1.王宮のバルコニー
連載です。よろしくお願いします
「どっちにしろ、もう、無理だったのね。」
オーレリアは一人つぶやいた。
夜風が頬を滑り落ちる涙を冷やしていく。
夏の初め、冷える体を気にも留めることもなく、彼女はにぎやかな夜会を背にしてバルコニーに立っていた。
誰かに助けを求める声ではなかった。
決して言わんとしていた彼女のプライドが打ち砕かれ、あふれてしまった叫びだった。
オーレリアは涙を流しながら、ゆっくりとした動作でバルコニーの手すりに身を乗り出した。
そのまま落ちてしまうつもりだった。
後ろから腹に手を回され、ヒールが地面に着くのを自覚して、ようやくオーレリアは邪魔が入ったと気が付いた。
まだ離れない腕から逃れるように、オーレリアは体をねじって顔を合わせる。
文句を言おうとした口を何度か動かした後、不愉快になっていた気持ちはどこへやら、いたたまれなさに彼女は何も言えない。
どうして彼がここへいるのか、いつからいたのか。
オーレリアは非常識な距離感も忘れて、混乱と恥ずかしさに埋もれた。
「何をしようとしていたんですか?」
レオナルドは平静な口調を心がけた。
気を抜いてしまえば、このかわいそうに涙で顔を濡らしている義姉をどなりつけてしまいそうだった。
「ここは3階です。落ちたらどうなると…。」
オーレリア越しにバルコニー下の暗闇が視界に入り、怒りを抑えきれずにレオナルドはつづけた。
彼女を抱いている腕にも自然と力が入る。
レオナルドは何も言わずに口を震わせる義姉を見て、顔をゆがめた。
しかりつけられるべきはこの人じゃない、レオナルドは感じていた。
それは、この場では、自分自身であるべきなのに。
なにもできなかった歯がゆさを、目の前のこの大切な人にぶつけてしまっている。
レオナルドは下唇を強くかんだ。
反省するのは、いまではない。
今優先すべきは、この人を安全な場所へ避難させることだとレオナルドは伏せていた目を上げる。
極めて慎重にオーレリアを開放し、代わりに細い手を取る。
「オーレリア、ごめんなさい。
裏門に馬車を待たせてあります。帰りましょう。」
オーレリアはうつろな表情でレオナルドを見上げ、ロイヤルブルーの瞳から再び大粒の涙をあふれさせた。
何に泣いているのかは正直分かっていなかった。
計画が失敗したからか、義弟の優しさに触れたからか。
わからなかった。
オーレリアが公爵家に引き取られた理由も。第一王子の婚約者になった理由も。
それもどうせ、すぐにおわる。
苦しみからは解放される。
だからいまだけ、
今だけは心の底から悲しみを味わわなければいけなかった。
オーレリアは義弟の腕の中、公爵令嬢になってから声を出して初めて泣いた。
今日はあと二本投稿します。
2.馬車…11時10分
3.オーレリア自室…18時10分