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おやすみ


 魔法学園から脱出したミスト達三人は魔導車を失ったため途中まで走って離れていたが、安全圏まで逃げられたことを確認したサファイヤが再び移動系魔法アクア・コンボイを発動、現在彼女達は水の馬車に乗って軍の勇者宿舎まで移動していた。

 最初は追手が来ていないか、周りの様子を注意深く観察していたミストであったがさすがにこれまでの連戦で相当疲れたのか、心地いい馬車の揺れによってどんどん瞼が重くなり、今では隣のシンシアに体を預け、小さく寝息を立てて眠っていた。

 普段の冷静で凛々しい姿とは対照的に、寝ている彼女は非常に穏やかな顔つきをしていたためシンシア、サファイヤ共に小さく微笑んでいた。


「……ミストちゃんかわいい、普段の様子とは全然違いますね」

「……いえ、もしかしたらこの姿が本来の彼女なのかもしれません。この国がもっともっと魔法が使えない人にも魔術にも寛大な国であれば……ミストさんは16歳の女の子として、普通の生活できたかもしれません」

「………16歳……アタシより年下だったんですね。………すごいなぁ、ミストちゃん……」


 シンシアはミストが起きないよう愛おしそうに彼女の頭をなでていると、サファイヤはその光景に少し顔が緩むも、すぐ気に切り替え真剣な表情を作り、シンシアに話しかけ、そのまま深々と頭を下げる。


「……シンシアさん。まずは改めて、軍が保護していたにも拘らずこのようなことが起きてしまい、本当に申し訳ありません。」

「いえ、頭を上げてください……!サファイヤさん達が悪いわけではないんですから……!」

「………そういうわけにはいきません。……あなたは勇者である前にどこの国家組織にも所属していない一般人。そのような方をあんな目に遭わせてしまったなど組織人として一生指を指されても言い訳できない所業なのですから………。………今回の一件で国への不信感、嫌悪感は高くなったと思います。

 ………ですが……どうか、覚醒したあなたの力を国のために、世界のために使っていただけないでしょうか?先ほどのような蛮行、今後たとえ王であってもさせないと統一軍の名誉に誓います。」


 どうか、お願いしますとサファイヤは頭を下げたまま懇願する。シンシアが覚醒しおそらく戦闘能力一点に限ればこの馬車内にいる誰よりも強いことはサファイヤも分かっている。だがそれでも彼女がさっきも言った通り、勇者候補とはいえシンシアはあくまでまだ一般平民、あのような体験をしてしまえば、もうこの国のためなどに闘いたくはないと、そう考えてもおかしくはない。

 だがそれに対して、シンシアの答えはシンプルだった。


「はい、もちろんです。元々勇者候補をやめるつもりはありませんし」

「………!いいん、ですか………?!国の最高貴族の者に、あんな悲惨な目に遭わされたのに………ですか?」

「もうその話はいいんです、約1年分の鬱憤は拳に込めましたから!………まぁ込め切れてなくても勇者候補をあきらめる気はありません。アタシは弱いです。今日だってたまたま覚醒したからみんな生きて帰れましたけど、そんなこと早々ないはずです。だから、

 ……アタシ、あの人……勇者様ぐらい強くなりたいんです。強くなって………みんなの未来を守りたいです。今日、私を守ってくれた命をかけて守ってくれたミストちゃんみたいに」

「………ありがとう、ございます……!!」


 シンシアのまっすぐな発言を受け思わず目頭が熱くなったサファイヤは流れそうになる涙を隠すためか、深々と礼をつづけた。とそうしている内に馬車は軍施設に到着したようであり、サファイヤはそのタイミングで涙を拭く。


「……どうやら着いたみたいですね。外に出る時は足元に気を付けてくださいね」

「はい、ありがとうございます。ほらミストちゃん起きよ?」

「んー………。すぅーーー……」

「うーん、起きないな。しょうがない、よっと」


 ミストは揺らしても起きなかったため、シンシアは彼女をお姫様抱っこしそのまま水馬車の中から出る。そこは君の勇者用宿舎であり、見たところイレクトアの襲撃によって破壊された部分はもう修復されており、警備と思われる軍人もかなり増えていた。

 するとこちらに気が付いたのか灰色の軍服を着こみ茶髪のボブカットをした右目が青、左目が赤のオッドアイの少女がこちらに近づき、後ろの他軍人たちと共に敬礼を行う。


「秘書官。帰投直後で申し訳ありませんが、大佐が及びです。至急宿舎支部指令室に出頭、今回の件に対する報告を願いたいとのことでした」

「分かりました。着替えたらすぐに向かいます。……すみませんがシンシアさん、私はここで失礼します。明日国王の謁見の際にまた迎えに行きますね。……ルイス訓練生、彼女達を部屋にご案内を」


 オッドアイの少女、ルイスが「了解しました」と返すとサファイヤは小走りで併設してある軍支部へと向かい、それを確認した後ルイスはシンシア達へと振り返る。その特徴的な瞳はシンシア達を凝視しており、その視線にシンシアは本能的な危険信号を発してしまっていた。


「あのー、ルイス、さん?そろそろ案内してもらってもいいかな?ほら、私もミストちゃんも今ちょっと薄着で、このままじゃ風邪ひいちゃうなー、なんて……」

「……失礼しました。どうぞこちらへ」


 ルイスは下着とニーハイソックスにボロボロの黒コートの羽織ってるだけのシンシアと服が所々破け肌が露出してるミストの姿を見比べた後、仏頂面のまま先導を始め、シンシアはその後をついて行くのであった。

 そして、歩き始めてから約5分。誘拐される前の部屋よりも奥にある部屋に彼女達は到着した。


「お待たせしました。こちらがシンシア様、その隣がミスト様のお部屋になります。何か必要なものがあれば部屋の中にあるベルを鳴らしてください、物品担当の者が来ますので」


 淡々と説明した後シンシアに二人分の鍵を渡し、「それでは」と軽く答えてルイスは去っていった。そのあまりな塩対応にシンシアは苦笑を浮かべるがシンシア自身も今日はあまりにも多くのことがあり過ぎたため疲れていた。早くミストを寝かせて休もうと、彼女の部屋のドアを開け中に入る。中は以前の部屋よりも豪華であり冷蔵の魔道具や洒落た照明器具も入っていた。


「すっごい、一等室みたい。……ってそれよりもっと……」


 シンシアはボロボロになったミストのブーツを脱がせ裸足にすると、そのままゆっくり二人は寝られる大きなベッドへと寝かせる。その間もミストは小さく寝息を立てて眠っているだけであり、シンシアはその寝顔を見て顔をほころばせつつ、そのまま自分の部屋に帰ろうとしていた。が、その時だった。

 突如ミストの手が伸び、シンシアが着ていたコートの裾を掴んだのである。当然驚いたシンシアであったが声を出さないよう咄嗟に口を手でふさぎつつ、後ろを振り向く。その先にいたミストは起きてはいなかったものの、先ほどまでの穏やかな表情とは一転し苦しそうな、悲しそうな表情をしていた。心配になったシンシアは声をかけそうになったが、その時ミストは寝言をつぶやいた。


「………いか、……ない、で………パパ、ママ……」

「っ………!!」


 ミストの縋るような寝言を聞いたシンシアは少し考えた後、コートをその場で脱いだ後、そのままの足でミストが寝るベッドにシンシアも寝転がりミストを抱えるように右手をまわす添い寝をする。


「……大丈夫、大丈夫だよ、ミストちゃん。アタシはミストちゃんに助けられた、あなたはアタシの恩人。だから、

 アタシは、どこにもいかないよ。……お休み」


 そう言うとシンシアは枕元近くにあったスイッチを操作し、照明を消すと彼女も瞼を閉じ、夢の世界へと落ちていくのであった。この時彼女は気がついてはいなかったが、

 ミストの表情から悲しみはなくなり、閉じた目から一筋の涙を流しながら小さく笑みを浮かべていた。


第2章 欠陥魔法使い 完


次回


第3章 嵐裂く飛竜 へ続く

ストックが付きましたので少し更新が滞るかもしれませんが、頑張って書いていきたいので、感想や評価、よろしくお願いします。

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