行き倒れ少女 シンシア・ニルフェンその2
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「おいし―――!!ありがとう、こんなおいしいご飯くれて!!」
「いいよ、別にもう………」
さっきまで倒れていた少女であったが、ミストが差し出したサンドイッチを食べるとみるみる回復していき、現在では満面の笑みを浮かべ両手にサンドイッチをモリモリ食べていた。その様子を見ていたミストは呆れつつも安心し、目の前の彼女を観察していた。
桃色の髪をポニーテールでまとめ魔法学園の白に金縁の制服を着こんでいた。またその容姿は同性のミストから見ても非常にかわいらしくスタイルも出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる魅力的なスタイルをしていたが、今の彼女の様子や食べる時のマナーを見る限り、とてもではないがこの王都で育った人間には思えなかった。
(そもそもこの女は今食べてるサンドイッチがおいしいと言った。…………王都産のパンはどんなに安いものでもあれより4,5倍は柔らかい。ここのパンを食っているような奴が、あれをおいしいだなんて思えるはずがない。………服に残ったリンチされたであろう跡と言い、コイツは一体なんだ?)
とそんなことを考えてるいるうちに、少女はサンドイッチを食べ終わり手を合わせていた。
「ありがとう!!3日ぶりのまともなご飯だったから、ついがっついて食べちゃったよ!!いや、本当にありがとう!!」
「どういたしまして………。………私は、ミスト。ミスト・クリアランス。アンタは?」
「あ!!そうだ!!まだ自己紹介してなかったね!!アタシはシンシア!!シンシア・ニルフェン!!よろしくねミストちゃん!!」
そう言ってシンシアは手を前に差し出し、一瞬ミストは何のことか分からなかったが、それが握手だと気が付くと黒い革手袋を付けたまま彼女の手を握り返した。とその時だった。
ぎゅるるるるるるるるるる………!!!
「あ”…………!!」
「おま、結構食べたでしょ……?!まだ食べたりないの………?!」
「いやむしろ、食べれたからそれが呼び水になって余計に……!!」
腹を押さえ顔を赤くしているシンシアに対し、若干引いたような表情を見せるミスト。正直なところもうこれ以上シンシアに施しをする義理はないのであるが、彼女の姿を見ているとこのまま放っておくこともできそうにはなかった。そのためミストは頭を掻きつつシンシアへと提案する。
「………今から、どっか食べに行くけど、付いてくる?」
「……!!行くッッ!!」
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公園から離れたミストとシンシアは現在王都の飲食店街を歩き入る店を選んでいた。王都では珍しい黒髪の黒コートの少女と薄汚れた魔法学園の制服を着た少女というあまりにも人目を惹く二人であったため、彼女の姿を見た住民たちは二度見をしたり、ジロジロ眺めていたが二人は特に気にする様子はなかった。
ミストは店前に立ててあった看板を確認すると頷き、後ろにいたシンシアに話しかける。
「よし、この店に入るよ。ここの店のAセットかBセットね」
「うん。まさか……ここまでしてくれるなんてなんてお礼をしたら……!」
「………言っとくけどおごるのはこれで最後だから、味わって食べんのよ、いいね?」
「は、はい!!」
よろしい。とミストはつぶやくとその店へとシンシアと共に入っていったが、彼女たちは気づいていなかった。
「………ナタリー様、シンシアを発見しました。ヒガシマ人の女と一緒に飲食店街の低価格帯エリアのパスタ専門店に入りました。………はい分かりました、人数がそろい次第シンシアをそちらにお連れします」
彼女達、正確にはシンシアを監視していた者がいたことを。
「………ちょっと目を離したうちに逃げ出すなんて、これは手痛いお仕置きが必要なようね……!」
その人物は悪意がこもった目で、彼女たちを見ていたことを。
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店に入ったミストとシンシアは店員に案内された席に座ると、差し出されたおしぼりで顔や手を拭き、ミストは海鮮グラタンセットを、シンシアは一番安いミートパスタセットを頼んだ。
「いやぁ本当にありがとう!!ミストちゃんって本当に優しいんだね!!……こんなに優しくしてもらったの故郷以来だな……」
「………やっぱあんた田舎から上京してきたタチか。出身は?」
「王都からずっと南西にある名前もない小さな漁村だよ。そういうミストちゃんは?やっぱりヒガシマの出身?」
「やっぱりってどういう意味?………まぁそう言いたくなる理由も分かるけどさ」
そう言いつつ自分の黒い髪の毛を触る。この国では黒髪の人間というのは極めて少ない。それは遠い昔、神によって招かれたとされる人種のみが持っている特徴だからである。現在彼らは極東の地域に住み始めヒガシマという独立国家を作り、暮らしているのである。
「生憎ヒガシマ人はあったこともない祖母ちゃんだけだよ。私は一応王都民だ。ヒガシマ人の髪の色は遺伝子の優性がかなり強いらしくてね、………父さんも真っ黒だったよ。………とロクに話したこともない身の上話をしてやったんだ。ちょっとこっちの質問にも答えてもらうよ。
………アンタ、なんであんなところで行き倒れていた?」
「………!!」
「そもそも3日ぶりのまともな食事、とも言ってたけど魔法学校には確か生徒なら誰でも使える学食があったはず。それにその服についている足蹴にされたような汚れの跡………一体何があった?」
「…………そ、れ……は………」
ミストの質問に対し固まってしまうシンシア。よく見ればの彼女の瞳は小刻みに震えており、若干呼吸もおかしくなっていた。二人の間に神妙な空気が流れるが、それを横から切り裂くように店員の声が聞こえる。
「お待たせしました!!こちら海鮮グラタンセットとミートパスタセットになります!!頼まれたものは以上で大丈夫ですか?」
「!!は、はい!!大丈夫です!!」
「ああ、こっちも大丈夫」
「分かりました!!ごゆっくりお楽しみください!!」
店員は料理をテーブルに置いた後、笑顔で会釈して離れて行った。湯気が立っている料理を前に置いたミストは僅かに息を吐く。
「………さっきは変なこと聞いて悪かった。さ、冷めないうちに食おう」
「う、うん!!いただきます!!」
そう言ってシンシアはフォークを持ってパスタを食べ始める。その様子を彼女に観察しながら先ほどの彼女の様子を思い出す。あの症状にはミスト自身見覚えがあった。そう確かあれは、
(PTSD………要するに激しいトラウマか。………いやもうやめよう余計なことを考えるのは。どうせコイツと関わるのはこれが最初で最後なんだから。むやみな波を立てる必要もない)
そう断じつつミストもスプーンを持ちアツアツのグラタンを陶器皿から掬って口に運ぼうとした、その時であった。
「フフフ、見つけましたよ。シンシアさん♪」
悪意に満ちた嘲りの声が二人の耳に聞こえてきた。