俺の素敵な夢物語 (アカイ48)
俺は、夢を見ている。見ているのだろう。それは甘美な夢物語だ。だってそうだろ?
シノブが俺に対してニコニコしているのだ。そうだ機嫌よくしていてくれ。女の子が傍に緊張せずにいてくれて上機嫌だったら俺はもう何も言うことがない。
その代わりになんでもしてあげたくなる。というかそれ以外は特に何もいらない。何もいらないから、機嫌よくしてくれ。不機嫌は攻撃的なんだ。暴力以外のなにものでもない。
それに対して警戒し緊張するとオドオドしていると見下され馬鹿にされ、さらに不機嫌になる……じゃあどうすればいいんだ! 暴力には暴力か? 不機嫌には不機嫌か? そっちがその気ならこっちは不機嫌になって殴れば……そんなことが俺に出来るか!
男にだってできないしそもそもしたことがない。ましてや女もっと言えば女の子に出来るわけがないだろ。そんなのヤバい男だろ! だからそっちが悪いんだぞ! そっちが機嫌よくしてくれていたら、こっちもリラックスできて堂々とできるんだ!
それなのに会った瞬間から苛々して話しかけても苛々して黙っていると苛々……もーうんざりだ! そういった経験ばかりが脳裏に焼き付き残っているから、こうしてシノブがニコニコしてくれているのは、とても嬉しい。なんでもしてあげたくなる。俺の願いはささやかに見えて実は気宇壮大な宇宙をも貫くことなのだ。つまりそう、これは愛、君の上機嫌も愛。すなわちこれが幸せ。人類の平和の源。
「アカイ見て凄いでしょ!」
なにかシノブが自慢してきた。これは褒めてもらいたいということだな。よしきた。
「すごいよシノブ」
「当たり前じゃない。私とあなたじゃ格が違うのよ」
そんなことは分かっている。片や冴えなくて駄目な中年おっさん片や未来がキラキラ女子。釣り合いが取れないのは当然のこと。それぐらい俺だって弁えている。だからこそ俺は世界を救わなくてはならない。
「びっくりしたでしょ!」
なにかは分からないが驚いたことをしたらしい。いちいち報告に来てくれるってことはこれは俺に対して関心が高いということだな。どうでもいい相手に自慢なんてしないものだ。私を見て私を認めて、あなたは認めて。世界ではなく自分に対して向けての承認欲求的な発信。ありがたやありがたや。
「もちろんびっくりしたよ。でもどうして俺にそれを聞くんだ?」
「だってアカイは本当の私のことを知らないんだからだよ」
本当の私ってなんだ?
「あなたは私を勘違いしている」
勘違いもなにも俺にシノブを勘違いする部分なんてあるのか? だって君は俺に対して素のままの自分をいつも見せているじゃないか。残酷なまでの無修正で以ってさ。
女の子が好きな男の子の前だと、良く思われたいために自分を可愛く見せたりするものだけど、君は俺に対してかなり辛辣で厳しい態度しかとっていない。つまりツンしかないのだツンしか。デレがないんだよデレが。辛くも甘いというのがツンデレなら君のは辛いのばかりで甘味がない。突放した辛辣さばかりでこちらに寄り添う媚びがないんだ。
いや、別に媚びなくていいんだ。俺ってそういうの別に求めていないし。そんなの嘘っぽいし。嬉しくないし。
ごめんなさい嘘です。
嘘でも嬉しいです。だってお金払って媚びを売って貰うとすごく嬉しいし。ああでもやっぱりシノブには媚びられたくない。俺達の関係はそういう偽りのものではないんだ。やっぱりこれも嘘です。見栄張りました。許してください。
俺にデレて欲しい。嘘でもいいからデレてくれ。だってさ君は真実ばかりなんだ。俺の機嫌はまるで取らないし取ろうともしない。そんなで良いと思っているの? 思っているよね。
何故ならそれはそういうことをしなくても俺が君の思い通りの動きをしているからだろうし。不機嫌な態度でも動いているのなら不機嫌なままでいるのが最適解。別に迎合的な態度をとる必要も無し。
そうだシノブの不機嫌は俺の態度が原因……なわけあるか! おれはそういう自責的な態度は取らん! 俺は多くの情けない男とは違うんだ! はじめからシノブは機嫌が悪い! 俺と同行するのが嫌でたまらなかった! その心が態度に出ている! だからデレる必要なんてなかったんだ!
でも待て、いまシノブは俺に対してデレているよ。ほらほらニコニコしているよ。夢だけど。そうじゃない、夢でもいいから俺に良い夢を見させてくれ! なにが現実を見ろだオタンチン! こちとら現実の苦味しか味わったことがないんだからな!
ふざけるなよ恵まれた境遇のお前ら! たまには苦味も良いよねじゃないんだよ! 俺は人生が辛過ぎるからもう甘いのしか舐めたくないの! 愚かな中年が若い女の子に否定される話とか誰が読みたがるんだ! きょええええッいつもの俺の話だろ! 俺が読みたいもしくは体験したいのはその逆の可愛い女の子に全肯定されて生きていて良かったと感じる救いの物語! 呪われし俺の悲惨さはもはやそれでしか早救われぬ。
「本当のシノブってどんなのだい?」
俺が尋ねるとシノブは微笑んだ。なんて可愛い顔をしているんだ。本当のシノブ? なら俺が代わりに答えてあげる。そんなの簡単さ。本当の君は僕の素敵なお嫁さん……
「おいコラ起きろ!」
シノブの三発目のビンタが頬に当てるとアカイの目が開いた。