迫る悪意
一方同時刻、魔法学園貴族寮エントランス。そこでは昼にシンシアを襲ったリンディと取り巻き二人が衣服を脱ぎ下着姿のまま、ソファに座っている金髪でスレンダーな少女に向かって土下座をしていた。周りの他生徒達もこれはさすがにやり過ぎ、と内心思っていたが顔こそ笑顔だが、体からは怒りのオーラを漂わせている少女には何も言えずに見てみぬふりをするだけであった。
「お、お姉さま!!ほ、本当に申し訳ありませんでした!!」
「私は怒ってなんていないわ。ただどうして魔法も使えない欠陥品を連れ戻すことができないの?って聞いただけよ?」
「そ、それは………変なヒガシマ人の魔術師、いえ!!勇者候補に、じゃ、邪魔をされて………!!」
「ふーんなるほど、つまり横やりが入ったから失敗したと、そう言いたいのね?それじゃあ仕方がないわ。
…………相手が魔術師じゃなければね」
そう言うと少女は指を鳴らすと次の瞬間、リンディ達の体が突如急激に重くなり、彼女たちの体は土下座状態から崩れ、踏みつぶされたヒキガエルの様のような姿となってしまう。リンディ達は苦しみに声を上げるが少女は先ほどまでの作り笑いもなく、ただただ冷酷な表情で見えない力に押しつぶされている彼女たちを眺めていた。
「が、ぁぁぁぁ……!!お、お姉さま………ナタリーお姉さま……!!どうか、どうか、もう一度チャンスを、お願いします!!次は、次は絶対に失敗しな、ああああああああああぁぁぁぁ……!!!」
「そうやってできない人間はすぐにもう一回、もう一回、なんていうのよ。………走狗からの情報で今シンシアは軍にいる、おまけに今軍には明日王に謁見予定の勇者候補も来ているらしい……おそらくあなた達を蹴散らしたという魔術師でしょう。……もしも、明日にもシンシアがそいつと一緒に王にあってしまったら、そうなればもう勇者紋を奪うチャンスは完全になくなる……!!
あなた達がやったミスは!!それだけ大きく重いのよ!!」
ブブブブブブッッッグシャァぁッッッ!!!
「ガァァァァァァァァァァァァァァッッッ―――――!!!」
「ナ、ナタリー様!!流石にそれ以上はリンディ達が死んでしまいます!!」
「チッ、分かってるわよ!!」
ナタリーは側近と思われる少女の忠言に舌打ちで返すと、その右腕を大きく振るう。その瞬間、地面に這いつくばっていたはずのリンディ達はナタリーが腕を振るった方向へと吹き飛びそのままエントランスの壁にぶつかり、体から鳴ってはならない音を鳴らしながらずるずると、床に落ちていくのであった。
「あの汚物たちは掃除しておきなさい。……後イレクトアに連絡、今から軍の勇者候補用宿舎に行き、シンシアをさらって来い、と。」
「イレクトア、様にですか、ですが彼女は……!」
「……私もあの女に頼りたくはないし、借りを作るなんてもっての外……だけどもはやそんなこと言っている場合じゃないというのが事実。
こと暴力に関して言えば、私と並ぶ存在ですからね」
*
王国騎士団第6師団、トレーニングルーム。もう既に外は暗くなり、最低限度の照明だけに照らされながら彼女はトレーニングにいそしんでいた。
緑色のメッシュが入った金髪をツインテールに纏め、かわいらしい顔立ちをした18歳程度の少女で、現在彼女は魔術省が生み出した100㎏の圧縮ダンベルを両手にそれぞれ一つずつを持っていた。並みの男性ではそのダンベル一つすらまともに持ち上がらないはずであるが、その女性は見たところそこまで筋肉があるようには見えないにもかかわらず、悠々と鼻歌交じりにそれをトレーニングに使っていたのだった。
とその時だった。トレーニング室に騎士団所属の制服を着た女性が入ってくる。
「イレクトア師団長。鍛錬中失礼します。ナタリー・トルキシオン公爵令嬢から連絡が入っています」
「あーあのお嬢様からかー。気乗りしないなぁ。私まだトレーニング終わってないからやりながら聞くよ、話して?」
「ハッ、………かなり、婉曲且ついらいらとする文体が続きますので端的に答えますと、現在軍の勇者宿舎にいる欠陥魔法使いの勇者候補をさらい勇者紋の譲渡を行わせる、その手伝いを願う。とのことです。」
「欠陥魔法使い……?ああ、噂になってた魔法学園に編入したっていう子のことか!その子から勇者紋を奪うってわけね~。でもそれ私がいる?あのお嬢ちゃんならわざわざ攫わなくても、軍の連中使って自分の所に連れて行けるでしょ?」
「現在勇者宿舎で従事しているのはそのほとんどが先代勇者ヴォルフ・カラレス派の者達です。それは難しいかと」
ハハハァそりゃ無理だねー、と愉快そうに笑いながらイレクトアはベンチプレスに移行していた。
現在王国にある組織の内、王が住まうここ王都にて絶大な力を持つ組織は魔法連合、騎士団、教会、そして統一軍の計4つである。基本的にどの組織も王やそれに近い貴族が運営しているが、軍のみは先代勇者であるヴォルフが設立した非常に若い組織である。そのため他の3組織よりも貴族達の汚染も少なく、特にヴォルフが直々に選んだ者達は王国の最高貴族達すら好き勝手出来ない存在なのである。
「さらにやる気と意志さえあれば、どんな下級の人間でも入れる懐の広さに加え、現在の人と魔族の戦争の主戦力になってるからね。騎士団としては面目丸つぶれだよね~。ま、事情は分かった。その事情も加味すると私に攫って来いってことでしょ?
ショージキやる気は全然わかないけど、背けそうにもないし……いいよ、10分後に出る。私の剣を準備しといて」
「了解しました。……あと、現在件の少女を守ったという軍が連れてきた勇者候補がいるため注意しろと」
こちらです、と部下の女性は写真を一枚イレクトアに渡すと、彼女はそれをもらい、その姿を見たその時、イレクトアは思わず手にまだ持っていたバーベルの鉄芯をへし折ってしまった。その様に部下の女性も思わず恐れ後ろに下がってしまうが、そんなことは構わずイレクトアは写真を注視する。
青いメッシュがショートヘアの黒髪、黒コートの下はノースリーブの青パーカーに黒い革製のロングパンツとイレクトアの思い出の中にある彼女の姿とはまるで違っていた。しかしイレクトアが彼女を見間違えるはずなどなかった。
「………まさか、王都に帰って来るとはね。いやぁ、ブルジョアお嬢様のわがままに付き合うだるい任務と思ったけど。中々楽しくなりそうじゃん?ねぇ、
キリア・カラレス……♡」
そう怪しい目を向けるイレクトアの露出した鎖骨部中央には、勇者紋が光り輝いていた。
王国騎士団第6師団団長 イレクトア・ラスターク。最年少で女性騎士師団長となった傑物であり、
次代勇者有力候補の一人とされている最強の魔法騎士。




