シンシアの事情その1
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それは、今から10年ほど前、ある少女にとって忘れられない記憶であった。ある日少女は村の大人たちの言いつけを破って他の子どもたちと一緒に、裏山の方へと探検をしに行った。猛獣がいると言われた裏山であるが、その実穏やかそのものであり少女たちはがっかり半分、安心半分といった様子であった。
しかしそんな時だった、彼女たちの目の前に突如大熊を咥えられるほど巨大な蛇の魔物が現れたのは。その蛇は6対の目をギョロギョロと動かしながら隈を一気に丸呑みにし、次の獲物はどれにしようかと少女たちを品定めしていた。当然彼女達は魔物の存在に絶叫し、一目散に逃げだすが少女は逃げる時に躓いてしまい、転んでしまった。
そんな動けない状態の獲物を無視するはずもなく蛇の魔物は体を俊敏に動かし、大口を開けて襲い掛かる。少女は自分の終わりを悟ってしまい、来るであろう痛みに耐えるためかぐっと目をつぶる。とその時だった。
ザンッッッッ!!!
今まで聞いたことのないほど大きな風切り音が響く。少女は何事かと恐る恐る後ろを振り向くと、そこには一人の4,50代程度の男性が立っておりその手にはこの国ではやや珍しい片刃の反りが入った剣が握られていた。だが、それよりも少女を驚愕させたのは男のその先。さっきまで自分に襲い掛かろうとしていた蛇の魔物、
それが、キレイに両断にされていたのだった。しかもそれだけではない、両断された蛇の魔物の断面が少したってからブクブクと水泡を作り始めると次の瞬間、血しぶきが今になって噴き出したのだった。それは蛇の魔物の体がやっと自分が斬られ死んだことを認識したかのように。
少女はしばらく呆然と見ていたが、男は近づき膝を付けて少女と同じ目線を取る。
『大丈夫か?怪我はないか……そうか、よかった』
男は厳しそうな表情をしていたが少女に何の怪我もないことが分かると、優しい笑みを作り少女の頭をポンポンと叩いた。それによって少女はついに死の緊張が切れたのか目に大粒の涙をため、大きな声で泣き出した。当然男は困惑するも彼女を抱きかかえ村の方へと帰っていくのであった。
村に帰ると普段少女を全く怒らない母が烈火のごとく怒り、普段仕事か家で寝ているかの父が少女を強く抱きしめ泣いていた。少女も泣きながらごめんなさい、ごめんなさいと何度もつぶやいていた。
そうして少し経ち落ち着いたところで、少女は今村長の所へと行っているという男の様子を見に行ったが、既に男の姿はなく村長が言うには魔物除けの結界が弱くなっているという情報を聞いたためそれを直しに来ただけという話であった。
『わざわざ、そんなことのために来たのか、って?ハハハ、確かにそう思うのが普通だろう。実際この結界はあの御方でなければ直せない、というものではないからね。……だがここはあの御方、勇者様にとって何よりも大切な場所なんだよ』
村長はさらに話す。今から40年以上は前、魔王がいまだ健在で世界は恐怖に包まれていた時、若かりし勇者はこの村にやってきており、当時この村に流れ住んでいた、後に勇者の妻となるヒガシマ人の女剣士をスカウトしにやってきたという事だった。女剣士は勇者に対し、弱い者の言うことは聞かないと、剣での決闘を申し込み二人の戦いは三日三晩続き、最終的には両者戦友のような間柄となり魔王討伐の旅に出発するのであった。
『旅に出て2年。見事魔王を討伐した勇者様は剣士……シズカと共にこの村へと凱旋しに行きここで結婚式を挙げしばらくここで暮らしたんだ。そして………
子供を産んだ後、死んでしまった彼女の遺体をこの海へと返した。………この村はね。勇者様にとって、始まりと終わりの場所だったんだよ。
シンシア』
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「ハッ!!」
気を失っていたシンシアは目を覚ますと周りを見渡す。どうやらいつも自分に暴力をふるっている隠し部屋ではないようでありわずかに息を吐くが、この場所は見たことはなかった。
自分が寝ていたと思われるベッドや机やクローゼットと言った最低限度の家具があるぐらいの広いが簡素な部屋であった。だが、よく見ると家具には狼のロゴマーク、軍製の者であることの証明マークが描かれていた。
(………じゃぁ、ここは軍の敷地……?なんで、こんなところに……?確かリンディに見つかって、気絶させられて………?!)
気絶したせいかうろ覚えとなっている記憶をたどりながら考えていたシンシアであったが、その時ある人物が視界に入る。それはこの部屋の窓側に置いてある椅子に座りテーブルに肘をついて目をつぶっていた黒髪の少女ミストであった。ミストはベッドの音から気が付いたのか目を開ける。
「ミ、ミストちゃん?!な、なななん……?!」
「……やっと起きたか………まぁこっちもいい加減食べようとしてたから、ちょうどよかったかな?」
シンシアの驚きを無視してミストは軽く座ったまま伸びをすると、床に置いていた鉄製のケースから二つの料理を取り出した。それは昼にお彼女達が頼み食べ損ねた料理であった。
「これって……お昼に頼んでたご飯……テイクアウト、してくれたの?」
「ただのテイクアウトじゃない。保存魔術で鮮度や温度を保ったままにしてある。ほとんど出来立てと変らない」
「そ、そうじゃなくて……なんで私にそこまで……!!」
シンシアが思わずといった様子で聞き返そうとしたその時、
グゥゥゥゥゥゥーーーーーー……!!
彼女の腹の虫が大きく鳴り響き、シンシアは顔を真っ赤に染め、ミストは大きくため息をつく。
「………一応言っとくけど、さっきのでかい腹の虫だが、アンタが寝てる間も結構な頻度でなってたからね?さっきみたいなことを言いたいなら、まずそいつを飼いならしてからにして。で、何か反論は?」
「な、何もありません」
「じゃあさっさと食うよ、もう保存魔法切っちゃったからな」
ミストがテーブルで食事の準備をしつつ、シンシアもベッドから起き上がりテーブルの椅子へと座った。そして、
「ずいぶん遅くなったけど、やっと昼飯にありつけるな」
「もう夕ご飯だけどね。………本当にありがとうミストちゃん。ミストちゃんは本当に優しいんだね」
「別に優しくなんかない。……どんな奴とでも約束は必ず守る、そう決めてるだけ」
「そっか………それじゃあ」
「「いただきます」」
二人は料理に手を合わせて、目の前の食事を食べ始めた。食べている時、シンシアは目尻にはきらきらと輝く涙が浮かばせながら笑みと共に食べ、ミストもそんな彼女の様子を見ながら小さく笑いながらスプーンでグラタンを掬っていた。




