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俺、救世主 (アカイ52)

 俺はシノブの前に立ったわけだが、ここまでの経緯を話すとこうなる。


 城内の真ん中を走っているとカオリとスレイヤーの背中が見えたと同時に後ろに消えた。どうしてこんなに俺は早いのだろうと疑問に思ったがすぐに分かった。


 俺は飛んでいる、だから早い。理由は分からないがこれはたぶん俺が救世主だからだろう。そうであるから俺の前に人がいてもみんな俺を避ける。というか俺はどこに向かっているんだ? まるで導かれているように階段に沿って俺は上昇していく。


 誰かが俺を呼んでいる? 助けを求めている? どうして俺に?


 決まっている。だって俺は救世主だからだ。理由はいつだってそれでそれ以外には、ない。階段を昇りきった先に立派な扉が見え、中から大きな物音が複数回鳴った。


 するとどうだろう雰囲気が変わりあたりの空間も歪みだした。ぐにゃりとなった扉。なにか重大なことが起きていると俺は思った。急がないと、いけない。危機感を覚えると同時に扉が開きだす。俺のために自動的に開いたかのようであり、俺の目に真っ先に入ったのは棒立ちとなっている横姿のシノブだった。


 俺は反射的に微笑みそれからすぐに叫び、飛ぶ。


 そうすれば早くそこに行けると分かっていたかのように、なにか危機がシノブに迫っているのが分かっているように、そしてシノブの前に立つと同時に胸に衝撃が来た。


 貫かれた、と感じ口の中が血の臭いで満たされ学生時代の嫌な記憶が脳裏に甦った。あらゆる意味による不快感で一杯になっていると、見知らぬ強面の男が俺を見つめている。なんだかすごく驚いているが、何を驚いているのか分からない。ただ分かったことが一つだけあった。どうしてか知らないが、俺はこいつが死ぬほど嫌いだとすぐに分かった。


 よってこいつは敵、これだけは間違いない。俺の全存在を賭けても絶対に負けたくない。俺は両腕を上げ両の掌でこいつの左右の耳を抑え、あえて正々堂々と尋ねた。


「なぁひとつ聞くが……耳の奥は鍛えたか?」

「えっ、やっやめ!」


 震え声が聞こえに掌に怯えの熱や感情が伝わってくると、俺は何故か好きな漫画の悪役の顔と台詞を思い出した。


「あぁん? 聞こえんなぁ!」


 わざとそう言うと俺は掌から炎を可能な限り放つ。


「ぎゃああああ!!」


 男は悲鳴を上げ俺の身体から腕を抜き仰け反り床へと倒れのたうち回っている。俺もその反動で後ろに倒れようとするも床には落ちなかった。


 シノブの腕が俺を支えている。倒れかけた俺をシノブが受け止めてくれている。だから俺は倒れない。


「どうして……」


 シノブの声が聞こえた。すごく怒っている声だ。


「どうして……どうして来たの!」

「……返事を」


 そうさっきの返事に俺は来たんだ。俺がシノブに伝えないといけないことを。シノブの腕は強張るように震えた。それから顔が見えた。俺の血で汚れたシノブの顔。怒りと怯えの顔がそこにあった。


 胸が苦しみで締め付けられた。あんな男の攻撃による痛みではない。そんなのはどうでもよかった。シノブの苦しみの方が胸が痛んだ。その悲しみが胸へと伝わってくるからだ。そうであっても俺は伝えないといけない。声は、限られている。言葉も、限られている


 だが迷いはなかった。長き旅と使命によって生まれた無限のような湧いた心の声は一言であらわせる。シュよ、シノブよ、たとえあなたが俺を見捨てたとしても、もとよりそうだとしても、はじめから嘘であったとしても、それでも俺の真実はこれだけなんだ。


「俺は君を愛している」


 時が一瞬止まり、それから顔に滴のようなものが落ちてきてそれから俺はシノブの引き寄せられ、もう顔も見えなくなる。


「そんなことは知っているよ」


 暗闇のなかで聞くシノブの呟きは濁っていた。


「出会ったはじめからずっと……いまだって知っているのに……どうしてこんなことに命を賭けてまで……なんでよ」


 さらに濁りはひろがりシノブのなかの濁流が俺のなかに押し寄せてくるようだ。俺はまたシノブを苦しめてしまった。俺はいつだってそうだ。俺の愛は相手を苦しめる。誰も喜ばせられず拒絶され嫌がられ悲しまれ疎んじられ、それから去っていく。


 俺の愛は凶器でありそれはきっと炎だったんだ。誰にも触れることなんかできない。俺はそれを受け入れなければならない。俺は自分の愛はそういうものだと認識しなければならない。世界とはそういうものであると俺は弁えなければならない。世界は俺を拒絶し追放し見捨て滅ぼしに来るものだから。だから俺も世界に対してそうせざるを得ない。


 けれども……シノブはここにいる。


「起き上がってよ……」


 俺の愛に対して怒り哀しみながらもここに……違う、ずっと俺の傍にいる。あなたは俺の傍から離れたことなど一度だって無かった。


「兄さんが奴の動きを止めているけど……限界なの。王子も……もう」


 シノブは俺から逃げずにここにいる。それなのにどうして俺の方からここを去ろうとしているのか。全身はもはや冷たさすら感じず、シノブの体温も感じることができず、もう匂いもせず、触れられている感覚もなくなり、そして声も小さく聞こえるのみであり、声も出ず身体を動かせない。


 それなのに何故か代わりに感じるものがある。第六感的なものなのか、光を感じる。


 これはきっと俺にしか感知できないものだ。


 光の輪がシノブの頭上に浮かんでいるのだろう。俺を迎えに来たはずだ。俺は以前これを感じた記憶がある。前世の……死に際に、暗黒が滅びが俺の全てを覆い尽くしてきた時と同じく。


「一緒に使命を果たそうよ……」


 意識が遠ざかっていく。俺がシノブから遠ざかっていく。こんなに近くにいるのにこんなにまで傍にいてくれているのに。俺はどこに行くのか? 光の輪に吸い込まれ消えていくのか?

 

 どうしてだ? こんなにも俺を……いいやそうじゃない。そうじゃないんだ。俺の真実はそうではなく、こんなにも……俺が愛しているものがここにいて俺がいることを求めているのに、俺はどこに行くというのか? どこにも行きたくはない。ここにいるんだ。シノブのいる世界にいる。そして滅ぼさない。


 暗闇のなかの光、こんな救いなど俺には必要はない。救いとはシノブとこの世界があるということ、たとえ俺が滅びてもここはあり続けるべき世界のことだ。俺の使命とは、それ以外のなにものでもない。光の輪が俺を包み込みだした。俺は抗うようにシノブの言葉を思い、心を合わせる。


『使命を果たす』


 シノブのいる世界を護る。迫りくる滅びの全てを俺が背負う。そうだ俺は炎だ……俺は救世主だ。





 光の輪は消失する。

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