追放魔術師 キリア・カラレスその1
「キリア・カラレス第一斥候部隊隊長。何か、申し開くことはあるか」
人間領魔族両境界の森林地帯に作られたキャンプ地。そこに建てられた軍用の大型仮設テントの中、大勢の部下を回りに配置しつつ男の重苦しい声が響く。男は30代前半程度であり長身の背丈に神経質そうな顔が特徴的でありその視線は両腕を目の前に座らされるいる少女へと向けられていた。
その少女、キリアは青色の髪に白いメッシュが入ったロングヘアをしており瞳も青く透き通っていた。両腕を後ろで拘束され周りには武装をした男10数人に囲まれているという状況ではあるもののキリアは一切動じておらず、むしろ呆れたようにため息をつく。
「申し開くこと、ね。………じゃあ聞くけどさ、これって最近この部隊での金品や食料が何者かに盗まれていて、私に容疑がかかっているって話でいいよね?
………そんなことすると思う?こんな、戦争の真っただ中に」
心底蔑むかのようにキリアは言い放つ。
現在彼女の国である人類統一国家と魔族による戦争が起こっており、今キリアが所属しているこの部隊も魔族との戦争における最前線部隊の一つなのである。実際に昨日も大規模な戦闘があり奇襲が成功したにも関わらず、死傷重傷者は既に全体の2割を超えていた。
確かにこんな危機的状況時にそんなコソ泥なような行動をするなど、キリアでなくともバカげていると思うであろう。
「確かに、国の存亡がかかっているこんな状況で………コソ泥行為をするものがいるなど信じたくなかったよ。
だが証拠はある。あれを」
男が命じると部下の一人が掌をかざし記憶映像を出現させる。そこには魔族との戦闘の際に手に入れた金品を保管している倉庫に侵入し手元に持っていた袋に詰め込んでいたキリアの姿が見られた。
「この映像は記憶魔法によって生まれたものだ。改竄は不可能。それに加え部屋にはこの映像に移っていた袋と同じものが隠されていたのを発見した!これでもなお、言い逃れをする気か……?!」
「……記憶の改竄は無理でも、変身魔法を使えば私の姿に化けられる。ほら立ち姿だって見れば私じゃないってすぐにわかるでしょ。それに私が物を隠すならもっとまともなところに隠す。わざわざ見つかるような場所に隠すわけない。………ねぇ、いい加減にしてくんない?明日だって魔族たちは攻め込んでくる、こんな茶番なんてやる暇があるとでも………」
「黙れッッ!!」
突如キリアの声を無視しして男は彼女の腹部に向かって蹴りを繰り出した。あまりにもいきなりの攻撃にキリアも反応できず腕も拘束されているため、まともにガードもできずにくらってしまいそのまま後ろへと蹴飛ばされ、その衝撃のままテントから飛び出してしまった。
衝撃のあまりせき込むキリアであったがその後も男の攻撃は続き、彼女の顔や体を踏みつけながら怒鳴り散らす。
「こんな茶番をしなければならない状況を作ったのは誰だ!!お前が自らの私服を満たす愚行を侵したせいでそれによって部下たちに不和が生じ、この第4前線部隊は今期最低の戦績を記録することになったのだぞ?!一等魔法使いである私の、国の足を引っ張って楽しいか?!この魔術師め!!!」
「しょ、将軍!!おやめください!!相手は拘束しているんですよ?!これではただの私刑です!!」
「黙れ!!一秘書程度が私に指図するな!!」
キリアに暴行を振るい続ける将軍を止めようと長い青髪の女性が割って入るが、将軍は彼女を乱暴に突き飛ばしそのままキリアへの暴行を続行する。暴行は1分ほど続きキリアが動かなくなったところで将軍は満足したのか荒い息を正し部下たちに命令する。
「………この女を簡易牢屋に閉じ込めておけ。明日の明朝に王都へと証拠品と共に転送し、転送後、我が部隊からの正式追放とする。
………どうした早くしろ!!魔術師の不快な顔をこれ以上私の視界に入れるな!!」
「はっはい!!」
将軍の怒鳴り声を受けた下級軍人たちはキリアの腕と足を雑に持って運びそのまま捕まえた魔族や魔物を閉じ込めておく簡易牢屋がある方へと連れて行く。
この時キリアは僅かに動く思考の中、心の中で吐き捨てた。
(………実力主義を謳う、軍隊でも魔法使い……魔術師か……。やっぱりこの世界はクソだな)
*
この世界にはとある異能の力、魔法と呼ばれるものがある。火種なく一瞬にして炎を生み出し、砂漠で大量の水を湧き出させ、風を使って空を飛び、土を操り要塞を築く。できぬことなどほとんどない神の祝福と呼ぶに等しい御業であった。当然魔法を使える人間は稀少であり使える者達は魔法使いと呼ばれ恐れ敬われていた。
そんな魔法が生まれてから10数年後、魔法=神の祝福、という図式を一発でひっくり返しかねない事件が発生する。
その男は魔法を使うことができない人間であった、はずだった。しかし彼が手に持っていた指揮棒を振るった瞬間炎が水が風が土が生み出され、踊るかのように動き始めてのであった。まさに魔法でなければできない御業、しかし男はこれは魔法ではないと宣言し自分の指揮棒を見せた。
男はその指揮棒を魔を使えぬ人々を導く道具、という意味を込めて魔導具と呼び自分が魔法を使えるようになったのはこの棒のおかげだと言ったのであった。実際手渡された棒を子供が振るうと男と同じような現象が発生したのであった。
男は言った。魔法とは空気中に存在する魔素という原子を吸収して魔力を生成できる人間によって行使される、ならばその行程全てを行える道具を生み出せば魔法を使えない人間でも魔法と同じことを行使することができる。さらに脆い人体ではなく道具ならばもっと高性能な魔法を行使できる。
これこそが魔法を代替する技術、魔術である、と。そして自分は魔法を作る技術師、魔術師であると。
これを聞いた魔法使いたちは怒り狂った。自分達が神の御業と信じた魔法を人間の科学如きと同レベルであると言い放った男を殺そうと考え、実行した。魔術師の男も予想はしていたのか研究仲間とともに魔道具を以って迎え撃った。
魔法使いと魔術師の戦いは人類の統一国家となった現在でも類を見ない内戦となり、共に大勢の死者を出し続けていたが、結果としてこの内戦は国の全面的なバックアップを受けることができていた魔法使いの勝利で幕を閉じた。
これにより魔術とは神を冒涜した禁忌の技術となり闇に葬られるはずであった。しかし現代から約50年前、人間領を侵攻し、当時最強の魔法使いを撃破した魔王をとある隠れ魔術師が倒したことによりその存在は再び日の光を受けた。
流石に国を救った勇者に弓を引くわけにはいかず、国も制限込みで魔術の研究、普及を許可することとなり折り合いをつけていくこととなった。
しかしそれでも、魔法使いの魔術師に対する差別感は今なお残り、くすぶり続けていたのであった。