君の言葉で、聞かせて
*
「ミストちゃん!!待ってよ!!」
ミストを追うため謁見の間を出て行ったシンシアは、少しして階段を下っていたミストを発見すると急いで近づき、彼女の手を握って引き留める。捕まれたミストは驚いたような様子は見せず、軽くため息をついた後、振り返りシンシアの方を見る。
「………何?私はあの茶番にあれ以上付き合う気はない。それにワイバーン退治のための準備をしなきゃならないんだ。悪いけどあの魔法バカ共のご機嫌どりなんてするひま……」
「そっちはどうでもいい!!アタシが聞きたいのは!!
………ミストちゃんは、本当に人を、殺したの?」
シンシアの瞳は不安と懇願を表すように小刻みに震えていた。信じたくない、嘘だと言ってほしい、そう願っているように見えたがミストは自嘲するように笑うと、シンシアの手を払うと共にわずかに彼女から距離をとる。
「………悪意と誇張は多分にあったけど、同じ部隊にいた将校の一人を殺した。それだけは事実だ」
「………!!そんな……!!」
「アンタやシエラは私をずいぶん過大評価してくれたけど、私の本質は結局あの謁見で見せた姿だよ。軽蔑したでしょ?別にいいよ、嫌われることはもう慣れてるから」
それじゃ、と突き放すようにつぶやいた後、ミストは再び振り返り階段を下り始める。それに対しシンシアはすぐに動くことはできなかった。
シンシアの常識として、人が人を殺すことなどあってはならない、そう両親から教わってきた。村長も勇者様はそれに正義も大儀もないから人は決して殺さなかった、と言っていた。だからこそシンシアは動けなかったのだ、人殺しという禁忌を犯した人間にどういう風に接したらいいか分からないから。
(冤罪って言ってたから、てっきり罪全部をでっち上げられたんだと思ってた。でもミストちゃんは、本当に、人を殺していた……んだ。アタシは、アタシはどうしたら……?!)
葛藤する中、シンシアはミストの後ろ姿を見る。階段を下り自分から遠ざかっているから当然であるが、彼女の背中はドンドン小さくなっていた。そんな彼女の小さくなっていく背中を見た時、シンシアは昨日のミストの言葉、おそらく彼女の本音と思われることがを思い出した。
『………いか、……ない、で………パパ、ママ……』
(………ああ、アタシ……ホント馬鹿だ。………昨日、どこにもいかないって誓ったはずなのに……!!)
「フゥーーーーー……、フンッッ!!」
バチィンッッ!!
「っ……?!なっ……?!」
シンシアは息をゆっくり吐いた後、自分の頬を両掌で思いっきり叩いた。その音に驚いたのか、ミストは目元を乱暴に拭った後、後ろを振り返えったその時、シンシアはジャンプによって階段を飛ばして既にミストの真ん前に立っており、彼女を抱きしめた。いきなりのことにミストは当然驚き、さらに彼女の豊満な胸部が自分の胸部に当たっていたこともあり気恥しさのせいか、顔を赤くしていた。
「シ、シンシアァ?!アンタ、一体何を……?!」
「ごめん!!ミストちゃん、アタシ……ミストちゃんのことを避けようとしてた!!本当に、ごめん!!」
「………!!」
予想もしていなかったシンシアの発言にミストは固まるが、そこで止まらずにシンシアは手は肩に置いたまま抱き着いていた体を離し、自分が階段の上に立ってることもあってか彼女と目線を合わせるように腰を屈ませる。
「………ミストちゃん。嫌かもしれない、話す義理なんてないかもしれない。でもお願い、事件のことを教えてほしい」
「……言ったはずだけど、殺したのは事実……」
「アタシが!!………アタシが、知っているミスト・クリアランスは見ず知らずの他人でも助ける優しい人。そんな人が私利私欲のために人を殺すとは思えない。あなたのことを何も知らないくせにひどいことばかり言う人達の言葉じゃない、
………ミストちゃんの言葉で、正直に教えてほしい」
シンシアの嘘偽りのない言葉を受けたミストの瞳にはわずかに水気が生まれ、光を反射しこぼれそうになるが、彼女は右手で目元を覆い、しゃがむと、深く息を吐いた。
「………分かった。あの日のことを話す。……ただここじゃ話したくない」
「!うん、わかった!じゃあ、どこか落ち着ける休憩スペースでもさがそ?」
「その必要はない。………そうだろ、ルイス?」
「ええ、まぁそうですね」
突然の声に驚いたシンシアが後ろを向くとそこには誰もいなかったはずであるが、空間に電流が生まれ始めると徐々に人の体を空間に描いて行き、ルイスの姿に変わっていった。
驚きと謁見の時に生じた疑惑のためシンシアは顔を固めていたが、ルイスはそれを無視しながら階段を悠々と降りてきて彼女達へと近づいてくる。
「いつから……見てたの?」
「シンシアさんがミストさんの手を引いた時から、ですかね?」
「……魔法で隠れて私達を監視するなんて、何を考えているの……?!」
「ずいぶんと昨日、今日の朝で態度が違いますね、まるで敵に見せる目です」
「そりゃ警戒ぐらいするよ………目の色が特徴的で気が付かなかったけどその顔立ちに、クラウラーっていう苗字、そしてそのおでこ。
あなた、リンディ・クラウラーの妹さんじゃないの……?」
シンシアの口からリンディの名前が出た途端、今までの無表情から一転、ルイスは苛立ちを一切隠さない不機嫌そうな表情へと変える。その代わりようにシンシアは僅かに怯むが、その後ろにいたミストは表情を変えないままルイスを見定めていた。
「チッ……ええ、そうですが。それが何か?」
「リンディはナタリーの妹分だった。だとすればあなたは……!」
「姉経由でナタリーの命令を聞きあなた達を監視してるとでも?妄想もここまで行くと失笑しかありませんね。私は姉とは違います。年齢と家督候補であること以外私の完全下位互換で、家督も持っていない公爵令嬢の取り巻きで満足してるあの愚姉の下にされるのは不愉快です。訂正を、今すぐ訂正を」
ルイスは早口のまま徹底的に自分の姉のことを愚弄した後、シンシアに近づき謝罪を要求してきた。シンシアはルイスの言葉に少し言い過ぎではないかと思っていたが、彼女の圧に負けて思わず「ごめん」と言ってしまう。
「………まぁ、こいつがもしナタリーのスパイだとするなら、時系列が色々おかしいから無いとは思ってけど。それより、
もらってきたんでしょ、あれを」
「………ええ、提督から預かりました。ご確認を」
顔を押さえ表情を元の無表情に戻したルイスはスカートのポケットの中に入れていた一本の古びた鍵をミストに向かって放り投げ、ミストはそれをキャッチした次の瞬間、
大型の魔方陣が生まれ、ミスト、シンシア、ルイスはこの世界から姿を消したのだった。