蛮騎士 イレクトア・ラスターク
「……それでは、話させていただきますね。………シンシアさんの処置についてのお話を」
「うん、お願い。………といいたいところだけどまず一つ、
……なんでそんなに離れてる?」
ここはサファイヤが所属している救護隊の執務室。現在風呂から上がったミストとサファイヤは、シンシアのことに対して話すため集まっていた。のだがミストが座っているベッドからサファイヤは3メートルは離れたドア付近ギリギリに座っていた。
「いえ、私が誤解してた、ということは分かっているんです!でもその、なんでしょう……今までは何ともなかったのに、今はミストさんに見られてるとちょっと恐ろしく、それでいて火照ってしまって……!!」
「……おいこら脳内ピンク、次私にセクハラしてみろ、身ぐるみ剥いで街中につるすからなぁ……!!」
「ヒィっ!!す、すみません!!シンシアさんの医療カルテです、どうぞ!!」
サファイヤが念動魔法を使い手元のカルテをミストへと渡すと、彼女はそれを「ったく」と悪態をつきながら乱暴にとりその中身を確認する。しばらく目を通していたが、ミストは額に青筋を受けべるとサファイヤへと厳しい目線を向ける。
「……何このふざけたカルテは……?アンタいい加減に……!!」
「…………先ほどの醜態のせいで、そう思われるのは当然だと思いますが、私だって秘書官と兼任ではありますが軍医もしています。カルテにふざけたことは書きません。断言します
シンシアさんの怪我はミストさんがここに運んだ時にはもう既に治っていたんです。しかも傷跡も後遺症も一切残らないレベルで」
「………!!自動回復魔法、はないな。あいつは魔力出力不全症だ、魔法は使えない」
「確かにシンシアさんが魔法を使えない以上、魔法による治癒ではないはずです。…………ですが、可能性がないわけではありません。
……正直、まだ致死的ダメージ時のみ魔法が使える、とかの方がまだ現実味がある仮説ですが……」
それは、とサファイヤが自分の考えを話そうとした、その時であった。
ドガァァァァァァァァァァッッッンッッッッッーーーー!!!!
凄まじき破壊音が、この施設全体に響き世界全てを揺らした。
「キャァァァ?!」
「ッッ!?チィ!!」
椅子から転げ落ち蹲ってしまったサファイヤの真上にあった天井が崩れたのを見たミストはすぐさま鉄カバンの魔道具を起動させると4枚の盾を展開、瓦礫から彼女を庇いミストは震源と思われる場所の方を向き、頬に汗を流す。
「震源の方向にあるのは、まさか……!!」
ミストは右手に持った剣を振るって壁を切り崩すとそのまま破壊し一気に走り抜けていく。障害物はかわせるものは躱し、躱しきれないものは切り倒すことで最短距離で目的地、シンシアが休んでいた部屋に到着することができた。しかしそこはもはや部屋の役割を満たしていなかった。
壁は砕かれ外気をそのまま通し、ただでさえ少なかった家具は破壊による風圧によって全てごみ屑に変わっていた。そしてこの部屋で休んでいたシンシアは、
ぐったりとした様子で気を失っており黒いローブを着た何者かに担がれていた。
「!!シンシア!!」
ミストはブーツに仕込んだ風放出の魔導具を使い一歩目を大きく加速し、一瞬にして黒ローブの人物との距離を縮めると右手に持っていた剣を大きく横薙ぎに払い、胴体を真っ二つにしようとする。しかしそれが分かっていたのか黒ローブの人物はローブの下に隠していたと思われる直剣であっさりとそれをガードし、鍔迫り合いを行う。
(これは、騎士団の量産剣?!こんな見てくれ重視の鈍で私のヒドゥンエッジの刃を止めた?!そんな芸当ができるのは、あのクソジジイを除けば、一人しかいない!!)
「ッッ……ハァッ!!」
ミストはヒドゥンエッジの刀身を短くしながら黒ローブの人物の直剣を受け流し横へと逸れると、その状態から腰をひねり拳を打ちだす要領で柄を敵の足元へと突き出す。さらに突き出すタイミングとほぼ同時に刀身を再び長くし、それぞれを加速力を加えることで神速の突きを生み出すことができた。
しかし黒ローブの人物はそれを最小限のモーションでのバックステップでそれを躱し、それどころか僅か一歩で先ほどのミスト以上の距離を離れた。だが流石に動きが激しかったためか黒ローブの人物が被っていたフードは外れると、その下にあったのは緑色のメッシュが入った金髪のツインテールのかわいらしい顔立ちの少女の姿であった。
その少女、イレクトアは舌を出し悪戯がバレた子供のように笑うが、ミストは眉間にしわを作りイレクトアを強く睨みつける。
「やっほー☆ひっさしぶりだねぇ、キリア・カラレスちゃん♡また会えてうれしいよ、まさか戦犯だったあなたが勇者候補になって帰って来るなんて、人生何があるかわかったもんじゃないねぇ♪」
「………私はお前にあったせいで今、気分最悪苛立ちMAXだよ、イレクトア・ラスターク。騎士団の広告部隊隊長様が一体何の用だ?軍の施設を攻撃するなんざ正気とは思えないんだけど?」
「何の用、って言われたらこの子かな?ある貴族様から命令されてね、この子を連れてこいって言われたわけ。だからぶっちゃけ、今あなたをどうこうしろっていう命令は出てないの」
「………………」
「ははは、そんな怖い顔しないでよ。私、これでもキリアちゃんには結構同情してんだよ?あなたが以前所属してた第4前線部隊隊長、カストロ・ブラウン。大方キリアちゃん、あのおじさんにはめられて戦犯になったんでしょ?よかったじゃん、勇者候補に選ばれて汚名返上のチャンスが回ってきてさ。……だからさ、引いてくれない?
もしも、私の依頼主……公爵令嬢様に逆らうと………助命ワンチャン、無くなっちゃうよ?」
イレクトアは諭すように話すが、それを聞いている時、ミストは暗く笑っていた。それと同時に懐から鍔が付いていない柄にさらしが巻かれた短剣を左逆手で握り長大な魔力刃を出現させると、ゆっくりと前へと進む。
「……マジ、向かってくるわけ?助命ワンチャンはともかくこの子欠陥品とはいえ、魔法使いだよ?キリアちゃんが、心から嫌悪してる存在じゃないの?助ける義理、ある?」
「………勘違いしないでよ。そいつを助けるのはただのついで。
………私を嘲り、認めず、大っ嫌いな名前を何度も大声で話すテメェをぶち殺すなぁ!!」
ミストは両手に持つ剣を構えながら足に力を入れると、再びブーツの魔道具によって彼女の体を射出されイレクトアに向かって突っ込む。イレクトアはそれに対して俵のように担いでいたシンシアを前上方高くへと放り投げる。
ミストはその様に驚きわずかに上空と飛ぶシンシアを目で追ってしまい、イレクトアはその隙を見逃さなかった。イレクトアは体を屈ませ低い姿勢を取ると、そのままの体勢で足を大きく蹴り抜きミストに向かって突進、彼女の足に向かって直剣を振り抜く。ミストは間一髪でその攻撃に気が付くとジャンプで剣の一閃を躱し、ブーツで空中での姿勢を制御し後ろを向いた後、そのまま警戒しつつバックステップで距離を取り、落ちてきたシンシアをキャッチしていたイレクトアを睨みつける。
「おっと残念、足奪えなかったか☆」
「……人質を投げるとはさすが蛮騎士様だ。私も少し驚いたよ。だが今のが最後のチャンスだったな?私を殺せるチャンスの、ね」
「殺さないよぉ、物騒だねぇ~。勇者候補はたとえ勇者になれなくても大事な戦力、殺したらさすがの私もどうなるか分からないし、やんないよ。
それに、もう勝負はついちゃった♡」
ピシッ。
イレクトアがそう笑みを浮かべてわっらった次の瞬間、ひび割れるような音が鳴り響き始める。ミストはその瞬間理解し額に汗を流しつつ、自分の足もとを見る。自分が踏みしている地面、それに無数のひび割れが細かい生まれいることに。
ミストは確信する、後数秒もしない内に崩落することを。
(ブレイクバフ!!あの攻撃の時の真の狙いは視線誘導して、地面に触ったことを見せないようにするためか!!)
「チィ!!」
「アハハハ!!逃がさないよ、パンクソード!!」
ミストは崩落から逃げるため最低限度の動きでジャンプの予備動作を取り、ブーツの魔導具で空中で逃げようとするが、それと同タイミングでイレクトアは手に持っていた直剣をミストに向かって一直線に投げる。
ミストは投げられた剣を無視し飛ぼうとするが、投げられた剣がぼこぼこと内側から膨らんでいるような姿を見た瞬間、ジャンプをやめ手に持っていた二種の剣を手放し、羽織っていた黒コートを前に投げる。投げられた黒コートは空中で形を変えていき、人間4,5人を覆えるほどの大きさの黒鉄壁に変わり、内側から爆ぜた剣の破片からミストの体を庇う。
「さすが勇者のお孫サマ、体中魔導具だらけ♪この程度はお茶の子さいさいかな………だけど、一手遅れたね」
「………クソッタレがぁ……!!」
ミストがそう吐き捨てた瞬間、地面の崩落が始まり、彼女はそれに巻き込まれて大穴の中に落ちてしまい、そのままこの大穴の底に体を強く打ち付け、意識を失ってしまったのだった。




