俺の静けさ (アカイ51)
その声と共にシノブは瞬時に飛び立ち消えていなくなった。
「あららアカイ、ずいぶんとお楽しみだったようね」
カオリがふざけながらも縄を外してくれ、解放された俺は地面にへたり込むとスレイヤーの声が聞こえた。
「すまないが俺とカオリは先に行かせてもらう。もう時間が無いからな。アカイ殿もあとで来てくれ、では!」
二人の駆け出す音を聞きながら俺は地面を見つめる。立ち上がれない。まだ立ち上がる時ではない。考えなくては……考えないといけない。立ち上がるのはそれからなはずだ。
さっき俺はいったい何をしたのか? とまたふたたびの自問自答と始めるも、すぐにやめた。結局答えは出るどころか延々と堂々巡りをしただけだったじゃないか。
俺は何を言おうとしたんだ。呪詛の叫びを。だが言えなかった。俺が止めた。俺が俺自身の口を塞ぎ声を止めた。俺が俺を止める。
その意味は、もしかしたらそれは……違ったのでは? 違っているからこそ言えなかったのでは? それをシノブに言うことではなかったのではないのか?
俺がシノブに伝えるべき言葉は……シノブが俺に語ったような言葉? 呪詛の代わりに何を……何を……伝えていなかったことは……俺が言えなかったこと。
ずっと言わずに言えずにいたこと……それは何だろう? 俺達の間に何が無かったのか?そもそも俺には何が無かったのか。
なにが欠落したままここまで来たのか。俺が欲しかったのは……俺はこの世界に生まれてきたのは……この世界に復活したのは……世界を。
すると突然アカイの心の中の声が止んだ。ただしくはうるさい自意識が沈黙する。自分の声や言葉が死に、聞こえてくるのは遠くから喧騒の音ばかり。
アカイは自らに驚きながら耳を澄ませた。これはなにかの間違いではないかと。いつものように自然に湧いてくる声に耳を傾けようとするもどこかの破壊の音がさらに大きく聞こえるだけ。
自分の声がどこからも聞こえてこない。静けさの中にアカイはいる。
さっきまでのうるささが消え辺りは無と死が満ちているように感じられた。自分はどうしてしまったんだ。アカイは自分は何かを失った気分に襲われた。なにを? 言葉を。ほらもうこれ以上考えられない。だから身体が動きはじめる。
「言わなくちゃ」
立ち上がりながらアカイは呟いた。何を? とはもう考えない。考えずともその人に会えば言えるのだから。自然と思考は停止し顔を見上げるとそこには寺社の入り口を思わせる大きな門がそびえ立っている。
「俺は行かなくちゃ」
どこへ? などとアカイはもう考えない。分かり切っていること。アカイの心は失われたかのように限りなく透明に近づき、それから走り出した。
「シノブ、俺は……」
アカイは自分の身体が熱くなるのを感じながら駆けだした。