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第4話 那由他の正体

「こんばんは、那由他なゆた

「……またお前か」

 無感情に近い表情で弦義つるぎを迎えた那由他は、格子戸の向こう側に腰を下ろした弦義を一瞥する。そして、微笑を浮かべる彼を見て目を瞬かせた。

「どうして、今夜も来た」

「今日も処刑戦があっただろう。相手は大男だったし、腕力で捻じ伏せようとしていた。きみに怪我がないか心配だったんだ」

 今朝も罪人を処すための処刑戦が開かれた。那由他の相手として現れたのは、強盗殺人を何度も犯したという逆三角形の体躯の大男だ。その体に見合う巨大なハンマーを振り回し、思いの外素早い動きで那由他と対峙していた。

 処刑戦の話をすると、那由他は左の袖をめくって見せた。弦義が身を乗り出すと、何かに肌を引き千切られたような傷があった。血がようやく止まった直後なのか、痛々しい。

「それは……」

 言葉を失う弦義に、那由他は袖を戻しながら淡々と言う。

「よくあることだ。そんな顔をしなくていい」

「だがっ、そんな大怪我をしたら……」

「俺は死なない」

 感情を籠めず、那由他は言う。

 弦義は首を傾げた。それだけの大怪我をすれば、ショックや出血多量で死んでもおかしくない。そもそも、生身の人間がこんなに不衛生な場所に十分な食料も水もなく閉じ込められてあの力が出せるわけがない。

「死なない? それってどういう……」

「俺は、《《ホムンクルスだから》》。この程度で、死ぬことはない」

「!」

 弦義の疑問は氷解した。那由他はホムンクルス、つまり人造人間であるから、ただの人間よりも強く丈夫で、多く食べる必要がないのだ。全てのホムンクルスにこれが当てはまるのかはさて置き、那由他はそうなのだ。

「だ、だけど」

 なおも、弦義は食い下がる。那由他という不思議な存在を少しでも知りたい、その一心で身を乗り出す。

「ホムンクルスを造る技術は、大昔に失われたと聞いた。それこそ神話の時代にまで遡るような魔法だ。なのに、何故きみはここにいるんだ?」

「それは―――」

 那由他が口を開いた、まさにその瞬間。地下牢の入口付近で物音がした。次いで、人の話し声が聞こえる。

「全く、上官がやればいいのにな」

「仕方ないだろう。これも俺たち下っ端の仕事だよ……」

(まずい)

 弦義は那由他に「その話はまた次に」と早口で言うと、すぐさま暗闇に身を紛れさせた。気配を極力消し、見張りの隙を突いて地上へ出る。

 今夜は新月だ。闇に紛れて城の自室に戻って来た弦義は息をつく。ベッドに仰向けに転がり、目を閉じた。

「ホムンクルス、か」

 那由他はただの人間ではない。それを知っても尚、弦義の気持ちは変わらなかった。

「やっぱり、彼と友になりたい。王子という立場を忘れて」

 自分の呟きに苦笑し、弦義はゆっくりと眠りにいざなわれていった。


「ほらよ」

 弦義が姿を消してすぐ、那由他の前には硬くなったパンが二つ投げ出された。顔を上げれば、二人の屈強な兵士がこちらを見下していた。

「……」

 そっと手に取り、眺める。那由他のその仕草をどう取ったのか、兵士の一人が軽蔑の眼差しで唾を吐いた。

「ケッ。おい、さっさと行こうぜ。こんな言葉も喋れない獣みたいな奴、同じ空間にいるってだけで鳥肌が立つ」

「わかっているさ。じゃーな、野獣」

 ゲラゲラと品悪く笑いながら、兵士たちは持ち場に戻って行く。その後ろ姿に興味のない那由他は、パンについた汚れを払って噛み付いた。生地はパサパサで硬いが、食べられないわけではない。

「……」

 那由他は咀嚼し終わると、静かに目を閉じた。頭の中で、弦義との会話を反芻する。

 昼間の処刑戦を思い出すことはないが、何故か弦義との話は何度も頭の中に現れる。些細な言葉さえ、那由他にとっては特別なものになっていた。

「また、会えるかな」

 わずかに上がった口角。那由他は無意識だったが、それは彼にとって大きな変化だ。何者にも知られることのない地下牢の闇の中、那由他の規則正しい寝息だけが聞こえていた。


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