謁見 その3
声を上げたと思われるその長い白髪を後ろでまとめている男は、魔法連が整列しているところから出てくると、ミストに対し隠しようがない敵意の目線を向ける。ミストは男に対し面倒くさそうな目線を一瞬向け、分かりやすくため息を吐く。
「………どうしたのでしょうか、魔法連のお方。何か私に用でもあるのでしょうか?」
「その白々しい態度をやめろ、この戦犯め!!私は貴様のことを勇者などと認めてはいない!!」
「ブラウン爵。落ち着いてくれ。ここは公式な場だぞ?」
バルカンはミストに対し怒りを向ける男を制すると、ブラウンは深く深呼吸を行い「申し訳ありません」と王に向かって恭しく礼を行う。ブラウンは表面上の落ち着きは取り戻したものの怒りは収まっていないのか、ミストを憎々しく横目を向けながら話を続ける。
「………軍はこの問題をあやふやにしようとしているが、やはり私は我慢ならなりません!!この女、キリア・カラレスは勇者にふさわしくありません!!この女が何をもたらしたのか、皆さんお忘れか?!この魔女が一体何をしたのか?!
所属大隊の物品の窃盗に加え、将校含めた3名の殺害!!そのせいで私の弟は死に、聖女様を犠牲に結界を張らなければならなくなった!!
その女は、末代まで許してはならないのだ!!!」
「………ッッッ?!」
大声で話すブラウンの内容にシンシアは驚愕の表情を浮かべ、ルイス、ヴォルフら軍の者達は目を細め、大多数の者達はそうだそうだ、とブラウンの声に同調するように声を上げる。様々な感情が帯びた視線を向けられたミストであったが、その表情は一切揺らがず心底呆れたような視線を浮かべると敬礼姿勢を解きそのまま立ち上がった。
「………で?話は終わり?私はさっさとアトリエ、国に押収された魔導具工房の様子を見に行きたいんだけど?」
「なっっ……!!貴様ぁ………!!罪の意識すらないとは……人の皮を被った畜生め……!!」
「罪の意識ィ?あるわけないだろ?あのボンクラ将軍とその金魚のフン共のせいでどれだけあの部隊がクソそのものだった。そもそも私が逃げようが逃げなかろうが、援軍を呼ばなかった時点でどうせ部隊は壊滅して敗走してたよ。
何なら歌劇風に歌って踊りながら第4前線部隊のクソっぷりを紹介しようか?」
ミストはくるくると舞うように動きながら、ブラウンに近づき彼を挑発する。その様にブラウンの顔は真っ赤になり目は怒りによって充血しその震える瞳はミストのみを捕らえていた。それを知ってか知らずか、ミストは芝居がかった動きで小さく後ろに飛び続け彼から一定の距離をとりつつコートの裾端を掴み、わざとらしく礼をする。
ブラウンは一連の挑発についにキレたのか襲い掛かろうとするが、流石に謁見の間で暴力沙汰になるのはまずいと考えた他の魔法連会員たちに止められてしまう。
そんな様子をせせら笑い終わった後、ミストは真っすぐバルカンの方を見る。
「………まぁそんなことしたら、クソみたいなこと思い出して逆にムカつくから言わないけどさ。
………で、先王閣下。実際の所、私はどうなの?ここにはおられない現国王閣下は、私のことを不問にするって書状に書いてたけど」
「………あくまで私達、王族としては、魔術は否定していないし、お主の力や技能も十分に認めているつもりだ。勇者候補生として平等に接し、迎え入れるつもりだった。
だが、主の全てに対し棘を向けるその人格。それを見てしまった今では問題なく首肯することは難しい。
……だから、儂らがお主を信じられるよう、お主の正義を見せてくれぬか?」
バルカンはそう言い終えると共に指を鳴らすと統一国の地図が現れ、そこから地図の中央にある王都から南東方面にかなり離れた山岳地帯に赤い無数の三角、魔物のしるしが無数に付けられていた。その地図を見たヴォルフは気が付いたのか列から出てバルカンに進言する。
「陛下………?!これは私が次に行う案件では……?!」
「ああ、知っておる。だからこそ、彼女に任せてみたいのだ。彼女が本当に国のために動けるか、これではっきりするはずだ。
……ミスト・クリアランス。君に指示を出す。明日、冒険者ギルド、統一軍、魔法連と共に出発し、大量発生したワイバーンの討伐共同任務に参加せよ」
バルカンの言葉にミストは僅かに目を開く。ワイバーンとは中位龍に分類される魔物で前足部が巨大な翼に発達し極めて高い飛行能力を獲得、さらに種によっては多種多様な魔法やブレス、毒まで使うことも存在する危険な存在なのだ。もちろん2,3体の少数の群れが確認されることは少なくはないが、地図のマークの数を見る限り、体数は100は優に越えている。明らかに異常であった。
「何がどうなってる……なんでワイバーンがこんなに……」
「理由はまだ分からない。しかしそのワイバーン達により南西にある町村は確認しているだけで5つは壊滅状態、しかも進行ルートを考えれば、王都にまでワイバーンの群れが来る可能性は非常に高い。………お主にはそこで武勲を上げ、自分の価値、人格を覆す、功績を見せてくれ。」
バルカンの言葉にミストは俯き僅かに震えていた。最初それを『ワイバーンの群れに向かわなくてはならないことへの恐怖』と考え、ミストを排斥する者達は彼女を嘲笑っていたが、それは全くの勘違いであった。
ミストは俯いたまま問いかける。
「………一つ、聞きたいことがあるんだけど………殺したワイバーンの死体の、所有権は?」
「……?当然それは、討伐した者にあるが……?」
「フフフっ……!そっか……いいねぇ、いいじゃん?その命令謹んで受けさせてもらいますよ!!」
ミストは顔を上げ、うれしそうな笑みを浮かべながらバルカンの指示に二つ返事で承諾した。この件は1体でも危険なワイバーンが100体以上いるということもあり、どの組織も消極的で希望人数も少なかった。それにも関わずこのミストの返答である、当然謁見の間はざわつきが広がっていく。
すると、部下に羽交い絞めにされていたブラウンは部下を引き離し、ミストに近づいて怒鳴りつける。
「ふざけるな!!魔術師如きがワイバーンの群れを倒すだと?!虚勢も大概にしろ!!普通のワイバーンでさえ私と弟、従者三人で時間をかけ、作戦を考えて初めて倒せるものなのだ!!貴様一人で殺せるものか!!!」
「そりゃアンタらが弱かっただけでしょ?私と脳筋を一緒にしないでくれない?」
「………もう、堪忍ならん!!!」
ブラウンは怒り心頭のまま自分が身に着けていた白い手袋をミストに向かって投げつける。ミストはブラウンと彼が投げた白い手袋に冷めた目を向けていた。
「さぁその手袋を拾え!!そしてこの私との決闘を受け………!!」
「いや、普通にいやだから。それじゃ先王、準備がありますんでこれで」
「ちょ、ちょっとミストちゃん!!」
ミストは落ちた手袋には触れようともせず足早に出て行くと、シンシアは思わずといった様子で立ち上がりミストを追いかけに行った。この時、シンシアは気が付いていなかったが、ブラウンが投げた白手袋を踏んでしまっており、それには明確な靴の跡がついてしまっていた。
決闘用の手袋を拾われることもなく、挙句の果てに踏みつけられる。貴族としてのプライドをズタズタにする所業の数々にブラウンは歯ぎしりをしながら見つめ、怨嗟の声を上げるのであった。
「会長たちの前で良くもここまでのことを、絶対に許さんぞ………社会の廃棄物どもめ……!!!」




