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廃王子と処刑人~アデリシア王国奪還記~  作者: 長月そら葉
最終章 アデリシア王国
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第54話 同族の裏切り

「なんて奴だ……」

 崖の上から戦いの一部始終を見ていたロッサリオ王国の兵士の一人が、ふと漏らす。決してあなたたちを傷付けさせない。そう約束したあの王子は、確かに約束を守ったのだ。

「あっ」

 同様に、反対側のグーベルク王国軍側の兵士も気付いた。弦義が東西の協力者たちに向かって、ぺこりと頭を下げたのだ。

 思わず礼を返した兵士は、上官が帰還命令を出したのをきっかけに踵を返した。

「亜希、直士。私たちを連れて行け」

「「――はっ」」

 両軍が引いたのを確かめ、弦義は二人の元将軍補佐官に命じた。その威厳ある姿勢に、二人は従うより他はない。

「クッ……」

 直士は一瞬、弦義たちの隙を探した。しかし、五人はそれぞれの得物を構えたままでこちらを見詰めている。その姿に、隙などあろうはずがなかった。

 気絶した部下たちをその場に残し、亜希たちは辛うじて意識を保っている者に後処理を命じた。その時、誰一人として血を流していないということに気付く。かすり傷くらい作っている者は多いが、重傷を負っている者は一人もいない。

(いつでも殺すことは出来たはずだ。何故、殺さなかった?)

 亜希は、自分の後に黙ってついて来る廃王子をちらりと振り返る。足を止めることなく、彼に「一つ、尋ねても?」と問うた。

「答えられるものならば」

「……何故、誰一人傷付けなかった?」

「彼らは、私たちが倒すべき敵ではない。ただ利用される者たちの命を奪って、得るものなど何もない。得るのはただ、憎しみと怒り、悲しみだけだ」

「……お前、否、あなたと野棘様の違いは、そこにあるのかもしれないな」

 ぽつりと亜希が呟いた言葉は、弦義には届いていない。しかし彼の背筋が伸びて空気が変わった事だけは、弦義たちに気付かれていた。


 部屋に置かれていた梟の文鎮が、勢いよく壁にぶつかった。それを投げつけた男は、肩で息をしながら鼻息を荒くする。

「ふざけるなよ、廃王子が! 我が国を踏み荒らすことなど、私は許さんっ」

「野棘様、荒れておいでの所を失礼致します」

「……継道か。何の真似だ?」

 目の前に立つ側近だった男の姿を見て、野棘は問う。彼喉元には継道が突き付ける剣の切っ先があり、数センチ動けば斬り裂かれかねない。

 はっきりとした殺意が、継道の全身から溢れる。それを真正面から受け、野棘は笑いがこみ上げてきた。

「くっ……くっくく」

「何が可笑しい?」

「可笑しいだろう? 傍で長く支えてくれるのではないか、そう信頼していた部下に裏切られたのだ。笑いがこみ上げて仕方がない」

 可笑しい。そう言いながら、野棘の全身から巻き起こる気配は怒りだ。激しく波打つ荒波のように、継道を呑み込もうとうなりを上げる。

「……ここに、お前が廃王子と蔑む弦義がやって来る」

 冷汗が背中を伝うのを自覚しながら、継道は淡々と言葉を紡ぐ。

「お前は、もう終わりだ。そして僕も……《《古来の血統は、絶える》》」

「黙れ」

 継道の剣が、野棘のものよりも速く目標を捉える。つ、と野棘の首に血が流れるが、それだけだ。

「……夢は、絶えたのです」

 腹を横一文字に斬られ、継道は倒れ伏す。血だまりが広がり、その中で彼は事切れた。

「夢などではない。我が血は、我らの血は、絶えてはならないのだ」

 細い首筋の傷を拭い、野棘は部屋を出た。血のにおいを全身にまとわせ、敵の元へと赴く。

 王城に仕える者たちは彼を目撃したが、誰も野棘を止める者などいなかった。例え止めようとしなくても、近付くことさえ出来ない。

 何故なら刃の届く範囲の者たちは皆、一様に殺されたからである。

「弦義……。我が国を再び奪うというのなら、その命を散らせてくれよう」

 鬼人と化した野棘の前に憎き弦義が現れたのは、その後すぐのことだった。


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