その言葉で報われた
「ッッ?!!」
「なっ、がぁっっ?!」
「グゥっ……あ、あの女ぁ……!!」
その声が響いた瞬間、分身を含めたミスト達とイレクトアがまとめて地面や屋根に叩きつけられてしまう。その衝撃により霧は晴れ、分身はすべて消失、本物のミスト達は校庭の地面にうずくまってしまっていた。一方イレクトアも屋上の屋根から動くことができないのか跪いた状態のままであったが、この現象の犯人を分かっているのか自分にだけ聞こえる底冷えするような声を発する。
4名が動けない中、後の現象を起こした張本人、ナタリーは大粒の涙を流しながらも憤怒に満ちた表情で立ち上がった。
「よくも、よくもぉ!!公爵令嬢に、この国の至宝に!!このような仕打ちをしくれたわね!!万死で済むと思うな逆賊共ぉ!!」
(………生物指定の無差別広範囲念動魔法!!あの女……あの一瞬で腹に念動魔法かなんかで膜を作り、ガードしてたのか!!クソっ気絶してなかった時点で気が付くべきだった!!私の、ミスだ……!!)
「鬼筋鎧・零式……最大ぃッッ……出力ッッ……!!」
ミストはシンシアとサファイヤを地面に降ろすと口頭で鬼筋鎧・零式に命令、すると体に巻き付いていた帯がより強く巻き付きミストの体を締めあげつつ彼女の体を無理やり念動魔法の圧力に勝たせ立ち上がらせる。しかし表情や体の動きを見る限り、それはどう見ても悪あがきなのは明白、ナタリーも警戒はしていなかった。
「……魔法も使えない雑魚共め……!!もうお前達の勇者紋などいらない……ここで全員殺処分してやる……!!
………イレクトア、この件が終わったら話があります。駄犬はそこで座って待っていなさい……!!」
ナタリーはそう言うと自分の顔の涙や鼻水を拭き、念動魔法で体を浮かしながら地面へとゆっくり降りていく。その様子にイレクトアは歯を食いしばらせながら黙ることしかできなかった。
(……キリアとシンシアをここで殺すってことは、私の勇者紋を寄こせってことか……!!……あの女を殺して王都から逃げるのは簡単だ、でも貴族殺しなんて戦争犯罪なんて比較にならない大罪……!!くそったれっっっ………!!)
*
「……うう………ここは……?!」
数々の拷問を長時間受け続け、疲労困憊で気絶していたシンシアであったが、上からわずかにかかる自分を押さえつけるかのような圧力、そして鳴り続けている戦闘音に気が付いたのか、ゆっくりと意識を取り戻し瞼を開ける。そこに映っていたのは、
膝と右手をつきながらも左手で水で出来た半円球の防壁を展開しているサファイヤ、そして、
「ミ、ミッッミストちゃんッッ?!!」
ボロボロとなり、血だらけになりながらも自分達の前に立ち、ナタリーに向かって戦闘位体勢を保持し続けているミストの姿であった。ミストの体にはボロボロの手甲、や足甲がつけられ所々千切れた帯が巻き付いていた。見たところ左腕はもう動かないのかダランの伸ばされ、両足も震え、今の体勢を保持するのが精いっぱいという状況であった。
「……シンシアさん、起きましたか、……すみません、このような状況になってしまって……」
「サファイヤさんっっ……!!これはどういう………?!」
「あら、起きたのね。シンシアさん?」
体の周りに桃色の念動弾を待機させていたナタリーの声を聴き、シンシアは小さく悲鳴を上げつつ震えだす。ナタリーの攻撃が始まってからまだ2分足らず、だがしかしこの間にも一方的な攻撃によってミストをズタボロにしたことにより、だいぶ精神的にも落ち着いたのか、痛んだ腹部をさすりながらも嘲るような笑みを浮かべていた。
「ハァハァ……!!」
「フフフ、まさにボロ雑巾という代名詞がぴったりな姿ですね、キリア・カラレス。どうしますか、全裸になって必死に命乞いをしてくれたら、命ぐらいは助けてあげてもいいですよ?」
「……はっ!!そんなもん死んだ方がマ……!!」
ミストが言い終えるより前にナタリーは念動弾を複数発射、ミストはぎりぎり動く右腕で頭部や胴体といった攻撃されたら死に直結する部位に放たれた弾は何とか弾くが太ももや肩などには直撃し貫通、血を噴き出させるのであった。
医療には明るくないシンシアでも今のミストの状態を見ればわかる、これ以上血が出れば、もう助からない。シンシアは痛みこそ残っているものの怪我等は既に完治している体を起こし、ナタリーに懇願する。
「………!!ナタリー、ナタリー様!!アタシの勇者紋は差し上げます!!王都からも今すぐ出て行きます!!もう二度とあなたの前にも現れません!!だから、だからお願いします……!!だからもう、やめて……!!これ以上は、ミストちゃんが、死、死ん……!!」
「やめろシンシアッッ!!」
シンシアが土下座をしようとしたその時、後ろを一度も見ていないにもかかわらず怒鳴り声をあげ、それを制止する。その声にはナタリーは気圧され悲鳴を上げつつ二歩ほど下がり、広域念動魔法に耐えているサファイヤ、イレクトアも思わず彼女を注視した。
一方ミストは体の激痛、疲労、念動魔法の三重苦に耐えながらも一切目を殺さず、ナタリーを睨みつけながらシンシアへと話しかける。
「……いい、シンシア。自分が納得できないことを話す奴、自分のことを何も知らないくせに、自分のことを嗤う奴、そんな奴らには、どんな偉い存在だろうが、絶対に頭を下げるな……!!
それは、アンタとアンタを信じた全ての否定になる……!!」
「で、でも……!!」
「………それに、もう聞いてるんでしょ?……私の本名は、キリア・カラレス。国を窮地に陥れたらしい特級戦犯だ。もし、どちらかしか……生きれないのなら、脛に傷もない、純粋な夢を持ってる、アンタが生き残るべきだよ」
ミストは後ろを向きつつ自嘲の笑い声を出しつつ、「だから今は自分が良く残ることを最優先に考えろ」と続けて言おうとする。しかしその前に、シンシアはボロボロと涙を流しながら先ほどまでとは違う激情を露わにしつつ、叫ぶ。
「……関係ない………関係ないよッッッ!!!ミストちゃんがキリア・カラレスとか特級戦犯とか!!!そんなの全然関係ない!!!ミストちゃんは何のメリットもないのに助けてくれた!!態度や言葉は冷たくて乱暴だけど!!アタシを助けてくれたあの人と同じくらい優しかった!!!
だから!!死んじゃいやだよ!!!ミストちゃんッッッ!!!」
(………きっとここを乗り越えても、今後私の体は碌に動かないだろうね。でも……かつての自分そっくりなアンタに、そんなこと言ってもらえるなら、まぁ……後悔はないな。……さぁ、
最期の仕事を始めるか)




