旅立ちその2
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居住区の管理人に次回更新分までの家賃と書置きを、鍛冶師たちには魔導具の仕様書を書いた封筒が入った紙をそれぞれの郵便受けに入れたミストはこの町の入り口へと到着していた。そこには既にヴォルフ、サファイヤ、グランゼフの3名が待っていた。
「ギルマス……アンタ暇なわけ?わざわざ来るなんて……」
「はっ!来るに決まってんだろ?どんな形であれうちのエースの門出なんだぜ?他の奴らにも言えばよかったのによぉ」
「みんな疲れてるんだ。一人出て行く程度で休息の時間削らすわけにはいかないでしょ。……それにあの場にいた連中以外はみんなきっと恨んでるよ私のことを。
なんたって私は前世、一応世間一般じゃ人魔戦争劣勢の原因を作った戦犯だからね」
ミスト自身は自嘲するように笑いながらそんなことを言うが誰も笑うことなどできなかった。
元々ミストが最初グランゼフ冒険者ギルドに入る際、既に国家指名手配されていたキリア・カラレスであると気が付いたグランゼフは受付嬢たちと彼が認めたベテラン冒険者たち、後はミストのファーストコンタクトを目撃した者達のみに真実を教え残りの者達には「王都から迫害をされたため避難した野良魔術師、ミスト・クリアランス」という嘘の情報を流していたのであった。
「冒険者は学も生まれも前科も関係ない、冒険者ギルドの決めるルールさえ守れる強いやつなら誰でも大歓迎………ではあったんだが、流石に戦犯は隠蔽せざる得なかったからなぁ……」
「………ルーキー組の中には部隊陥落によって侵攻した魔物の群れのせいで家や畑、酷けりゃ家族を失ったやつらは少なくない。そいつらに憎しみぶつけられたら………流石の私も何もやり返せないよ」
「へぇ、いいこと聞きましたね、それ」
聞き覚えがあるその声にミストとグランゼフがその方を向くとそっちから青年を中心として比較的若い冒険者たちがこちらへと歩いてきた。その後ろにはライシャを中心とした受付嬢たち、彼らと同じくミストの詳細を知らなかった冒険者たちもおり、最後方にはバツの悪そうな顔をしているベテラン冒険者達の姿があった。
「な、お前ら………まさかバラしたのか?!昨日の件と今日の出て行くことは誰にも言うなって言っただろうが!!」
「す、すまねぇギルマス………俺らも我慢してたんだが……ライシャちゃんが……」
「………すいませんギルマス、このような勝手なことをしてしまい………でもみんなでちゃんと挨拶をするべきだと思ったんです。……もしかしたらミストさんに会えるのがこれで最後かもって思っちゃったら私……!!」
涙ながら語るライシャによって何も言えなくなったグランゼフを余所にルーキーの青年は真剣な表情のまま、ゆっくりと歩を進めミストの前へと立つ。その距離は、もし拳を振るえばそのまま彼女の頬にクリーンヒットする距離であった。
「昔、話したことがありますよね?俺の両親は軍部隊の一つが陥落したせいで入り込んだ魔物に殺されたって」
「……知ってる。そのせいでアンタは弟妹を養うために学校をやめて冒険者になったって話も」
「………何か、言い訳はありますか?」
「……ないよ。………私がいたところであの戦力じゃどうあがいても陥落してた、だからしょうがない。………なんてのはあんたやあんたの両親への侮辱だからね。
………やんなよ、アンタにはその権利がある。」
ミストは目をつぶり手に持っていたケース型魔法具を手から離し完全無防備になる。対して青年はそうですか、と吐き捨てこぶしを握り、それを力強く振るうとバシッッ、という鈍い音があたりに響いた。
だがミストは痛みを感じていない、どういうことかと目を開けた彼女に視界に映っていたのは青年の右こぶしが前に出された彼自身の左掌に打ち付けられていた、という光景であった。
「……何のつもり?」
「………正直言いたいことは山ほどあります。………でも荒事なんて縁がなかった俺が今日まで生きてこれたのも、あなたの指導や作ってくれた魔導具のおかげです。後ろのみんなも多分同じ気持ちです。だから、
ありがとう、ございました……!!」
『ありがとうございましたッッ!!』
涙を我慢しながら青年が頭を下げると、後ろのルーキーたちも一斉に頭を下げてミストに対し謝礼を行う。予想もしてなかった光景にミストが困惑する中、さらに二人の人物が小走りで向かってくる。
一人は居住区の管理人をやっている中年の女性。手にはバスケットが下げられていた。
もう一人は鍛冶場で働いている鍛冶職人の頭を務めている老人。手には鞘に収まった刀剣とメモが握られていた。
「やっと間に合ったわ!!たまには早起きするものね!!ミストちゃん!!あんな書置きだけでサヨナラなんて水臭いじゃない!!これ、簡単だけどサンドイッチ作ったから食べて頂戴!!」
「小娘。お前が書いた魔導具の仕様書感謝する。礼、というわけではないがこれを持って行け。儂が冒険者時代に持っていた希少金属の刀だ。もう昔ほどの切れ味はないがお前ならいくらでも再利用できるはず。後これは王都で働いている息子の店の住所だ。何か役に立つかもしれん」
「何で……こんな……」
「なんでって決まってるじゃない!!ミストちゃん口は悪いけど素直で優しい子だなんてことはみんな知ってるんだし、この程度はして当然よ!!」
「……若い衆からお前についてのあらかたは聞いた。ただ儂らは王都が責任逃れで流した情報よりも実際に見て感じたお前を信じている。………それだけのことだ。」
二人の言葉を聞き終えたミストはゆっくりと周りを見る。グランゼフ、ライシャ他受付嬢たち、ベテラン冒険者たち、皆一切悪意のない笑みを浮かべていた。それを確認し終えたミストは彼らに背を向けると何かを耐えるように顔を上へと上げる。しばらくその状態でいたが、溢れそうになる何かに耐えきったのかゆっくりと息を吐き、再び彼らの方を向いた。
「………どいつもこいつもお人好しばっか………そんな奴、王都じゃ三日で骨の髄までしゃぶられるよ?………でも、まぁ、その、あれだ……。
………ありがとう。………行ってきます」
若干恥ずかしがりながらもミストは彼らへと告げると、皆さらに和気あいあいとした雰囲気となり、最後に声をそろえてミストへとエールを送った。
「そんじゃあ、お前ら!!あわせろよ!!ふぅ……いっせーのーせっっ!!」
『行ってらっしゃいッッ!!!』
*
こうしてミストがグランゼフ冒険者ギルドから王都に向かって旅立った時の同じ頃。王都にある国立魔法学園、旧校舎。そこでは一人の生徒が座り込み複数の生徒に囲まれていた。座り込んでいる生徒は桃色の髪をポニーテールに纏め他の生徒も着ている金縁白色の制服の下に赤色のベストを着こんでいる恵体を持った少女であった。その少女はボロボロであり抵抗や防御する力も残っていないのか、浅い呼吸を繰り返すのみであった。
一方彼女を囲んでいる生徒たちはこの陰惨な状況を作った張本人であるにもかかわらず、その表情には一切の躊躇いや罪悪感は見られず、刺々しい怒りを倒れ込んでいる彼女へと向けている。そんな生徒たちのうちの一人、リーダー格と思われるスレンダーな金髪の少女が前に出るともう動かない彼女の頭を踏みつけ踏みにじる。
「………どうかしら、シンシアさん?私にあれを、譲ってくれないかしら?」
「………いや、だ。これは、アタシの………!!」
少女シンシアが右手の甲を庇うように丸まりながら拒否すると、再びスレンダーな少女は再び指示を出すと他の生徒達は再びシンシアへの暴行を再開するのであった。
痛みに耐え、小さなうめき声を上げるしかできないシンシアを見下ろしつつスレンダーな少女は嗤う。
「そうですか。まだ勇者紋を譲っていただけませんか?じゃあもう少し交渉を続けるしかありませんね。……でも本当にいるのですか、貴女にそんなものが。
魔力を生み出すことはできても、その魔力を魔法に昇華できない、貴女なんかにさぁ!!!」
激しい罵倒と共に再び振り下ろされたスレンダーな少女の力強い踏みつけによって、シンシアの意識は闇に葬られたのだった。
第1章 追放されし魔術師 完
次回
第2章 欠陥魔法使い へ続く。




