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識別No.0631_2  作者: 良木眞一郎
3/19

03

 工廠層の技術者は優秀だった。パラシュート改修に必要な時間は短く、突入は六時間後と決まった。

 それまで兵士は交代で休息を命じられたので、ここぞとばかりに建物の影で大の字になってリグは寝た。それを見たユウたちは、それ見ろ、という顔をしたのだが、リグが気づくはずもない。もっとも、ユウたちもリグにならって寝たのだ。

 突入の一時間前に起きたリグたちは多少体を動かし、装備の点検をしてから突入口脇に体を寄せて待った。戦術コンのカウントダウンがはじまる。

 作戦開始。

 中に入ると呼吸可能な大気が多少は流れ込んだのか、先行部隊が撤退したときよりも黒い靄は減っていた。しかしそれも入口付近だけで、奥の方は黒い壁のように靄が立ち込めている。床にはこの都市の住人だったのだろうミイラがいくつも転がっていた。

 黒い靄を警戒したまま、ガスは尋ねた。

「で、ボンベ壊すって、どうするんだ。隊長が前やったみたいに、ナイフ使うのか」

「いや。あれは危ないし、何より怖い。こうしよう」

 リグはボンベを一つとると、靄に向かって転がす。ボンベが靄にさしかかったところで、突撃銃でボンベを撃った。ボンベは破損箇所から空気を吹き出しながら奥に転がっていく。黒い靄はあっという間に晴れた。

「これは楽でいいですね」

「先行部隊に教えてあげればよかったのに」

「できたらやってたよ。先行部隊の映像を見て思いついたんだ」

 ユウに答えながらリグは靄を観察した。ボンベ一つでざっと半径五メートルほどのフェムトが死滅するようだ。かなりの数のボンベが必要になりそうだが、ありがたいことにボンベは身体中にくっついているし、後続部隊は山ほど持ってきてくれるだろう。

「この方法で視界を確保しながら前進する。ボンベを投げる役はいつもの順番だ。隊列もいつもどおり。はじめよう」

 三人が了解を返す。

 リグ、ユウが後衛、ガスとテオが前衛となり、交代でボンベを壊しながら進んだ。フェムトを死滅させるのが簡単なので、侵攻速度は先行部隊より早い。途中、靄に紛れて待ち構えていたと思われる侵入個体を六体撃破した。靄が晴れれば単に散発的な攻撃なので、631の相手にはまるでならなかった。

 この進行速度を作戦本部のハルはどう評価するかな、と考えたリグの目の前に、閉じた隔壁が現れた。

 肩をすくめるリグを横目に見ながら、ユウは隔壁の操作装置を調べる。

「隔壁は操作できそうだよ」

「ガス」

「ほいきた」

 隔壁の脇に身を寄せたガスは、ベルトのポケットから聴音機を出して隔壁に当てると、数秒耳を澄ませた。

「なにも聞こえねえ。けどまあ、きっといるぜ」

「だろうなあ」

 リグはちょっと考えて、ユウに近寄る。

「ユウ。隔壁の操作、俺がやっていいかな」

「いいよ。でも、どうして?」

「ここは狭いからさ、いっぺんに大勢のお客さんが来るのは困る。入場制限を試してみたい」

 うなずいたユウと代わって隔壁操作装置にリグは手をかける。

「さあ、お出迎えの準備だ」

 三人は突撃銃とポインターを構える。

 カウントダウンをして、リグは隔壁を上げる。

 すぐさま侵入個体が飛び込んできた。五体目が突入しかけた時、リグは隔壁を下ろしポインターを抜いた。

 ガスとテオが最初の二体を撃破。残りの二体もリグとユウが危なげなく撃破した。

 隔壁は締まりきっていなかった。なぜかというと、撃破された四体に続くはずだった二体の侵入個体が降りようとする隔壁を支えていたからだ。

 その二体にポインターを向けた三人を制し、リグは隔壁を支えて動けない侵入個体たちのあいだにボンベを転がして突撃銃で撃つ。そしてしげしげと奥をうかがった。

 フェムトが死滅したおかげで、隔壁の向こうがはっきり見えた。侵入個体がうじゃうじゃいる。少なくとも十体以上。

 めんどくさっ、とぼやいてリグは隔壁操作装置に戻った。

 後は隔壁を上げたり下げたりしながらポインターを撃つだけの簡単な作業だった。何しろ四体以上侵入してこないので、再構成時に狙われる危険も突撃銃で後続を牽制する必要もない。全員で一斉にポインターを撃てば安全に撃破できる。あとは体勢を整え、隔壁を操作して同じことを繰り返す。それだけ。

 全ての侵入個体を撃破したあと、かつてないほど不満げなガスはぽつりと漏らした。

「こんなの地上戦じゃない」

「ちゃんと地上で戦闘した。侵入個体を撃破したじゃないか。すごい数だぞ。十体以上だ」

「こんなの戦闘じゃない」

「口調変わってるぞ。大丈夫か?」

 地上戦が好きなガスはともかく、ユウも難しげな表情で、テオもなにかいいたげだ。

「ガスはともかく、なんで二人まで白けてるんだ?」

「いや、その……」

 言いづらそうだったが、テオは話してくれた。

「思ってたのと違うっていうか……侵攻作戦って、充満したフェムトの中で四方から襲いかかってくる侵入個体と大混戦になるのを想像していたんです。でもこの戦い方は、ちょっと……どう言っていいかわからないんですけど」

「いや、僕はすごくわかるよ、テオ。これ、緊張感がまったくないんだよね。ベルトコンベアの上のパーツを取り上げるだけのロボットみたいな、あきれるほどの単純作業なんだ」

 ガスがすごい勢いで首を縦に振っている。

「隊長、頼む! なんとかしてくれ!」

「馬鹿言うな。これは楽で安全な方法なんだ。命がかかっているんだぞ。面白いつまらないの話じゃないんだ」

 がっくり肩を落としたガスを見つつ、リグはどうしたものか考えてみた。兵士は基本的に闘争を好む。普段はともかく、戦闘状態になればそうなる。特に侵入個体に対する反射速度は本能的だ。それは蘇生やクローン作成時に脳に直接学習させられるし、神経伝達物質の調整もそうなるように行われるからだ。兵士としてはそれでいいのだが、リグの考えた安全な戦闘法とここまで反りが合わないとは思わなかった。

 しかしリグはやり方を変えるつもりはない。命を落とすより士気を落とすほうがマシだ。

 この調子で631は侵攻していった。基本的に同じことの繰り返しで危うい場面は何一つなかった。おかげでみるみる下がっていく緊張感にリグも焦りを覚え、頑張れ、油断するな、なにが出るかわからないぞ、と注意を装って励ましながら進まなければいけなくなったほどだ。しまいにはリグまで自分の小隊長適正に自信をなくしていった。

 快進撃のわりに全く盛り上がらないまま、631は何枚目かの隔壁にたどり着く。

 いままでとひとつだけ違いがあった。隔壁とは別に、右手に通路が分かれている。

 どっちに進むか、とつぶやきかけたときだ。リグは何かを感じた。即座に叫ぶ。

「後退っ!」

 その声の鋭さに神経が弛緩していたユウたちも反射的に行動する。直後、リグたちのいた場所に侵入個体が降ってきた。

 その侵入個体が着地する前にユウとガスがポインターを射撃。二人で同じ個体に突入して消滅させた。リグとテオはすでに天井にポインターを向けて後続を警戒している。

 幸い、天井に潜んでいた侵入個体は一体だけだった。天井は金属を網の目状にした板、メッシュ天井と呼ばれるそれを組み合わせてできていた。配線置き場や整備用の通路になったりするのだが、リグはその軋みを聞きつけたのだった。

「危なかった。よく気づいたね、リグ」

「お前らがぼんやりしているからだ。しっかりしろ」

 素直に反省するユウに、テオが感心したように話しかけた。

「二人で同じ個体に突入したの、はじめて見ました。なんともないんですね」

「普段は戦術コンが情報共有して目標の重複を避けるけど、今回は僕とガスの反応がほぼ同時だったみたいだ。変なことにならなくてよかったよ」

 ユウはそう言ったが、ガスは変なことになっていた。恍惚とした表情で、ぶるりと武者震いをする。

「……これだ、これだよ! この感じ! 俺が欲しかったのは! 隊長、こういう感じでお願いします!!」

 まずいなこいつ、とリグは返事をしなかった。全員に右の通路に進むことを告げる。隔壁を開けてもいいのだが、開ければ間違いなく戦闘になるだろう。ポインターの残弾もそろそろ怪しいし、戦闘中に右の通路から侵入個体が現れたら挟み撃ちにされる。頭のおかしくなっているいまのガスはそれを喜ぶだろうが、リグとしては避けたかった。

 右の通路を進んだ先は広い部屋だった。ボンベを使って室内のフェムトを一掃する。長机や椅子の数から、食堂か何かかと思われた。

「ここ、後続部隊の拠点にいいんじゃない。もし襲われてもこれだけ広ければ迎撃しやすいし」

「そうだな。要請しておくよ。ついでにこれまでの戦闘情報も」

 リグが作戦本部と通信しているあいだ、ユウは部屋を見回す。面白いものを見つけた。

「ガス、テオ。端末が複数ある。使えないか調べてみよう」

 三人はそれぞれ壁に取り付けられた端末に走った。隔壁が開くなら電力供給されているはずなのだが、どう操作しても起動する気配がない。

「こっちは駄目っぽいな」

「こちらもです。端末は起動時にGMSと通信して認証を行いますからね。この都市のGMSが反応しないなら使えないでしょう」

 ユウの端末も同じ結果のはずだったが、ユウはしゃがみこんでなにやらごそごそやっていた。通信の終わったリグが覗き込む。

「なにしてるんだ?」

「ちょっと試してみたくてね。電力供給されてるなら、メモリに情報が残っているはずなんだ」

 いいながらユウは端末のカバーを外し、配線がつながったままの基盤を引っ張り出した。

 システムは基本的に不具合調査のために、メモリの内容をすべて吐き出す機能がある。メモリの中身をすべて調べるなんて大変なので、普通はもっと便利な調査用ソフトウェアを使うのだが、それでも捉えきれない、あるいは何らかの事情で調査用ソフトウェアが使用できない場合のためにその機能はある。ユウが狙っているのはそれだった。

 基盤に備えられた共通規格の接続口に、ユウは戦闘スーツの首の後からケーブルを引っ張り出して接続しようとする。

「気をつけろ、ユウ。可能性は低いが、罠かもしれない」

「大丈夫だよ、リグ。電子防壁は張ってる。効くかわからないけどね」

 接続。ユウの目論見通り、メモリに情報は残っていた。

 この場合のメモリとは揮発性メモリを指す。通電しているあいだだけ情報を記憶し、通電されなければ記憶していた情報が消えるので、揮発性と呼ばれる。電力がなくても情報を保持しておけるものはストレージとか補助記憶装置などと呼ぶ。これだけだと電力の制限があるぶんだけ揮発性メモリが欠陥品に思えるが、揮発性メモリの最大の特徴は情報の受け渡し、応答速度の早さである。ストレージと比べると、駆け足と音速くらい違う。

 ユウはメモリに残っていた情報を全て自分の戦術コンに取り込むと、じっと中空を睨んだ。ユウの視界内に展開された情報を見ているのだ。

「やった」

 嬉しそうに小さくつぶやく。

「どうした?」

「あったよ。地図情報だ」

「大戦果じゃないか」

 リグとユウは笑顔で拳を合わせる。

「これで通路を使った最短ルートがわかりますね」

「他にもなんかあるんじゃね?」

「たぶんな。だが、残りの分析は作戦本部にやらせよう。時間がかかりすぎる。ユウ、とりえず地図情報だけ全員に送ってくれ。作戦本部へは地図情報と、残りの全データをぶん投げろ」

「了解」

 四人は戦術コンで情報共有して同じ地図を見る。この都市イオミン・ペイの立体図だ。

 ユウが立体図を指でなぞる。その後に青い線ができた。

「大気浄化装置への最短路はこれだね」

「隔壁がいくつもあるな」

 あの戦い方がすっかり嫌になったガスがぼやく。

「ポインターの弾倉が足りるといいんですが。最短路でも何度も補給を受けなくちゃいけなさそうです」

 テオの声を聞きながら、リグは立体地図を眺めた。

「よし、こうしよう」

 今度はリグが立体図を指でなぞる。その後に赤い線ができた。

 それを見たユウが眉をひそめる。

「リグ。たしかにこの経路は僕が示したのより短いよ。直線距離に近いくらいだ。でも、この経路に階層間通路はない。通れないよ」

「俺はわかったぜ」

 ガスがにやりと笑う。ちょっとしてテオもうなずいた。

「僕もわかりました。隊長お得意の、いつものあれですね」

「いつものになってるの!?」

「どういうこと?」

 首をかしげるユウに、ガスがポインターを叩いてみせる。

「これだよこれ。こいつを床にぶち込むんだ。そうすりゃ階層間通路なんか必要ねえ」

 ユウは唖然としてから、額の代わりにバイザーに手を当てた。

「奪還すべき都市を壊して回るなんて……」

「あとで直せるからいいじゃないか。これなら隔壁の待ち伏せも対処しなくてすむし、天井に潜んでいた個体のように、不意打ちの危険も減らせる。なにより時間がかからなくていい」

「退路がなくなるよ。それに、後続部隊はどうするの。待ち伏せていた侵入個体が引き返して襲ってくるかもしれない」

「物資リストに縄梯子がある。退路にはこいつを使おう。後続部隊はなるべく広い部屋で拠点を作ってもらう。視界が開けていれば戦いやすいし、不意打ちはなくなる。敵が通路から来るのがわかってるんだからな。弾も本人たちが大量に持ってくるから心配いらないだろう」

 ユウはしばらく考えてから、大きなため息をついた。

「わかった。君のいうとおりだ。そうしよう。でも、一つ聞かせてほしいんだ。これ事前に思いつかなかったの?」

「いや。いま地図を見ていて思いついた」

「……リグ。君って、土壇場にならないと仕事しない人だよね」

「思いつきはコントロールできないだろ!? それに仕事はしてるじゃないか!」

「俺は隔壁がなければ何でもいい」

 ガスの余計な発言は無視して、まあまあ、とテオがとりなす。

「とにかくこの作戦で行くことに決まったんですから、作戦本部に連絡しましょう。後続部隊を急がせないといけないですし。縄梯子の準備も」

 いつもこうなんだから、とユウはぶつぶつこぼす。すまん、とリグが謝ると、ユウは首を振った。

「いいよ。だんだん慣れてきちゃった」

 それもどうだろうと思いつつ、リグは全員に告げた。

「俺はこれから作戦本部に侵入経路の説明と後続部隊に関しての要請を行う。後続部隊が到着するまで、各自警戒しつつ待機しろ」

 三つの了解が返ってくる。小隊の士気は戻ってきていた。

 リグは作戦本部への説明を終えてから、ふと気になってWFの戦況を見てみた。

 リグの顔色に気づいたユウが心配そうに近寄る。

「大丈夫? さっきのことを気にしてるなら……」

「いや、違う。WFの戦況を見ていた」

 それを聞いてテオも戦況を探ったらしい。表情が厳しくなる。

「侵入個体が多数待ち構えていましたね。混戦になっています」

「WFに貧乏くじを引かせてしまった」

 後悔の滲んだリグの声に、テオは首を振った。

「想定していたより敵の数が多かったというだけの話です」

「それでも、分断作戦なんか言い出さずに俺たちも大気循環器に突入していれば……」

「いやあ、かえってまずいと思うぜ、隊長」

 ガスが珍しく気の毒そうに口を挟む。

「戦況を見てみたが、これはWF同士だからなんとか連携が取れてる。情けない話だが、俺たちはWFについていく性能はねえ。だから連携は取れないし、これまで取ったこともない。仮に一緒に行ったとして、俺たちのせいでかえって混乱するぜ」

 言い返せず唇を噛むリグの両腕を、ユウは優しく叩いた。

「リグ。いまは彼らを信じるしかない。僕たちは僕たちの道を、確実に、すばやく進もう。それが彼らの負担を減らすことになるよ」

 リグはユウの顔を見てから、黙ってうなずいた。

 数分後、後続部隊が到着した。

 お待たせしました、という彼らの言葉にリグは、早かった、と返した。本当は一秒も惜しいほど焦れていたが、そう答えるだけの冷静さは取り戻していた。

 弾薬やボンベの補給を受けてから、631の四人は向かい合わせに立った。リグは深呼吸をして意識を切り替えようと努める。ユウの言ったことは正しい。大気循環器にいるWFを助けられるほどリグの腕は長くない。いまできることは自分たちの仕事を確実に、すばやくこなすことだけだ。

「よし、はじめよう」

「よっしゃ。631の名物、見せてやるぜ」

「これ名物にしちゃうのかあ」

 ユウのぼやきとともに、631の四人は足元にポインターを撃った。展開した赤光の円錐に突入すると、床に大穴が開く。

 後続部隊である0313小隊の隊員たちは唖然としてそれを見ていた。作戦本部は後続部隊の用意や物資の取り出しに忙しく、631の提案した作戦内容はまだ彼らに知らされていなかったからだ。

 631が床に空けた穴を見てから、0313小隊は互いの顔を見合わせる。

 噂は本当だった。631は全員頭がおかしい。

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