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3.オーレリア自室


目を覚ました。

見知った天井。公爵家の自室だった。

なんとか起き上がって、今が朝であることを知り、オーレリアは唐突な吐き気に口を押える。

帰ってきてしまった。

というより、こんな私が、まだここに居座ってしまっている。

オーレリアに昨夜、宮殿を出てからの記憶はなかった。


「なんてこと」


寝起きで上手く頭が働かないが、現状のへの忌避感だけは確かだ。


重い体をどうにかベッドの外に移動させると、部屋の隅にいたのか、侍女が大きな声を出す。


「お嬢様、どなたか来てください!」


普段は黙って仕事に徹するこの侍女が、起きたばかりの主人に向かって大声を出したことは今まで1度だってなかった。

振り向くと侍女は私に向かってではなく、ドアにむかって叫んでいるようだ。

まるで私が起きたことを周囲に知らせるようだった。

そうか、オーレリアは思う。


王家に婚約破棄された自分は、この家にとってお荷物でしかない。貴族のうわさは広まるのは早い。ならば貴族家も家名全体が泥を被ることを避けるために、それと同等、可能ならばそれ以上に早く汚名の処置をしなければならない。

だから起きた私にすぐに処罰を下そうとしている。


オーレリアは修道院や生家に連れていかれる。

馬車から崖に飛び降りて、死ぬ自分を思い描く。オーレリアはうすく微笑んだ。

実行が遅れても、オーレリアの計画はさほど狂わない。


二度と味わいたくはなかった。


なんの代償もなく貴族としての義務も忘れ、穏やかに日々を過ごしていても、きっとオーレリアは自覚する。

自分の存在価値のなさを。情けなさを。


自死することはこうなってしまったオーレリアができる唯一の貢献だった。


キャンベル家はオーレリアを大切に扱ってくれた。

オーレリアがキャンベル夫人の姪ということがあるにしても、6歳の時に養女になったオーレリアを実子のように愛してくれた。


それだけにただでさえ野心がないキャンベル家が、貴族家としての体裁よりもオーレリアを大切にしてしまうのではないかと危惧していた。

キャンベル家もそういう心構えでいてくれることが嬉しかった。


ドンドンッ


侍女が扉をたたく音がズキズキ頭に響いて、眉がしらがゆがむ。

思わず彼女に声をかける。


「メアリー、やめて。」


メアリーのおびえたような顔が振り返る。

その表情は、私になんて声を返せばよいのかわからずにいるようだった。



自分からお父様の所に行くわ、と、そう口を開きかけたオーレリアの部屋のドアが開く。

淑女の、いや、これからそうでなくなるにしても—、部屋にノックもせずに入室するなんてありえない。

無礼者をとがめようとしたオーレリアは驚いて目を丸くする。


「オーレリア」


何度頼んでも姉と呼んでくれなかった義弟がそこにはいた。

人前では姉上と呼んでくれることを知ってからはもう諦めてしまったけれど、この場ではそんな些細なことさえ、とげとなってオーレリアの胸に突き刺さった。


義弟の立ち姿はそれは貴族然としていた。

美丈夫な彼がする凛とした表情は冷たく映るけれど、確固とした理念を思わせた。

実力があり、だれに対しても公平なレオナルド。

しわがなく着こなされた服装には、完璧主義な性格が出る。

レオナルドは学園の女子がこぞって憧れる素晴らしい男性だった。


驚いていたオーレリアは当たり前のように表情を取り繕うと、シーツを手繰り寄せて寝巻き姿を隠した。

無作法な義弟に厳しい視線を送る。


「レオナルド、義姉(あね)とはいえ、起きたばかりの女性の部屋に無断で入ってくるとはどういう了見です?紳士の風上にも置けませんよ。」


対してレオナルドは表情を変えずに、ゆったりとした歩みでオーレリアに近づいた。

なにを、オーレリアはとうとうレオナルドをにらみつけ、シーツを握る手を強く握りしめる。

それは失礼な義弟に対する怒りというよりも、彼から直接処断を下されることを恐れているからだとオーレリアは思った。

ついに目の前に立ったレオナルドは悲しげな表情を作ると、オーレリアに向かって跪いた。


「オーレリア、私は今、貴族としてではなく、ただあなたの義弟としてここにいます。」


オーレリアは、常にキャンベル家のために功績を残し続けてきた義弟が何を言おうとしているのか全く予想がつかなかった。


オーレリアとレオナルドは、仲が良いわけではない。

オーレリアはヘヴンの婚約者になってから意図的に、レオナルドを避けてきた。

それまで仲が良かったのはキャンベル家の者ならみんな知るところであったから、はじめこそ突然一緒にいなくなった二人を不思議に思うものも多かったが、次第にオーレリアが登城することが増え妃教育が忙しくなってくると、自然に受け入れられた。


レオナルドは、何年も前の、仲が良かった時の記憶をまだ確かに持っていて、家族としての情けで、オーレリアに手を差し伸べようとしているのか。

胸が締め付けられる。瞳が揺れた。


レオナルドはオーレリアの手を取る。

恭しく、というよりも、壊れ物に触るみたいに。ささやかに、柔らかく。

少しだけ顔を歪ませて話し出す。


「私は、」


レオナルドは決意をもってオーレリアに告げる。


「私は貴方の味方です。王太子なんでどうでもいい。

貴方に仇なすものがいるならば、俺が殺してしまいましょう。」



にこりと口だけ笑わせる義弟に、オーレリアはどこか呆然と見つめていた。




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