2.馬車
ことの始まりは、オーレリアとオーレリアの婚約者、第一王子ヘヴンの不仲説からだった。
不仲?そういった噂にレオナルドは首をかしげざるを得ない。
オーレリアから直接聞く話とは随分異なるし、パーティー会場で見かける2人の仲が特別険悪だとは思えなかったからだ。
それに、王家からの打診で結ばれたこの婚約に、キャンベル家の野心はなかった。つまり円満で平和的な婚約だ。どうして政略結婚で仲違いすることがあるだろう。
この国で王太子は王からの指名によって決まる。歴史的にみると功績を残しやすい年長者である第一王子が王太子になることが多い。だから第1王子の婚約者は未来の王妃として認識されることが多いが、その相手がキャンベル家の令嬢だと予想していた人は多くないはずだ。
キャンベル家は建国の時から続く歴史をもち、その身分も公爵家と高い。今では親王権派の筆頭で、降嫁の記録もあり王族の血も含まれている。
現状でキャンベル家から王妃を輩出してしまっては、血も権力の偏りも宜しくないというわけだ。
しかし情勢はそう単純でなかった。
王権勢力に敵対するのは、この国に4つあるうちの公爵家の一つ、モウブレー家だ。
他国と通じているのではないか、いまに反旗を翻すのではないか、そう疑われつつも確たる証拠はないが、その勢力は年々拡大している。王権の危機だと王家は判断した。
王権勢力の結束を強め、モウブレー家に対抗するためにと言われてしまえば、キャンベル家に婚約を断る理由はない。
唯一幸いだったのは、キャンベル家の長女オーレリアは生家をエッツォ子爵家とする養女だったために、王家の血が薄かったことだろうか。
意外と丸く収まった、そんな風に人々に受け入れられたヘヴンとオーレリアの婚約。
オーレリアは顔合わせがあった日、素敵な方だったと話していたでは無いか。レオナルドは不思議だった。
そのころからだったかもしれない、レオナルドは暗闇を見つめる。
オーレリアがレオナルドに対して距離をとるようになったのは。
レオナルドは窓枠にひじをつき、自分にもたれかかって眠る義姉を見やる。
顔には痛々しい涙の跡が残る。
オーレリアは18歳の今日、学園のパーティーで婚約破棄された。
ヘヴンは大声をホール内にとどろかせ、オーレリアを辱めた。オーレリアの権威は失墜した。
友人からの知らせに駆けつけてみれば、そこにはホールの中心で婚約者でない女とさも楽しそうにダンスを踊る第一王子。
オーレリアの姿は見当たらない。
レオナルドは頭がおかしくなったかと思った。この王子は何を考えているのか、どうしてこうなったのか、義姉の幸せはどうなるのか。
衝動的なストレスで魔術を発動しようとするのを必死の理性で食い止め、オーレリアを探し回っているうちに、バルコニーの頼りない柵に体を傾ける姿を発見したのだった。
オーレリアはヘヴンの婚約者になってからこれまで、少なくともレオナルドは弱音を吐いたところを知らない。いつも優雅にふるまい、高貴な令嬢であらんとする女性だった。
それがどうだ。
二人の関係に、なにかがあったのだ。
オーレリアはなぜかそれを隠していた。
結果としてオーレリアは飛び降りようとした。きっと絶望したのだ、と思う。
誇り高い女性だったから、婚約破棄なんて不祥事に耐えられなかったのだ。
もっとオーレリアを気遣い、声をかければよかったのではないか。
例え邪険にされようとも、自分は彼女の味方であると伝えればよかったのではないか。
オーレリアに直接聞かないと分からないところはある。あるが…自責の念がレオナルドを襲った。
ヘヴンが婚約破棄を告げて早々にほかの女性とダンスを踊っていたのなら、社会はヘヴンにも良い目は向けないかもしれない。だが、そうだとしても、オーレリアの社会的地位の回復には大変な時間がかかるに違いない。
オーレリアは今後、どうなる?
婚約は?今後は?
第一王子の時は、まだ、理解した。
地位は高く、将来性もあり、人柄に問題はなく、何よりもオーレリアが喜んでいたようだったから。
身を切る思いで祝福した。それが最悪の形となってここにつながっている。
自分がもっと動けていれば…レオナルドの思考はぐるぐると回る。
キャンベル家の門が見え始めた。