地獄の晩餐part2 その1
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そして時は序盤にまで戻る。ミストとイレクトアがハムナスを挟んで言葉の牽制合戦をしている中、バルカンの号令の元、食事会兼交流会がスタートした。スタッフ用の扉が開くとそこから大量の従業員が料理の乗った配膳車を押しつつ入ってくる。従業員達はテーブル近くに配膳車を止めると手早く前菜と思われる料理がのった皿を勇者候補達の前に置いていく。
『酒や甘味飲料等は従業員達に注文してもらえば大抵何でも用意できる。料理もフルコースを用意させてもらっているが、随時変更は可能だ。
それでは皆食事会を楽しんでくれ』
バルカンがそう言うとともに、勇者候補達は目の前に出された食事に意識を向ける。出された食事は色とりどりの葉野菜の上に赤、白、橙色の魚の切身が乗せられ透明なドレッシングがかけられたものであった。生魚は基本的に足の速さが原因で生食で提供されることは少ない、そのため内陸育ち者達はやや眉間にしわを寄せたりフォークには差したものの、口に入れることができなかった。
だがそんな中漁村育ちのシンシアは迷わず魚と野菜が突き刺さったフォークを口に入れ、咀嚼する。すると、
「!!お、おいしぃぃ……!!え、何これ刺身は脂がのって新鮮!!葉野菜もちょうどいい歯ごたえがあって心地いい!!それにこのドレッシングもちょうどいい酸味で……こんなの食べたこと……!!……あ」
幸せそうは笑顔で、頬に手を当て思わず大声レビューしてしまっていたシンシアであったが、周りの者達が彼女を注視していたのを認識すると、顔を赤くしうつむいてしまう。
そんな中シンシアの隣に座っていた鳥人の少年は彼女の声で目を覚ましたのか、大きなあくびをする。
「ふわぁ……!よくねた……。……あれ?これどうなってるの?」
「今食事会をしておっての?そこの料理がおいしいという話をしとったんじゃ。君も食べてみなさい」
ツェンに優しく諭されるまま少年はまだ半分眠っている眼を動かし目の前のサラダを見て、おいてあったフォークを逆手持ちで掴み料理に突き刺してかぶりつく。その瞬間彼の目が見開きそれと同時に彼は皿を持ち上げ流し込むように料理を口の中に一気に入れていく。マナーもへったくれもない行為であるが、彼の表情は幸福に満ちており頬を大きくしながら料理を味わっていた。
「ねぇおかわり、おかわりある?!おうとってかねもちなんでしょ?!もっとたべたい!!」
「もちろん頼めばおかわりがあるじゃろうが、まだ今日の料理は始まったばかり、もっとおいしい料理が出てくると思うからあらかた食べてみてから考えたらどうかの?」
その発言に少年は顔をぱぁっと明るくする。その様子を見た食べるのを敬遠していた他勇者候補達も恐る恐るといった様子で食事に手を付けるとほとんどのものは顔をほころばせていた。
その中には彼女たちの姿もあった。
「うんめぇ!魚って初めて食ったけどイケるじゃねえか!」
「…………確かに、うまい」
「……………まぁ、悪くないね」
砂漠地帯育ちでそもそも魚というものを食したことがないハムナスはもちろん、幼少期の出来事が原因で魚に忌避感を持っているミストもある料理店での失敗で魚の生食を嫌がっていたイレクトアも正直に料理の味を賞賛していた。
その様子を壇上から見ていたバルカンは小さく笑みを浮かべていた。
『さぁ、絶品の料理はまだまだ続く。思う存分堪能してくれ』
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そうして本格的に食事会はスタートした。オーケストラ隊が主張しすぎないBGMを演奏しながらも次々と料理が運ばれていくそれに伴い酒も配られていき徐々に勇者候補達の食事会は活気づいていく。
「ほぉカウン殿はナカハナの武官長でテンゲン殿はヒガシマの僧兵長殿でしたか。通りで威厳があると思いました」
「がっはは!!やはり分かるか!!いやぁ辛いのう、あふれ出る威厳は隠せん!!」
「それを言うなら貴公もすさまじい力強さを感じます。次の試験ではよろしくお願いいたします、ヨハン宮廷魔法使い殿」
28番テーブルのヨハン、カウン、テンゲンは成熟した大人の会話に花を咲かせていた。
「……なるほど、この魚のフリッター……調理法事態はシンプルだが中の細菌が死ぬ最低限度の火入れで魚の身をふっくらとパサつかないように仕上げてある。なかなかの腕だ……。君たちはどう思うか……って聞いてないのぉ」
「さっきのあまいすーぷもおいしかったけど、こっちもおいしいね、おいしいねおねえちゃん!!」
「お姉ちゃ……!!うん、そうだね!!ヒュミル君!!」
27番テーブルのツェン、ヒュミル、シンシアは楽しそうに料理を食べていた。
「みんな楽しそう。まぁそれはそうね侯爵令嬢でもめったに飲めない美酒の数々に絶品の料理、それに心地のいい音楽……はぁこれで後は素敵な異性と一緒に座っていればパーフェクトなのに、いるのが仮面男と陰気男とはね」
「相変わらずだなぁ君は。まぁ間違ってはいないですが。アクゥウィス君はもう食べないのですか」
「……ああ、もうすでに今日の摂取すべき栄養はもうとった。これ以上無駄な栄養をとる気はない」
19番テーブルのレイゼ、オルトラント、アクゥウィスは含みを持たせながらも自分たちのペースのままのんびりと食事や酒をいただいていた。
「ぷはぁ!!いやぁやっぱ酒は冷えたラガーが一番だな!!おーいおかわり!!しゃれた盛り付けにしなくていいから魚フライもな!!」
「安い居酒屋じゃないんですもっと慎みなさいこの山猿。……ついでにすみません。別の小皿……いえできれば大きめの器にタルタルソース入れて持ってきてください」
「あの…………王宮の料理なんですから…………そういうのはやめた方が…………ああ、聞こえてない…………」
ガイウス、ルイス、アージュもやや浮き気味ではあるもののこの食事を楽しんでいた。
他の勇者候補達も機嫌良く食事を楽しみながら歓談していた。それ故なのかどうかは分からないが、3番テーブルの彼女たちはいやな風に静かであった。
「いやぁ、うまいっすねぇ!!姐さん方!!いや宿舎の飯もうまいけど豪華さが違うって言うか…………ねぇ?!」
「………………」
「………………」
「ははは…………すみません黙ります」
ハムナスは積極的に話しかけなんとか今自分が座っているテーブルの雰囲気を変えようとしていたが、ミストとイレクトアは一言もしゃべらず黙々と料理を食べ、食べ終わると二人とも相手を見ないようにそっぽを向いてしまう。
二人とも先ほどまでは帰ろうとしたのだが、出てくる料理が彼女たちの想像を超えるほどの味であったため、帰ることができず残って食事をとっていたため、別段相手と仲良くしようという気はなかったのである。
そんな彼女たちにハムナスが困り果てため息をついている中、一人のウェイターが近づいてくる。
これが後の悲劇の始まりであった。




