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5.王宮執務室

「なんてことをしたんだ!」


報告を聞いた現王オリバーは頭を抱えた。

まさか、ここまで不仲が進行していたとは。


「まあ、落ち着きましょうよ。」


王妃のソフィアは、いつになく取り乱すオリバーに向かい合って紅茶を含む。

学園のパーティーが終わって、もう夜遅い。

よく寝る彼女にとって、この時間帯の話し合いは避けたかった。


対してオリバーはのんきな王妃の様子にストレスが蓄積する。

他国の王女であったソフィアは、まだこの情勢の危機感が理解できないのだろうか?

いまキャンベルの支持を得られなければ、傲慢なモウブレー公爵家がキャンベル以下の親王権派を取り込もうと動くかもしれない。

万が一、全てがうまくいってしまえば王家の権威は失墜、モウブレーによる政権がしかれ王家は傀儡政権に成り代わる。

最悪の未来が想定されたオリバーはぶるりと身を震わせる。息子の治世をよりよい形で迎えさせる自分の義務だと思っていた。


「くそっ、ヘヴンを呼べ!今すぐに!」


王妃の言葉を無視して、オリバーは声を荒げる。

すぐに困惑顔のヘヴンが側近とともに姿を現した。

夜遅くにどうして、そう言いたげな表情にオリバーは青筋がぴくぴくと動いた。


「婚約破棄とはどういうことだ、貴様、私が整えた環境を台無しにするつもりか!」


着席したヘヴンはなぜ自分がこうも叱られるのか全く理解できなかった。

婚約破棄?オーレリア・キャンベルの話をしているのだろうか?

あれの素行不良は父上も知るところだろうに?

あ、そうか、とヘヴンははっとして、反省の色をにじませる。


「すみません父上、私が愚かでした。」


オリバーは一転して素直に話す息子に、わずかに拍子抜けしたようで、頭が冷えた。


「そうか、理解したか。」

「はい、父上。婚約破棄直後に別の女性と踊るなんて、節操がないと思われても仕方ありませんよね。」

「、、、。」

「しかし父上。少し紹介が遅くなってしまいましたが、彼女は私の大切な女性なんです。私は真剣です。

身分は男爵と確かに低いですが、彼女となら人間的にも私は成長できますし、オーレリア・キャンベルと違って」

「どうしてそんな話になる?」

「え?彼女の話ではないのですか?では何を…婚約破棄が納得できないのですか?」

「納得できないもこうもあるか?政略結婚をどうしてお前の一存で覆せると思っているんだ。」

「それは、だって、彼女に王妃の素質がないことは社交界では周知の事実です。」

「…お前には、素質がないのか…。」

「はい?」

「貴族社会に流れる噂の真偽を見破るほどの素質はないのかと言っているんだ。」

「え?う、うそではありません」

「はあ、もういい。お前の側近たちを処罰しよう。…不仲だといっても所詮は政略結婚だと放置していた私にも責任はあるか…」

「ち、父上!お待ちください、何の話か」

「黙れ!」


オリバーの怒号がヘヴンを震え上がらせた。


「おい、ジャンを呼べ。この婚約を白紙にするわけにはいかない。早朝キャンベル家に使者を送り、破棄の撤回を求めさせる。」


側近のジャンが部下に指示する中、ヘヴンは頭が混乱したままだ。


「父上、どういうことですか?なぜ婚約を続行させようと、、、

オーレリアは籍こそキャンベル家ですが、生家はエッツォ子爵家です。情勢をご心配なさっているようならば、問題はありません。婚約破棄の責がオーレリアにある以上、むしろキャンベル家は挽回を図り王家に忠誠を誓うでしょう。」


オリバーは話が通じない息子を衛兵に引き渡し、諸々の報告と書類を用意するために執務室の机についた。今夜は眠れないだろう。


「そういえば彼女、養女だったわね。でも彼女、社交界での評判は上々だったはずよね。」


退室する前、あくびを噛み殺し、ソフィアは思ったままを口にする。

オリバーは書類から顔を上げずに答える。


「彼女はキャンベル公爵家の跡継ぎとなるべく、親戚から引き取られた正当な養女だ。

すぐに嫡男が生まれてしまったあとも、キャンベル夫妻が彼女を手放さなかったほど愛された子供だということは有名だ。

それに、彼女はなにもかも優秀で、、、」


続けようと顔を上げたオリバーは、こくりこくりと眠たそうに頭を前後させる妻の様子を見て、侍女に部屋に連れて行くように指示した。

優秀な彼女が王家に入ってくれれば、ヘヴンの治世はさらに安泰であるように思われた。

当の本人が、男爵令嬢にうつつを抜かしているこの状況にオリバーはずきずきと痛む頭を押さえたのだった。




「陛下、ギュロスター公爵閣下がいらっしゃいました。」

「兄上が?」


働かなくなってきた頭を切り替えるために、夜風にあたっていたところにジャンが伝達にやってきた。


「オリバー、こんな深夜に申し訳ない。」


執務室の入り口にギュロスター公爵のノヴァが姿を現す。

オリバーは心底嬉しそうに部屋に招き入れ、書類を視界に入れないためにソファに座った。


「兄上こそ、どうなさいましたか?何か問題でも?」

「問題といえば、問題なのかもしれないね。…第一王子の婚約破棄の騒動を耳にしたんだ。」


オリバーはにこやかな笑みから一転、あぁ…と眉間に手を寄せる。

今まさに直面していた問題が一瞬にして頭痛に変わる。この手の噂の勢いはやはりすさまじい。


「君はきっと、いろいろな手回しに忙殺されていることだろうと思ってね。貴族の社会に噂が回るのは早い。翌日になれば噂は事実として受け入れられる。

そこを理解している君ならば、すぐにでも動いていると思ったんだ。

ささやかではあるが、私にも手伝わせてくれないか?力になりたいんだ。」


オリバーは感動に涙があふれそうだった。

愚かな息子は、事態を深刻に受け止めていない。この兄だけは常に自分の理解者であった。


「兄上、ありがとうございます、なんと感謝を申し上げてよいのか。」

「いいんだよ、たった二人の兄弟じゃないか。

この状況、モウブレーが出てきたら困るし、協力していかなければいけない。」

「兄上、、、。」


そうだ、いつも兄上は状況を正しく理解していた、オリバーは思い出した。


「でも、兄上、キャンベル家が撤回を受け入れるかが不確定です。

大衆の眼前で婚約破棄された彼女が傷を負っていないとは考えにくい、可能性は低いですがキャンベル家は彼女を守ろうとするかもしれません。それならばむしろ婚約破棄はそのままに、別の婚約、、、」

「オリバー。」


ノヴァの静かで固い声に、オリバーは思考をやめて兄を見上げた。

小さい時から思考が偏りがちなときに、こうして兄が頭をクリーンにしてくれた。


「それは悪手だ。今回の婚約破棄、それ自体が社会ではうまく受け入れられていない。

キャンベルの令嬢だけではない。第一王子にも悪評がつくと思う。

二人が再び婚約を結びなおすことが最善だと思うよ。」

「そう、、、ですね。ヘヴンの独断であることは確かです。」

「うん。迷っている暇はないよ。一刻も早く手を打たなければ。」

「はい。」


そうして翌朝、王家からの使節がキャンベル家の門をたたいたのだった。



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