鬼筋鎧・零式 その1
*
(そうして私は変わった。今思えば私が思うよりずっと前に、キリア・カラレスという奴はあの日にはもう死んでたんだろうな………。)
かつて自分が捨てたはずの記憶を思い出しつつ、ミストは時間が止まったように減衰している空間で自嘲するような笑みを作る。それと同時になぜ自分が無意識のうちに危険を冒してまでシンシアを助けようとしたのか、やっと気が付いた。
(シンシアは、かつてのキリア・カラレスそのものだ。世界の理不尽には怒りを持ってるけど恐怖やモラルに縛られ抵抗できず、そのくせ逃げることもしない………こんな風になる前の私そっくりだ。だから見捨てられなかった。手助けをしてやりたかった。
……あいつを救って、自分自身を救えたって、思いたかった………から、か。全く、)
「バカみたいだね、私」
呟いた瞬間、時間は元の通りに動き始め、目の前にいたイレクトアの斬撃がミストの体を吹き飛ばし、校舎を囲む外壁の壁にぶつかり埋もれさせるのであった。さっきまでのミストのダメージを考えればおそらく彼女はむごい死体になってるであろうが、イレクトアは剣をじっと見つつミストが吹っ飛んだ方へと、視線を動かす。その顔は真剣そのものであり体に再び強化魔法をかけると真っすぐミストの方へと走る。
(今の剣の手ごたえ、死んじゃいない!!何かしなやかで強靭な何かに阻まれて切ることができなかった……!!というかそもそもあの高さから落ちて肉片まき散らさない方がおかしい!!おそらくキリアの奴、隠し玉を持ってたか………!!やっぱこいつは)
「首ちょん切ってぇ!!確実にとどめ差すまでは安心できないねぇ!!」
イレクトアは直剣に強化魔法を限界ぎりぎりまで負け巨大な緑色の魔力剣を生み出すとそれ思いっきりミストが吹き飛ばされた場所に向かって叩き付ける。その際衝撃のせいで斬撃の延長線上にあった建物やその周りは衝撃波によって粉々に破壊されてしまっていた。
このレベルの破壊を食らえばもはや肉塊も残らない、そのはずであった。
「どうした。遅いぞ?」
「ッッッ!!!」
後ろから突如聞こえた聞き覚えのある声に心臓が止まるような驚愕を受けたイレクトアはほとんど反射的に振り返るがその瞬間、後ろにいる人物の鋭い蹴りをまともに腹部に受け、蹴り飛ばされてしまう。それでもイレクトアは地面に剣を突き立てて何とか壁にぶつかることは回避たが、腹部のあまりのダメージからか口から胃液を嘔吐し息を切らせながら目の前の相手を睨みつける。
イレクトアが睨みつける視線の先にはミストが立っていた。しかしその姿はかなり異形の物となっていた。まず体のいたるところに赤黒い帯のようなものが巻かれていた。その帯はよく見れば脈動しているかのように蠢いており、どこか悍ましさも感じた。さらに手足には銀色の手甲足甲が、胴体部の全面と口元には装甲が生み出されていた。
そんな異形の鎧を身に着け、首元に赤黒帯のスカーフを巻き付けた、彼女は憑き物が取れたような勝気な笑みを浮かべながら地面に膝を付けているイレクトアを見下ろし、それがさらに彼女を苛立たせる。
「………どうやって私の攻撃を耐えた、どうしてあの高さから落ちてダメージがない、なんでその速さで動けるその鎧はなんだ、キリア・カラレスッッッッ?!!!」
「私が一々質問に答えてやるような優しい人間に見えるわけ?いう訳ねぇだろお色気バカ。ちゃんと目で見て聞いて体感して、自分で考察しな。………最もお前みたいな脳筋には、何一つわかりはしないさ。
私が久しぶりに作れた『失敗傑作』、『鬼筋鎧・零式』ことなんざなぁ!!」
「ほざくなぁぁぁッッッ!!!」
イレクトアは強化魔法によって強化された肉体で一気にミストに近づき、彼女の首に向かって剣を突き立てる。しかしミストはそれをあっさり回避すると体を低く屈ませ、直進。そのままイレクトアの腹部に拳を突き立てようとするが、イレクトアはそれを体をよじって回避、そのままカウンターの要領で左手を前に出しミストに触わり、彼女の体を過剰強化によって破壊しようとする。
しかしミストは急ブレーキをかけてイレクトアの左手を回避すると右足を軸に体を回転、イレクトアに対して体を正面にするとこぶしを握り締め彼女の顔面に向かって鋭い右ストレートを放った。
流石にこれは回避できないと悟ったイレクトアは自分の額面に強化魔法をかけ迎撃するように放たれた拳に向かってヘッドバットをかまし相殺、両者後ろに下がるが、イレクトアの額が割れ、血が噴き出したのに対しミストの手甲にはひび一つ入っていなかった。
「無駄だ。お前の強化魔法はお前の膂力と敏捷性を上げ、その副産物として皮膚に靭性を付与させるが。それだけじゃこの特殊魔導金属、ウーツ鋼で出来たこの鎧は砕けない……!!」
「………いいや、別にそれは興味ないよ。この期に及んで普通の鋼で出来た鎧だなんて君は出さないだろうしね。………問題は、その体に巻き付いた帯だよ。一体それはなにかな?今の君の超人的動きに何か関係、しているのかな?」
「………学習しないなぁ、だから!!言うわけないだろうがよぉ!!!」
ミストは体を低くするとそのまま一気にイレクトアに向かって攻め込む。一方イレクトアは大きく後ろ側にバックジャンプを行うと同時に自分の剣を真ん中からへし折り過剰強化魔法によって塵に返すとその塵を掴み前方に向かって投げ払った。
彼女が投げ払った塵は、暖かな光包まれていた。
「言ってくれないなら結構、君を殺してから勝手に調べるよ!!
ブルームソード!!!」
イレクトアが開いていた掌をグッと握りしめると、塵一粒一粒が長大な刀身の形に変化しイレクトアの前方の空間全体に展開され、校庭を刃が埋め尽くしていく。
強化魔法とスキル増殖の合わせ技とも呼べる大規模広範囲攻撃、並の軍勢ではひとたまりもないはずであるが、ミストの体に巻き付く帯が一瞬蠢くと彼女は姿勢を一気に低くし、刃を全て紙一重で避け、よけきれない攻撃は鎧部分でガード、受け流しをしながら高速機動でイレクトアの下へと走ってくる。展開された無数の刃を足場に使いながら針の孔程度の隙間をかいくぐったミストは右手に持ちなおした短剣の魔力刃を再発動、イレクトアに向かて突き立てるが、彼女はひざを折って魔力刃を躱すとそのまま自身の右手でミストの突き出された右腕を掴む。イレクトアはそのまま握り潰そうと力を入れるが殺気を感じた彼女は、右腕を大きく振るいミストを投げ飛ばした。
そのミストの姿を見れば持ち直した様子がなかったにも関わらず先ほどまで順手持ちだったにもかかわらずいつの間にか逆手持ちになっていた。もしあのままミストの右腕を握り潰そうとすれば、それと同時に自分の首も掻き切られていたことであろう。
後ろの刃群を壊し安全に着地したミストは戦闘位体勢を維持しつつ、ゆっくりと近づいてくる。
「残念だったね、私の腕を潰せなくてさ」
「………アハハハ☆私の命と君の右腕が同価値な訳ないじゃん、思い上がんなよ♪」
「ハッ、そう。でも今の一号で色々分かった。まずあんたのスキルと呼んだ異能。正直驚いたけど無敵の力ってわけじゃないな」
そう言いながらミストは先ほど拾った増殖スキルによって生まれた刃の一部を片手であっさりと握り潰した。
「あんたの増殖で生み出した物質はオリジナルの物質より脆い。強化魔法の対象になっていればそれなりの強度と切れ味を持てるが魔法が切れれば鈍以下の鉄くずだね。
これで安心したよ。この力じゃ戦闘中の傷の回復なんてできはしない。精々戦闘後の応急処置が関の山だな。キッチリとどめをさせる。」
「………後付け加えるなら、増殖によって生み出された物質は私が触れていないと長時間維持できない。そこの刃も後10分もすれば塵に帰るよ」
「ずいぶん素直に種を明かしてくれね………負けを認めたか?今なら半殺しで許してやろっか?」
「いやいや~教えてあげたのはさ~。別にばれても問題ないし教えてあげたってのと……後さっきの不用意な攻めで自分の秘密を教えてくれたあなたへのお駄賃かな?
見抜いたよ、君のその狂気の魔導具の秘密をね♡」




