愚か者 ナタリー・トルキシオン
「ッッ!!」
「ッッッ?!!」
その声にミストとイレクトアは反応し思わずその方を見る。特にイレクトアは信じられない物を見るような目でその人物を見ていた。彼女達に二人の視線の先、校舎の屋上にて立っている赤いボンテージ服を着ている公爵令嬢、ナタリーの姿であった。またその両隣には十字架が浮いておりそこにはミストの救助対象である半裸姿のシンシアと先に潜入していたサファイヤがボロボロの姿のまま磔にされていた。
(………なんであいつボンテージなんか……いや、それよりも……!!)
「な、なな、ナタリー様?!なぜっ逃げてっなっ………?!」
ミストがナタリーのあまりに場違いな格好に思わず素になる中、イレクトアは動揺しながらなぜここにいるのか問いかける。本当ならばもう彼女は逃げているはず、なのにここにいて尚且つサファイヤを生け捕りに捕まえているというこの状況、彼女には全く意味が不明であった。
そんな彼女の質問にナタリーが思わず顔をしかめたが、すぐにすまし顔に戻り堂々と宣言する。
「……っ、ふん!!逃げる必要なんてどこにもないわ!!こうして軍の犬は捕まえることができた!!後はあなたがてこずっているそこの犯罪者を捕らえるだけ!!それで全部解決するのよ!!」
(そんな簡単な問題じゃねぇんだよ、このクソ女ッッ!!!)
イレクトアは思わず心の中で毒づくが、そう言っても許される現状であった。確かに自分達の陣営は事実上公爵家の一つの権力をフル活用できる。大抵のことならもみ消せる、その気になれば親族を人質に取るという行為だってやろうと思えばできる。だが今の状況はまずいのだ。
現在この魔法学園に向かっているのは騎士長直属の第1師団。ここ王都では珍しい貴族による汚染を受けていない公正明大な師団である。そんな連中にこの状態が見つかればどうなるのか。そんなもの子供でも分かることであった。
(いくら王族や貴族を守る騎士団とはいえ、この訳の分からない状況を見つかれば必ず詳しい捜査が入る!!そうなったら終わりなことぐらい分からないのか?!それに……!!)
「さぁ、国を危機に陥れた犯罪者!!こいつらの命が惜しければその汚らわしい魔導具を解除して平伏しなさい!!私の庭に入ってきてまでシンシアを助けに来たんです、こいつが大切なんでしょう?」
そんなイレクトアの心配とは裏腹にナタリーは念動力で作った刃をシンシアとサファイヤの首元に突きつけミストを脅す。それに対しミストは諦めた容易にも、心底呆れたようにも見えるため息を鉄のマスクの下に吐く。
「………分かった、今から魔導具を解除する。そいつらには何もしないで。鬼筋鎧・零式、解除。」
そう言うと、ミストは夜空を仰ぐように頭部を上に向け、息をゆっくり吸った後そう呟くと同時に鬼筋鎧は発生元であるインナーの背部へと戻っていく。それと同時にミストの体は支えを失い、重力に従って仰向けに倒れていく。その光景を見ていたナタリーは邪悪な笑みを浮かべ勝利を確信するが、イレクトアは知っている。
キリアという女は、あの程度の小物に屈することは絶対にない。何か仕掛けてくるはずだと。
そしてそれは現実のものとなった。ミストは後ろに倒れる瞬間口から何かを吹き出し、空中へと放つ。思わずナタリーがその方へと視線を移した次の瞬間、
キィィィィィィンッッッーーーー!!!
鋭い音と共にまばゆい光がこの空間にまき散らされる。
「っっっ、きゃぁっ?!!い、一体何、が……?!」
さっきの行動により眼と耳を押さえてしまったナタリーであったがすぐに回復させ、ミストの方へと目を向けるがその時すでに彼女はさっきまでいた場所にはいなかった。思わず地面の方を探すがその時、下にいたイレクトアから声が上がる。
「ナタリーィ!!!右だぁ!!!」
「はぁ、右…?!!…は?!」
イレクトアの言葉通りナタリーは自分の右側を向くとその視線の先には、存在してはならない少女、ミストが立っていた。その体にはさっき解除したはずである鬼筋鎧が再び装着され、彼女の右腕は撃つ直前の弓の如く引き絞られていた。
「ヒッ、くくく、来るn……!!」
「いいや、来るねぇ!!心置きなく!!」
強烈ないやな予感を察したナタリーは悲鳴を上げつつ念動魔法で浮かしていたシンシアたちを磔にしている十字架を盾にするが、イレクトアの刃群すら抜けることができる今のミストには全く効果がなく、稲妻のような速度で防御をかいくぐり一瞬にして肉薄、そして。
「まぁ、心配すんなよ。こっちだって鬼じゃない。
貫通は、勘弁してやるッッッ!!!」
ブッッッン!!!ドチャッッッ!!!!
「ぼべぇひぃやッッーー?!!!」
ウーツ鋼の手甲に包まれた拳はナタリーの薄手のボンテージの上から彼女の腹部に突き刺さり、彼女は無様な悲鳴ともうめき声とも思える声を上げ腹部を押さえたまま倒れてしまう。それと同時に念動魔法が切れ二人を浮かしていた十字架落ちそうになるが、ミストは刹那の動きで二人を拘束していた器具を破壊し彼女達を解放した。
「おい、シンシア、サファイヤ!!起きろ!!」
「私は……大丈夫です……!!すみません……待ち伏せされまして、ナタリー以外は撃破できたんですが……」
「それはもういい、とにかくここから逃げるぞっ……!!もう戦う理由もな……?!」
「はぁ?逃げる?逃げられる訳ねぇだろッッ?!」
ミストがシンシアと違って朦朧ながらも意識を取り戻したサファイヤと今後の予定を話すなら上から強烈な殺意を受けたため上を見るとそこには先ほどまでと違い、一切怒りを隠していないイレクトアが剣に巨大な魔力刃を備えさせて大きく振り下ろした。その強烈な攻撃は戦争時のシュエルターの役割を持ち対魔法壁を展開しているはずの校舎をあっさりと破壊したが、ミストは二人を抱えた状態で未だ蹲るナタリーを飛び越えて回避する。
「どうしたわけ、正義の騎士さま?!随分ご立腹だな!!だが生憎こっちはそれに構ってやる義理はない!!サファイヤ!!」
「分かって……います!!ビジョン・チャフッ!!」
イレクトアが再び剣を振るおうとしたその瞬間、ミストに抱えられていたサファイヤは魔法を発動させ、この辺り一帯に濃霧を出現、さらに蜃気楼による分身を多数生み出すとそれらは、本物と一斉に逃げ出す。
「ッッッ……?!!貴、様ぁ……!!!」
「お前は気質とは違ってこの手の搦手には弱いもんなぁ!!一体一体調べてろ!!」
ミスト達の発言に切れたイレクトアは自分の剣の刀身を握りつぶし、塵に変えそれらを投げつけようとする。だがこれら刃群をたとえ展開できたとしても、おそらく潰れるのは分身全体の4分の3が限度。残りの4分の1には確実に逃げられる。そうなればもう終わりだ。
(それが、どうしたわけ?!!たとえあのキリア相手だとしても抱えたままじゃまともな回避はできないはず!!つまり75%を勝ち取れば私の勝ちなんだ、だったらつかみ取るまで!!)
(……イレクトア相手に油断も慢心もない、できるわけがない……!!全身全霊で祈って25%を取る!!)
((そして!!!私が勝つッッッ!!!!))
そうやってミストが力強く踏み出し、イレクトアが塵をまき散らそうとした。その時であった。
底冷えするような怨瑳の声が響いた。
「見えざる手よ・礼節を知らぬ愚者たちを・屈服させよッッッッッ!!!!!」