りつつ頸部右側を見せると、勇者紋が浮かび上がる。間違いなく勇者である証を見せつけるが、ミューゴ含め魔法連の面々は不機嫌そうな顔をし、ミストとシンシアは別の部分に反応していた。
(ミストちゃん……!!トルキシオンって……!!)
(ナタリーの、兄貴か……?直接復讐しに来たってこと……?いやでも……それにしては魔法連の連中の様子が……)
「オルトラント様」
ミスト達が今のこの状況に思案している中、ミューゴはオルトラントの肩を掴み、無理やり自分の方を向かせる。公爵家出身のオルトラントに対し、ミューゴは伯爵家出身。本来このような蛮行は許されないはずであるがギャラリーはもちろん不敬を行われたオルトラント自身も何も言わなかった。
「貴族が軽々しく、このような連中に頭を下げないでください。それは貴族の名折れです!………あなたは後ろで立っているだけで構いません。早く所定の場所に行ってください」
「ええ、すみません。そうさせてもらいましょう」
オルトラントは軽くミューゴの手を払うと、そのまま踵を返し、ゆっくりとこれから戦う場所である広場後方へと下がっていった。その後ろ姿にミューゴは「……コネ採用のうつけが」と小声で吐き捨てた後、再びミスト達の方を向く。
「それでは改めてルールを説明してやる。
この決闘は魔法連が決闘方式、簡易模擬戦と同じルールで行う。ルールは2VS2、お前達二人が戦闘不能になるか私が戦闘不能になるまで戦いは続く。戦闘を行う場所は、決闘開始と同時に生み出される結界の中、その場所では死に直結するダメージは全て軽減される。………本来なら弟の仇と不調法者は殺してやりたいが、先王陛下からの温情だ、感謝するがいい!!」
「尊大な説明どうも。そんじゃとっとと始めよう。シンシア、車で説明したとおりに」
「分かった!!」とシンシアが答えると、広場後方に立ち、スカートのポケットから白に赤い紋様が描かれた手袋を手に付ける。それと共にシンシアの前方に立ち、右手に持っていた鉄カバンの取っ手のボタンを押し、魔道具ヒドゥンエッジとそれに付随する浮遊盾サイコプレートを展開、さらに左手には革鞘から取り出したヴォーパルを取り出す。
全く自分の威圧が聞いていないことに腹を立てつつミューゴも荒く足音を立てつつオルトラントの前方へと立った。
これで、この決闘の役者が全員そろった。
「貴様らはここで叩き潰し、お前達の勇者紋は本当にふさわしいものに渡させてもらうからな……!!」
「……はっ。言ってなよ。ここで徹底的に叩き潰して、二度とケンカ売れないようにしてやる」
「ほざけ戦犯!!審判、始めろ」
「!!これより決闘を開始します。開始と同時に結界が張られ結界展開10秒後から相手へと攻撃できるようになります。それでは、
結界展開、開始!!!」
審判と思われる魔法使いが広場の地面に掌を当てると、広場の隅から白い魔力の壁が出現していき彼らを包んでいく。壁が完全に空間を包み終えると、すべての全てが白で構築された、先ほどの広場明らかに広く何とも殺風景な世界へと変わり果てるのであった。
その物珍しさにシンシアが目を白黒させ、ミストはだらんと体を伸ばし脱力体制をとっている中、そんな彼女達を侮蔑するような視線を浮かべつつ、ミューゴはこの戦闘待機時間10秒を使い体に略式の防護魔法を重ねがけでかける。
(俺はたとえ雑魚相手でも油断はしない。物理、魔法攻撃をカバーする防護魔法の重ねがけ!!さらにこの結界の防御効果、実は、それは俺にしか発生しない!!この防御力で圧倒し、生まれてきたことを後悔するほど嬲ってやる!!
………唯一、負け筋があるとすれば)
「オルトラント様、はっきり言っておきますが、私はあなたが万が一奴らに人質にとられたとしても、あなたを助けません。たとえトルキシオン家の最後の当主候補だとしてもです。
これはあなたの父上のご意志と思ってください」
「ええ、どうぞ。私も勝手にやらせてもらいますので」
軽々しく忠告を返すオルトラントに隠さずに舌打ちをするミューゴ。とそうしている内に結界の完全展開が完了し10秒、決闘開始を告げる銅鑼を模した音がこの世界に鳴り響く。それと共にミューゴは腕を大きく広げる。
決闘が始まったにもかかわらず、あからさまなほど無防備な体勢。ミストは問いかける。
「………どういうつもりだ?」
「何、貴様らがこの世界を乱す魔族の次に害なる存在とはいえ、所詮は虫けら。そんなお前達にハンデ無しは流石に厳しいだろう。
初撃はお前達に譲ってやろう、来るがいい」
ミューゴの宣言にミストは後ろにいるシンシアと目を合わせ、シンシアがうなずくのを見ると再び前を向く。さらに結界の周りを確認すると呆れるように笑いながら右手に持っていたヒドゥンエッジを地面に突き刺し、右手をヴォーパルの峰に添える。
「………分かった、お言葉に甘えて譲ってもらうよ。ただし、
後から、喚くなよ?………致命の剣よ・絶殺の導道を・我に開け」
ミストが詠唱すると、さらしに包まれたヴォーパルの刀身に赤黒い魔力が発生しそれと共にミストは姿勢をかがめ、体をねじり引き絞る。その魔力の異様さに味方であるシンシアも一歩後ろに下がってしまい、オルトラントは何かを察したのか、ミューゴの後方から離れる。
そして次の瞬間、ミストの履いているストームブーツの足底から旋風が勢いよく放たれ、その推進力によってミストは前方へと弾かれるように突撃する。瞬きの暇すらないすさまじい速度、回避は不可能、よってこの斬撃を受けるを受けることは決定したがミューゴは全く焦っていなかった。なぜなら彼には10枚もの魔法防御を体に纏いさらに結界の防御効果によって耐久力も底上げされている。この状態であれば上位魔族の本気の攻撃すら話にならないはずであった。そう、
(さぁこの攻撃を弾いたら、虐殺の開始だ。弟の魂と貴族の誇りにかけて徹底的に殺してやる。さぁお前達が絶対的な力の前にどんな無様な命乞いをするか、
今から楽しみだ!!)
本来ならば。
パキッッ、パキパキパキパキパキパキパキパキパキッッッーーーーーーー!!!!!
「へっ………?」