優しいバカ
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「………なるほど、つまりミストさんが悪夢に苦しんでたからそばで添い寝をした。その後は私が入ってくるまでどちらも起きなかった。……ということですか。まぁ、シンシアさんが言うなら嘘ではないのでしょう。騒いでしまいすみませんでした」
「よかったぁ、誤解が解けて!……あれミストちゃんどうしたの?」
「……もう、ころして……」
「あれぇ?!」
あの後何とかミストの怒りを抑え込んだシンシアはともに朝シャンプーで身なりを整え、復元魔法によって新品同然となった自身の衣服を身に着けた後、食堂へと向いサファイヤと合流、逃げる彼女を捕まえてなぜシンシアがミストの部屋で寝ていたのかの説明し、なんとか誤解を解くことに成功したのであった。しかしその過程でミストが両親のことを呼びながら声をかけるということまでシンシアが話してしまい結果ミストは恥ずか死寸前ののためか机に顔をうつぶせた状態のままになってしまった。
「え、えっと……ああ!!ここのご飯ビュッフェ形式なんだって!!何か持て来るよ?!」
「………いい、食欲ない」
「そう言わずに、ねぇ甘いのにする、塩っ辛いのにする?!」
「………甘いの」
よし分かった、待っててねぇ!と罪悪感に押されたシンシアは食事をとりに向かった。そのタイミングでミストも顔を上げ、料理コーナーへと行ったシンシアを見ていた。
その様子を見ていたサファイヤは小さくフフ、と笑うが散々羞恥の目に遭ってきたミストはそれに過剰に反応しジト彼女に目を向ける。
「……何?また私のことを同性愛者の変態女とでも思って笑ってるわけ?」
「……変態かどうかはともかく同性愛者かはどうかの判定はまだ決め切れてませんが……いえ、ミストさんってこういう面もあるんだなって思いまして。
これでもミストさんとは私結構長い間、前線部隊として一緒にいたはずだったのに、何も知らなかったな、と」
「………当たり前でしょ。片や東の名門貴族令嬢で魔法学校の首席生徒。片やみんなから嫌われている魔術師。一緒の組織にいたって、接点なんてないでしょ」
「……私もそう思ってたんですけどね。シンシアさんを見てると、そうじゃないって思うんです」
視線の先ではシンシアはミストの分と思われる料理を皿の上にのせていた。……その時点ですでにかなりの大盛りであったが、それを話すと何やら脱線する可能性があったため二人ともそれには触れなかった。サファイヤは続ける。
「当時、実のところミストさんと交流する機会は、私やあなたを内心認めていた方々もいくらでもあったと思います。でもその度に二の足を踏んでしまっていた。同僚たちがあなたに言う陰口、尾ひれがついた悪評、無能とはいえ上官への暴言や命令無視の数々、そして魔法使いに向けたありあらゆる負が混ざった目。
……あなたがそんな悪い人間じゃないと分かっても、私達は怖かった」
サファイヤの告白にミストは姿勢を正し、耳を傾ける。実際あの当時ミストの精神状態は最悪と言ってもよかった。騎士団から交換将校、という名の左遷を受けたあの将軍のせいで自分達のような魔法が使えないもしくは弱い者達、学校に通えてなかったような者達は差別された。一山いくら単位で使い潰され、食事も将軍とその取り巻き達が独占、いつもひもじい思いをしていた。そのくせ任務失敗の責任は必要以上に負わされ、手柄は全て難癖をつけられて奪われる。
そんな状態であったのだ、きっと魔法使いに対する怒りはきっと今よりもずっと濃かったのであろう、とミストは自己判断する。
「………シンシアさんは話した感じ、自頭自体はよく、人の感情に機敏な子です。当然あなたの怒りを察知できていたはずです。でもあの子はそれだけで判断しなかった。あなたの怒りの奥にあった優しい心にちゃんと気が付いて接していた。
……もし私達があなたを恐れず彼女のようにぶつかってこれれば、あんなことには……って痛い?!」
ペシンっ!!
サファイヤがそう語る中、ミストは手を伸ばし彼女の額にデコピンを放つ。かなりの痛みなのかサファイヤは額を押さえ蹲る。その様子にミストは呆れるようにも微笑ましものを見ているような柔らかな笑みを浮かべていた。
「……アンタ、シンシアのことなんも分かってないよ。アイツは別に人の本質を見る聡い女なんかじゃない。
………気分のいいタイプの、優しいバカだよ。だから軍時代のことを気にしないでよ、償いとか借りだとか、そんなのもなし。……と言いたかったところだけど、一つお願いイイ?」
ミストはさっきまでの笑みを苦笑いに変えながら、右に顔を向けていた。サファイヤもそれにつられて同じ方向を向いた瞬間、瞳孔を開き顔を青ざめる。その先にいたのは、大量の生クリームがかかった山もりのワッフル、パンケーキとどう見ても2,3人前のフルーツの盛り合わせが乗ったトレイを運んで持ってきたミストの姿であった。
「お待たせミストちゃん!!持ってきたよしょっぱいのが欲しかったら言ってね、私のわけてあげるからさ!!」
「………あの甘味の山、削るの手伝ってくれない?できれば、6割ぐらい食ってほしい」
「あの私、もう腹6分目ぐらいで…………いえ、分かりました、手伝いますよぉ……」
こうして本来朝の活力を補充する素晴らしきブレックファーストは甘味無間地獄へと変わりミスト、サファイヤを苦しめるのであった。
だがこの日を境に、ミストとサファイヤの仲は良好になった、と後のシンシアは語っていた。




