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7.オーレリア自室


「オーレリア。」


オーレリアは写真立てを静かに元あった位置に戻した。

哀愁に浸っていたことを微塵も感じさせないように、いつも通り、堂々とした態度で向き合った。


「姉上と呼んでと言っているでしょう。」

「ですから、人前ではそう呼んでいます。」


すぐに返事してくる義弟に、かわいくないわと鼻を鳴らせば、いつもはすぐに用件を口にするレオナルドが続ける。


「ああ、それに。養子縁組を破棄するんでしたっけ?私と貴方は戸籍の上でも他人になりますし、姉上なんて、呼ばなくてもよくなる。」


言葉につまったオーレリアに、レオナルドは詰め寄る。

いつになく嫌味な感じだとオーレリアは思う。だが、なんて返せばいいのかわからない。

その通りだからだ。


「あなたがそうしたいのならすればいい。」


レオナルドは言った。


オーレリアはレオナルドの声に怒りの感情を感じたが、どうして彼が怒る必要があるのかわからなかった。


レオナルドは手をオーレリアの頬にあて、指の腹で肌をなぞった。

ありえない距離だった。

どちらも、いま、婚約者がいない状態で、危険だった。

ドアは空いているだろうか?この義弟はしっかりと開けただろうか?

室内に侍女はいなかった。


オーレリアは顔が動かせない。

頬に添えられ手を払って後ろを振り向くのは、この義弟の前では不可能だった。


彼は突き放すようなことをいいながら、切ない表情で義姉を見下ろしていた。

瞳の中にいままでに感じたことのない感情を読み取って、オーレリアは不思議に思った。


「それよりも、王家はなんて?」


いつまでもあの雰囲気にいるのはおかしくなりそうだった。

オーレリアは切り出し、レオナルドは無表情に手を離した。


「第一王子の身勝手な行動に謝罪を。本人も反省し直接謝罪したいといっている。

キャンベル公爵令嬢に責はないことをあらためて強調し、婚約破棄の撤回を打診しています。」


レオナルドは試していた。

義姉がどう受け取るかによって、覚悟を決めるつもりだった。つまり、気持ちを隠さない覚悟を。


「破格の待遇ね。」


オーレリアは茫然とつぶやいた。

まさか王太子の独断とするつもりなのか。一晩で方針を転換した?考えにくい。

ならば本当に、婚約破棄は第一王子の独断だった?

第一王子は、私のしたことを陛下にお伝えしていないのか。

彼と陛下に、認識の違いがある?


「どうされるおつもりですか?」


考えに集中していたオーレリアはいぶかしむ義弟を見上げる。


「どう、とは?」

「ですから、婚約しなおすのですか?」


婚約しないメリットがあるだろうか?


今死んでは内部事情をしる者にとってつじつまが合わなくなるし、公爵夫妻も疑問をもつだろう。あんなにお優しいのだから、責任を感じてしまうかもしれない。

しかし、この謝罪こそが陛下の独断ならばヘヴンとやり直しできる可能性は低い。


あんなに嫌われているのだから、陛下の在位中は陛下が気をつかってくれたとしても、その後もオーレリアが王妃でいられる確証はない。廃位などされれば、それこそ家名に傷がつく。

いや、そのとき自死すればよいのか?

夫に愛されなかったが国に貢献した悲劇の王妃なんて、物語ではありがちではないだろうか。

なかなか魅力的な案にオーレリアは表情を明るくした。


対して、婚約破棄の撤回を受け入れない未来にメリットはほとんどない。

こんなにも下手に出ている王家はプライドを傷つけられキャンベル家と溝ができるし、オーレリアの名誉は挽回できない。

いや、結局、元の状態に戻っただけかもしれない。

自死、、、。

待て待て、ここで撤回を断っておいてその後に自死するなんて言うのはそれこそ矛盾する。

つまり、オーレリアにとれる選択肢は婚約破棄を撤回する道だけだ。


オーレリアは毅然と答えようとして、声を詰まらせた。

合理的なはずなのに、なぜだかざわざわと胸が揺れる。


ストレスなのだと、オーレリアは気が付いた。


もう一度あの生活に身を浸すのが。

虚勢を張り、情報戦を生き抜かなければいけないあの日常を。どこからもだれからも見られていて、ほころびを許さない人々の目を。

私は恐れているのだ。



「お父様に任せますが、破棄を撤回してもらうデメリットはありません。」


オーレリアは自然に告げた。


「そうですか。」


レオナルドもつとめて自然に答えた。たいして興味はない、というように。


「でも、それでいいのですか?

婚約者にあそこまで言われて、愛せるのですか?」

「愛す?愛する必要なんてないわ。政略結婚だもの。私は公爵家に貢献できたなら、それで満足よ。」

「でも、昨夜は死のうとなさっていた。」


オーレリアの頬がかあっと赤くなる。恥ずかしかった。

レオナルドは義姉の、めったにみせない素直な反応に目を丸くした。


「あれは、キャンベルにとって最善だと思ったから、、、。」


そこまで言ってオーレリアは言い過ぎたと口を覆う。

これではまるで、自分が家門のために死のうとしていると自供しているみたいではないか。

義弟にいらぬ責任感を与えてしまうかもしれないし、今後もしものことがあった時に自死を防がれてしまうのは避けたかった。


「キャンベルにとって、、、?」


レオナルドは呆然と立ち尽くした。


己の不名誉を嘆いてのことではなかったのか。家門のために?


この人は、名誉をなによりも守る人だった、そう思っていた。

いつも誇り高く、堂々と、王太子の婚約者としての体面を重視していた。


しかし、王太子の婚約者になる前の彼女はどうだっただろうか。

自分のことにあまり頓着しない人ではなかったか。


婚約者になって心情も変わったのかと思っていたが、もしそうでないのなら。


「第一王子との仲がうまくいっておらずとも隠したのは、プライドのためだと思っていましたが、もしかして…」


どうでもよかったのか?


自分がどう扱われようと、婚約者の名前にキャンベルがあれば満足だったのか?


レオナルドは目の前が真っ白になる。自分は義姉を全く理解していなかった。

この人の幸せははじめから、王宮にはなかった。



オーレリアは心情を暴いていく義弟に冷や汗をかく。


これ以上余計なことを話しては、なにもかも明らかになってしまいそうだった。

逃げ出したかった。

後退したオーレリアの腕を、強い力でレオナルドはつかんだ。

素手だ。距離感がおかしい。


「どうして、そんな風に、、、」


歯切れが悪い。

珍しい様子のレオナルドに冷静さを取り戻したオーレリアは眉をひそめた。顔は心なしか青く、うまく整理がついていないようだった。


ショックを受けている?

彼がどうして?


「家門のことを考えるのは、貴族なら当然のことだわ。まして私は養ってもらっている身です。生涯をキャンベルに捧げる覚悟よ。」

「なにを、、、。」

「なにに驚いているの?貴方だってそう思っているでしょう?」


たしかに貴族ならば当然のことだ。


だが、自死?

どこかズレていないだろうか?


「だから自死を選ぶと?」

「ですから、あの場では最善だったはずだわ。」

「父上と母上が、、、どんなに悲しむとお思いですか。」

「そのときは悲しんでくださるかもしれないわ。」


オーレリアは理解できないと詰め寄ってくる義弟に、少しムキになって返した。


「でも婚約破棄なんて都合が悪すぎる事、私が死ぬだけで解決してしまうのよ。

悲劇の令嬢として同情を集め、キャンベルは被害者を名乗れる。


王家を糾弾することはできないでしょうけれど、私はこれまでに責められるようなことはしていないはずよ。少なくとも多くの貴族にとって王家の心証は悪くなるわ。


親王権派のキャンベルがそれをかばえば、忠誠に厚いと評判も上がるでしょう?悪いことなしだわ。」


はやく開放してほしくてオーレリアは一息で話す。

なにも間違ったことは言っていないはずだ。


「そう、ですか、、、。」


レオナルドは手を放し、何を言うのかと警戒するオーレリアを無視して魔方陣を展開する。

瞬間的に彼の周りから大量の魔力が発せられ、思わず目を閉じたオーレリアが再び目を開けた時には、すました顔で立つ義弟がほほ笑んでいた。


「私はまだ父上と話があるので行きます。しかしオーレリアはこの部屋から出ないでください。

ペンなどのとがったものを触ることも許しません。

いいですね?」


レオナルドが偉そうに言うのを、オーレリアは驚いて見つめていた。

彼が魔術を使っているところを見たのは何年ぶりだろう。


「聞いてますか?」

「え、聞いてるわ。ごめんなさい。ええと、どうして?

出ないけれど、別にいいじゃない。」

「駄目です。」


レオナルドは言いながら部屋を出ていく。オーレリアは少しムッとして、レオナルドの後をついていき、ちょうど廊下に出るところで弾かれる。


「!?」


レオナルドはフッと笑った。

解除できるものならやってみろとでもいいたげな憎々しい顔をしている。


オーレリアはちらりと窓を見て、どうせここにも魔術の効果は及んでいるんだと察する。


この義弟、魔術に関してはほかの追随を許さないほど天才だ。

オーレリアがあがいたところでどうにもならない。


オーレリアは踵を返すしかなかった。

自死の機会が著しく減ったことにこのときはまだ気が付いていなかった。




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