鉱石魔法使い リンディ・クラウラー
声の主、ミストは建物の屋上に立っており、右手には柄に対して刃が垂直に取り付けてある剣が握られ、周りには浮遊する4つの長方形の盾が浮いていた。その戦闘準備万端とでも言わんばかりの姿に気圧されたのかリンディは足を下ろし、数歩後ろに下がる。
「………あなたは先ほどシンシアさんと一緒にいた……。何の用ですか、これは私達の問題ですわ」
「……分かってるよ、別にお前らの問題に対してどうこう言う気はない。あくまで部外者なんでね。だか、こっちにもそいつに用事はあるんだ。
その女渡してとっとと失せろメスガキ共。今なら往来での魔法使用に無抵抗な人間への魔法攻撃、黙っといてあげるよ?」
「………フン、随分と安い挑発ですわね。そんなものが男爵令嬢たるこの私に通じるとでも……?
あなた達、あのヒガシマ人を攻撃しなさい!!」
「ええ?!」
「シ、シンシアならともかく学園と無関係な人間を攻撃するのは流石に……!!」
「責任はすべて私がとります!!どちらにせよお姉さまにあいつを持って行かなければ私たちの身が危ない!!さぁ、やりなさい!!」
は、はい!!と取り巻き達は返事をするとともに手に平から空気の渦を生み出し、それを思いっきり掌で潰した瞬間、無数の真空の刃をミストに向かって飛ばす。対するミストは浮遊する盾を前方に固めて空気の刃を受け止め、風の刃の弾幕がなくなった時に屋根から飛び降り地面へと降りる。とその瞬間、ミストの着地の瞬間を狙ったリンディの鉱石弾が彼女に迫っていた。
「ハッ!!砕けなさい!!」
「フン、やなこった……!!フッ!!」
このままでは鉱石弾がミストの腹部へと命中する、というタイミングでミストは空中で地面を蹴るかのような動きを行う。すると本当に地面を蹴ったかのように彼女の体が重力に逆らってわずかに飛び、鉱石の弾丸を回避したのであった。
ありえない動きにリンディは僅かに驚くがまた攻撃すればいいだけ、と言わんばかりに自分の周りに鉱石の弾丸を形成する。取り巻き二人も再び空気を貯めておりあの空気の刃を発射しようとしていた。だが、
「そんなことさせると思うか?」
パチンッ。ギュゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!
「ちょ、こっちに来た?!」
「だ、ダメ私達じゃ、きゃぁぁぁぁ?!」
「グゥ……!!」
空中で待機していた四つの盾が再び動き出し取り巻き達には1つずつ、リンディには2つが射出された。取り巻き達は風の刃で迎撃するが当てても軌道を変えることができず、そのまま盾の体当たりを食らい吹き飛ばされた。
リンディは迎撃ではなく防御を選択し周囲の鉱石弾を体に張り付かせダメージこそ回避できなかったが、盾を受け止めることには成功したのだった。
しかしその間にミストは地面に着地、手に持った剣を構えリンディへと突撃するのであった。
「……!!なめないでくださいまし……!!ストーンラビリンス!!」
リンディは受け止めていた盾を放り投げ掌を地面へと叩きつけると、地面から鉱石で出来た大きな壁が無数に現れミストの前を塞ぐ。それに対してミストは一切スピードを落とすことなく手に持っていた剣を壁に向かって切り付けた。すると
ザッッバァァァァン!!
鉱石の壁はあっさりと真っ二つとなりその後もミストは目の前を遮る壁を切り裂いていき、ものの数秒でリンディの元へとたどり着いたのだった。
自分の自慢の防御壁をあっさりと砕かれたことにリンディは顔を引きつらせながらもミストの顔に向かって隠し持っていた鉱石弾を放つが、ミストはそれを刃を短くして取り回し良くなった剣であっさりと切り払い、それと同時にリンディのガラ空きの腹部に向かって蹴りを入れる。リンディはそれを反射的に体を後ろにそらして躱そうとするが
ボッッッ、ガァッッ!!
ミストのブーツの底から噴出された何かはリンディの腹部へと直撃し彼女を後ろへと弾き飛ばした。リンディは腹部を押さえゴホゴホと激しくせき込んでいたが、ミストが近づいてくるのを確認すると痛みを無視して立ち上がる。しかし既にその体は既に震えており、目や表情にも先ほどまでの余裕は見られなかった。
「………これ以上弱い者いじめはしたくないし、もう諦めたら?触媒無しでここまで鉱石魔法を使えるアンタの腕は中々のものだけど私には及ばない。……シンシアさえ渡せばもうこちらも用はないし、見逃してやるけど」
「……!!言わせておけば……!!あなた達!!いつまで寝てるつもりなの!!さっさと起きて加勢しなさい!!」
「……!!むっ無理に決まってるでしょ?!私骨が折れてるのよ?!」
「いたいぃ……痛いよぉ………!!」
リンディは叫び取り巻き達に向かって叫ぶが、取り巻き達は盾が思いっきりぶつかった腕や足を押さえて蹲り、泣き喚くばかりで頭数どころか肉壁にもなりそうにはなかった。ならばせめてシンシアだけでも連れて逃げるべきかと考え彼女の方へと視線を向けるが、既にミストの浮遊する盾4枚が気を失っているシンシアの周りへと集めっていた。あの盾全てを排除し逃げることは難しい
「………お友達はもうギブアップってさ。さ、どうする?」
「………!!!ギブアップ……?ふざけるなよ、魔術師……!!」
「ハッ、流石にわかったか。ま、一切魔力の残滓も出さず魔法を行使してたんだから当然か」
「私は誇り高き魔術連合幹部の娘よ………お前のような魔法を貶める下郎の、言う事なの聞くかぁ!!!」
リンディの叫びと共に地面が鉱物に変わっていく。リンディが使ったこの魔法は魔法学的には環境変化魔法と称される高等魔法の一つであり、自分の周辺の環境を恒久的、または一時的に変化させることができる大魔法である。これによりリンディは広範囲の高等魔法が使用可能となり、これらを使って自分を邪魔するミストを蹴散らそうとしていた。
だが魔法を発動するため叫ぼうとしたその時、ミストはポケットに入れていた赤い球状の小さな宝石をリンディの元へと投げる。そうして投げられた宝石がリンディの近くへとたどり着いた次の瞬間、
一瞬で粉々に砕け、それと共に鉱石は元の地面へと形を元に戻してしまった。
「………はぁ?」
「魔法を無効化する反魔の宝球……ラスト一個だったけど何とか無効にしきれたね」
「反魔……?!魔法を、無効……?!!そ、そんな悍ましいもの………!!!」
狼狽えるリンディにかまわずミストは左手をまっすぐ彼女の服の襟へと伸び掴み持ち上げる、と同時に右手に持っていた剣を手放し、かわりに握りこぶしを強く固める。
「さっきの魔法……仲間ともどもこの辺の奴を吹っ飛ばすつもりだったね?これはちょいとお仕置きが必要だなぁ?」
「ヒィッ………!!わ、私を誰だと思ってるの?!私は魔法連合の……?!」
今から自分に繰り出されるであろう暴力を何とか止めようとするリンディであったがこの時気が付く。自分の服を掴んでいるミストの黒手袋に包まれた左手の甲。そこがわずかに光り、盾とそれに収められた剣の紋章が浮かび上がっていたことに。
「勇者紋………!!!まさかあなた、勇しゃ……!!」
「勇者?そんな大層なものじゃないよ。私は冒険者で………前世特級戦犯の、
ただの、魔法嫌いの魔術師だ……!!今更、怖いものなんて、何もないんだよ!!!」
ミストは鋭い右フックをリンディの顎目掛けて放つ。その攻撃時点でリンディの脳は揺らされ、彼女の意識は刈り取られたが、ミストはさらに振り抜いた右こぶしを戻すような裏拳を彼女の右頬に直撃させる。そして最後に振り抜いた裏拳をそのまま引き絞り、
鋭い一直線の拳をリンディの顔面へと叩き付ける。それと同時に左手を離したことによりリンディは思いっきり後ろへと飛んで行き、壁へと激突するのであった。
「じゃあね、お嬢ちゃん。その痛みを糧にこれからの人生清く生きてねっと……。………さてと」
リンディをぶっ飛ばしたミストは満足したように伸びをしつつ回りを確認する。リンディの取り巻き達はいつの間にか逃げており、周りの住民たちも大半は途中呆然としていたが、我に返った一部の者はにわかに騒ぎはじめ通信魔法を使って警備隊に連絡していた。
(軍の内地警備隊か………どうにでもなりそうだが、これ以上は無駄な喧嘩だな。)
「じゃ、予定通り逃げるか」
ミストはシンシアの方へと行くと彼女をお姫様抱っこの要領で持ち上げるとそのまま浮遊する盾達と共に裏路地へと走って消えていくのであった。




