覚醒めた力 その2
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アクア・コンボイによってサファイヤ達が戦況から脱出、こちらに向かっているという騎士団第1師団の屯所がある方向へと馬車を走らせる中、シンシアは馬車の空き窓から校舎を見つつドアを開けようと何度も叩き、サファイヤはそれを羽交い絞めにして止めようとしている。
「サファイヤさん!!開けて!!このままじゃ、ミストちゃんがッッ!!」
「………!!私だってこんな結果は望んでなかった!!でも、もうこうするしかないんです!!そうしなければ、
彼女の犠牲は、全て無意味になってしまう!!」
「でも、でも……?!」
サファイヤに羽交い絞めにされていたミストであったがその時、かなり距離は離れたものの、まだ後ろに見える校舎の屋上から魔力の高まりと激しく鋭い殺意をシンシアだけは感じ取っていた。
(ミストちゃんではないし、ナタリーでもない……ということは、イレクトア?!ダメだ、この殺気は……!!)
「………や、やめて………!!やめてよ………!!」
おそらくこのままではミストは死ぬシンシアは、思わずそんな言葉をつぶやいていた。ナタリー達が一方的に語るミストにはいつも悪意がこびり付いていた。ミストは確かに性格が誰に対しても優しい人間というわけではない。基本冷淡に接し、ぶっきらぼうで、常に目に見えない何かに怒っていた。
でもきっとそれだけではない。自分のように会ってまだ1日もたっていない赤の他人である自分を助けるため、体をぼろぼろにしながら前に立って戦ってくれた。
特級戦犯、魔法が使えない屑、社会のガン・害虫。そんな言葉を吐き捨ててはいけない、不器用だけど、優しい、勇者にふさわしい人のはずなのに。
そう考えると共に、シンシアの心には悲しみを超える、ある一つの感情が篝火の如く燃え上がっていく。
それはお人好しなシンシアがこれまでほとんど抱かなかった感情。……怒りだった。
「………やめろ……やめろ………!!」
「……こ、これは……?!」
初めて抱く、その強烈な怒りに身を焦がしていたシンシアは気が付かなかった。自分の体から赤金色の魔力が漏れ始めていたことを、その魔力によりアクア・コンボイの馬車部に亀裂が入っていたことを。
しかし知っていても、彼女がすることはきっと変わらなかったであろう。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!!!!!」
シンシアが、そう怒号を放った次の瞬間、彼女の体から極めて強大な魔力の衝撃波が校舎に向かって放たれアクア・コンボイもその余波に巻き込まれて崩壊してしまう。サファイヤは何故か衝撃波によってはダメージを受けなかったものの、馬車が崩壊するのに巻き込まれて外へと放り出されてしまう。アクア・コンボイはまだトップスピードではなかったが、このまま落ちればダメージを負ってしまう。そのためサファイヤはすぐに水魔法でクッションを作ろうとするが、一歩遅く建物の瓦礫に体を殴打してしまった。
だがその時、奇妙なことが起こった。
(……え、何、どういうこと………全く、痛くない………!!)
起き上がったサファイヤには見える傷や痛みはなく、それどころかナタリーによって受けたダメージも完全に治癒していた。またよく見れば自分の体には先ほどシンシアが出していた赤金色の魔力が纏わりついていた。
「……この力、やはり………!!……ってそうだ、シンシアさん?!どこですか?!」
シンシアはボロボロとなった周りを見渡しつつシンシアを探していたが、姿は見つからず代わりに地面にめり込まれたはだしの足跡を見つける、
その爪先は、迷わず校舎へと向けられていた。
*
「シンシア……お前、それは………?!」
「……分かんない、無我夢中に体を動かしたらこんなことができちゃって………でも本当に良かった、ミストちゃん……生きてる……!!」
シンシアが失血により倒れているミストに涙ぐみながら抱きかかえる中、ミストは改めて今の状況を確認していた。あの赤金色の魔力衝撃波、あれを繰り出したのがシンシアということは、もはや否定することができなかった。あの衝撃波を受けた瞬間ナタリーはともかくあのイレクトアさえ吹き飛ばしてしまった。それだけならともかくそこまでの高威力の高威力魔法を自分も受けたにもかかわらず、自分には一切ダメージはなく、というか死に体だったはずの体は完全回復されていた。
(これは……まさかサファイヤが突入前に話していたあの情報と仮説が正しいっていうのか……?!)
とミストが声を出さずに思考をしている中、校舎の壁や瓦礫の一部が爆ぜていく。そこからは自分自身に回復魔法をかけながら歩いてくるナタリーと増殖スキルで細胞を増殖して傷をふさぎつつナタリーの後ろを歩くイレクトアの姿があった。
「……どういうトリックをしたかはわからないですが、この公爵令嬢、ナタリー・トルキシオンにこのような蛮行を立て続けに………絶対に許さないわよッッッただじゃ殺さない、生まれてきたことさえ後悔させてやるッッッ!!」
「…………」
自分に度重なるダメージを負わせたシンシア達に身勝手な怒りをぶつけるナタリーに対し、イレクトアは真剣な表情で一切の油断も遊びもなく、シンシアを見つめていた。対してシンシアも先ほどまでミストに見せていたいつもの優しい表情から一転、激しく燃えるような怒りをその瞳に宿して、ナタリー達を睨み返す。
「……ミストちゃん、待ってて。すぐに、終わらせるから」
「おい……!!待てって……!!お前のその力、まだ検証だって出来てないんだぞ……?!ここは予定通り逃げて……」
「……うん、そうだね。………でも何となく感じるの。
今ならあいつらを、ぶっ飛ばせるって…………!!」
そう言うとシンシアはミストを丁寧に地面に寝かせ、ナタリー達に向かって歩を進める。その姿は先ほどまでのシンシアの姿とは全く違って見えた。
そしてそれは、イレクトアも感じ取っていたのか冷や汗を流しつつ後ろからナタリーに進言する。
「……ナタリー……様。ここはいったん撤退しない?なーんか、いやな予感がする……」
「はぁ……?!あんなごみ下民に、背を向けろと……?!」
「………ええ、背を向けて全力で逃げろって言ってる。襲うにしても、シンシアのスペックをきちんと把握してから襲うべき……!!」
イレクトアも一応は国を、貴族を守る騎士。そのためほぼ敗北にまで追い詰められた原因とは言え、ナタリーにこの場に置いての最善策を提示するが、それがよほど気に入らなかったのかナタリーは念動魔法を発動しものすごいパワーで、彼女を地面に叩きつける。
内心はどうであれ、自分のことを思って忠言した人物への所業には思えないその蛮行にシンシアはさらに表情を険しくするが、ナタリーはそれに気が付かず、地面にうつぶせになり、顔を伏せながら震えるイレクトアに向かって吐き捨てる
「………力だけは頼りにしていたのに、そんな情けないことを言うとは……。失望しましたよ。所詮は貴族の血を穢した売春婦の娘か……。役立たずはそこで黙って勇者紋を渡す時の言葉、謝罪の言葉を考えながら見ていなさい。
この国の全て、魔法貴族に逆らったものの末路をね……!!」
「……本当に良かった、正真正銘アンタがろくでもない人間で。
おかげで一切の呵責なくぶっ飛ばせる……!!」