魔眼の巫女 メーリル・エルシニア
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王都北西部にある教会総本山のさらに奥、信者たちからは聖域と称されるその場所には二人の人物がいた。
一人は薄い金色の長髪と目元を覆っている黒い目隠し、白に水色縁のシスター服が特徴的な16歳程度の少女。もう一人は水晶に包まれた豪奢なベッドで寝ている少女よりも長い白髪が特徴的な20代後半程度の美しい女性であった。女性の方は死んでいるかのようにピクリとも動いていないが彼女が覆われている水晶は時折光を発しており、水晶に覆われたベッドの下の魔方陣もそれに応じて、光を魔方陣に描かれた文様に走らせていた。
少女は水晶の前で膝をつき、ロザリオを持ちつつ祈りを捧げるように深く礼をする。
「………お母さま、女神さまよりもうすぐ勇者様が来られるとお告げがありました。……必ずや勇者様を導く巫女としての務めを果たして見せます」
そう誓うようにつぶやいたその時、彼女の耳の近くに通信魔法の魔方陣が展開される。この時間は毎回自分がここにいることは信者たちやシスターたちは知っており通信を掛けてくる者はほとんどいないはずである。つまりこれはかなり緊急性が高いもの、そう考えた少女は通信に答える。
「メーリルです、どうかしましたか?どうしましたか?」
『巫女様!!実は勇者候補の方々が来られたのですが、少々複雑な状況となっておりまして………聖女様への祈りの時間中とは思いますが来ていただいても宜しいでしょうか?』
「分かりました。すぐに行くので待っていてください」
そう言うと少女、メーリルは通信を切り水晶の中で眠る彼女の母親に再び向き直ると立ち上がり、そのまま頭を下げる。その後彼女はドア方向に向き直り、そのまま聖域から出て行くのであった。
(しかし、勇者候補が来たとは言えあの慌てた等な様子、一体何があったんでしょうか……?)
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「………なるほど、確かに複雑な状態ですね」
メーリルは通信をしたシスターと合流した後、彼女の案内の下、件の勇者たちがいるという大庭園の広場に到着した。そこには、
「あ、御姉様。あちらが教会派閥の勇者にして巫女様、メーリル・エルシニア様です」
「……やっと来たか、悪いけど巫女サマ。こいつらを早く下げてくれない?」
「……ホントゴメンナサイ………」
その場に座り込んでいるミスト、シンシア、ルイスの姿と後ろには鉄でできたワイバーンの模型と思われる物体がいた。機工龍によって空から現れた彼女達は今現在、錫杖を持った複数のシスターたちに囲まれ包囲されていた。無論ミストとルイスは構えや怯えている表情を見て瞬時に彼女達が戦闘の素人であることを見抜いていたし、その気になれば突破などたやすいが、そもそも彼女達と敵対したいわけでは全くない。
そのためこの中で唯一明確な立場を持っているルイスが軍証を見せメーリルを呼んできてもらったのだった。ルイスは立ち上がると前にゆっくりと歩き始め、シスターたちはそれを止めようとするがメーリルが諫め、錫杖を下ろす。錫杖による通せん坊がなくなったことでさらに前に足を進めていたルイスがメーリスの前に立つと、そのまま彼女は片膝を立てた状態で座り込み深く礼をする。
「本日の鑑定についてのアポイントを取らせていただいたサファイア秘書官の部下である統一軍所属のルイス・クラウラー訓練生です。メーリル様まずこのような形で謁見することになったこと、誠に申し訳なく思っております。ですがこれは決して教会の皆様への敵対、愚弄行為等ではなく、やむを得ない事情があったことをどうかご理解ください」
(………まぁ単純に着陸できそうなのがここしかなかったってだけだけど)
(………ミストちゃん黙って、ホント黙って)
「………ええ、分かっています。キ…ミスト・クリアランスさんとシンシア・ニルフェンさんですね。ご説明でもあった通り、私はメーリス・エルシニア。教会の最高幹部、七聖徒にして聖女見習い、巫女を務めさせていただいております。今日はよろしくお願いします」
メーリルが微笑みながら手を出すと、ミスト、シンシアは立ち上がり、それぞれ手を出して握手を行う。握手を終えるとメーリルは透き通りながらもよく通る声を出し、シスター達に指示を出す。
「それでは皆さん、後は私が担当します。皆さんはいつも通りのお勤めに戻ってください。後こちらの龍の模型、魔導具はここに安置してください」
『はい、わかりました!!』
「………それではお三方。特別な部屋を用意していますのでそちらに向かいましょう。」
シスターたちへの指示を出し終わったメーリルは先頭に立って教会内部へと歩を進み始め、それに先導されるようにミスト達も彼女に続いていく。教会の廊下を歩いていると騒ぎに会っていない他シスターや信徒達の姿が見られ、一瞬自分達の方を見てぎょっとしたり避けたりするような態度をとるが、メーリルの姿を見ると安心したのかこちらに挨拶をする者達もいた。
これにより少しずつ緊張も取れるはずであったが、それに関係なくシンシアは心配そうに、ルイスは険しい表情のままミストを後ろから見つめている。なぜならばミストがこれから何をしようとしているのか、彼女達は知っているからだ。
「ずいぶん信頼されているんだね」
「いえ、私などまだまだです。この命の使命を果たすには実力も実績も足りません。………早く、人間のために己を犠牲にしたお母…聖女様の、真の意味での後継にならなければ」
「………あんたのことは少し聞いている。アンタは魂の色と流れを見れる力と勇者紋の力によって与えられた見た者、物質の全てを過去現在の状態を見抜く鑑定っていうスキルが宿った眼、魔眼を持ってるんだってね。だとすれば分かるんじゃないの?
私が一体何者なのか」
ミストの言葉を聞いたメーリルは立ち止まりゆっくり己を落ち着けるように息を吐くと、ゆっくりと後ろを振り返る。
「……キリア・カラレス。………書類上ではあなたが聖女様、お母さまが結界を張らなければならない原因を作った戦犯となっていますが、それは全てブラウン侯爵家が己が親族の守るために嘘であることも知っています。そんなあなたに、言うことはありません。」
「……私は貴族の将校を殺して軍を見限り抜けた。今でもそれは後悔はない。だが……あの場を収める方法はいくらでもあった。そうすれば援軍も呼べて戦線が崩壊することはなかったはずだ。
クソ野郎どもを除いた第4大隊の連中と、アンタの母親が犠牲になった原因は紛れもない私だ………それに関しては後悔している。……すまなかった」
そう言ってミストは深々と頭を下げた。先王や四大公爵達に見せていたポーズとしての礼ではない、心からの謝礼を表していた。




