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識別No.0631_2  作者: 良木眞一郎
1/19

01

 人類の数少ない居住地、地下都市アンバースを襲ったフェムトの巨大飛行船。識別No.0631、個体名リグを小隊長とする631小隊とエース部隊WF三小隊のおかげで、都市は壊滅の危機から間一髪で逃れることができた。

 胴体着陸したリグたちは救助班の笑顔によって迎えられた。都市についたらさぞ大歓声が待っているかと思いきや、そうでもなかった。なにしろ先に帰還したのはWFであったので、その時点で大騒ぎは終わってしまい、リグたちが着くころにはみんなすっかり落ち着きを取り戻していたのだ。

 もっとも、リグたちは気にしなかった。彼らが求めていたのは称賛ではなく生き残ることだ。それに、撤退命令を受けて一か八かの大逆転から前例のない胴体着陸をこなし、半壊した戦闘機で数時間待機し、その後救助班のトラックで揺られ続けた彼らは、とにかく眠かったのである。

 一眠りしてから戦闘詳報……正確には十六機の戦闘機を半壊させた言い訳を書き終えたリグに隊員のガスは、これはさすがのGMSと戦略部も褒美を出すのではないか、と言った。副長のユウと隊員のテオは顔を見合わせたし、リグも怪しいもんだと思う。

 統合管理機構と呼ばれる巨大コンピュータ・システム、GMSはこれまでのふるまいからそんなに気が利くようには思われなかったし、戦略に特化した思考支援器、戦略コンを埋め込まれた人間数名で構成される戦略部に関しても同じことだ。

「期待しないほうがいいぞ」

 一応そう言っておいて、リグはユウのチェックが終わった戦闘詳報を通信経由で戦術コンに受け取った。大量の指摘点を修正してGMSと戦略部に送信し終えると、リグは展望室に向かう。

 三面の壁全てに地表の景色が映し出される展望室には、WFのトップエースであるユキが待っていた。

 リグはこの都市で最後の冷凍保存個体だった。通常、蘇生時の脳処理で冷凍保存前の記憶は消去されるのだが、リグには二つだけ残った記憶があった。雪先輩、という単語と、美しい少女の顔。ユキはリグの記憶の少女に瓜二つなのである。

 リグが思わず声をかけ、リグの新戦術に興味を持っていたユキはここで会うようになった。そしていまでは……けっこう親密な仲になっていた。

 先の戦闘でリグの戦術を応用し、独自の戦術を作ったユキは上機嫌で喋り続けた。リグはそれを笑顔で聞いている。高い性能を持ちながら戦術開発できないことを気にしていたユキは、その悩みから救われた。ユキが嬉しければ、リグも嬉しい。

 二人は日が暮れるまでずっと話し合っていた。互いの手を重ねたまま。何の気なしに手をつないでみたら赤面して一分ももたなかったころに比べると、ユキもずいぶん変わった。

 しかし、リグは内心不安だった。フェムト、細菌大の生物で、群体になると未知の力場を発生させる現代の地表の覇者は、その戦略を一部変えた。都市の大気浄化装置を占領し自分たちに有利な大気を作り出すことから、新型を差し向けてもすぐに対応してしまう都市アンバース、つまりリグたち631小隊の壊滅へと。巨大飛行船を使ったその作戦は失敗した。631とWFによって。

 一度失敗したからといってフェムトが方針を変えるかはわからない。意思疎通そのものが可能かすら不明なのだ。次に何をしかけてくるか見当もつかない。リグたちにできることはたいしてなかった。

 だからこそ、意外にもGMSと戦略部から報奨として休暇が打診されたとき、リグは断った。休んでもすることが思いつかなかったし、フェムトの次の戦術に対抗しなければならない焦りもあった。

 巨大飛行船に対しての戦術を他の兵士も行えるようにするため、631の四人の戦術コンからデータが吸い出されたとき、一応リグは三人に休暇がほしいか尋ねてみた。三人は困惑した。休暇というものがよくわからなかったからだ。

「一日中なにもしねえの? 暇じゃん」

 ガスの一声が631の総意だった。

 こうして631は記憶活性化のための講義受講とトレーニングの日々に戻った。講義と基礎訓練の他に、ガスは地上戦シミュレータに入り浸り、フェムト相手には何の役にも立たない対人格闘戦の訓練を楽しんだ。テオも戦闘機のシミュレータを起動し、空中にいくつも設置した仮想の輪をどれだけ早くくぐれるか、何度も試していた。ユウは旧文明の書籍データから架空の物語を読んでいたし、リグも不安から戦史や旧文明の戦術について書かれたものを読んだ。ときにはユウと共にガスとテオの訓練に付き合った。格別の興味があるわけではないのだが、やってみるとこれはこれで結構おもしろいのである。

 二週間のあいだ、なにもなかった。週に一度はあったフェムトの襲撃がなくなったのだ。

 嵐の前の静けさとしか思えなかった。不安が増大したそのころ、リグとユウは戦略部から呼び出しを受けた。

「いい知らせかどうか、夕飯のチョコレートキューブ一個、賭けようぜ」

「嫌です。いい知らせなわけないでしょう」

 ガスとテオのやり取りを聞きながら小隊の部屋を出たリグとユウは普段着である支給服のまま指定された座標に向かう。別に戦略部を軽く見ているのではなく、兵士の服といえば白い支給服と戦闘スーツしかないからだ。

 その部屋のドアの脇には見慣れない装置があった。何らかの認証装置なのだろう。この都市は基本的に自動ドアなので、てっきりここもそうだと思い込んだリグはドアに頭をぶつけ、立ち止まったユウがなんとも言い難い顔をした。それからドアの脇のそれは小さな音を発し、やっとドアが開いた。

 部屋に入ったとき、何らかの防諜措置がとられた部屋なのかな、とリグはなんとなくその壁の厚さを眺めた。

 戦略部に招かれたのははじめてだった。普段命令ばかりしている偉そうな部署、もっと露骨に言えばGMSにくっついた金魚の糞、という印象だが、部屋は特別広いわけではなかった。隊舎と違って完全に仕事用の部屋らしく、小さな机とそれを囲む何脚かの椅子があるだけだ。戦略部の仕事は思考と通信ですむので、たいした設備はいらないのだろう。ただ椅子だけは長時間座ることを考慮されているのか、小隊の部屋のそれと違って柔らかそうだ。

 部屋の奥、机の向こう側に五十歳ほどの男が座っていた。白髪の混じった髪に、いかにも冷淡そうな灰色の目をしている。そして軍事層の住人として、リグたちと同じ支給服を着ていた。

「識別No.0087。個体名ハル。会うのは初めてだな、631」

 リグは軽くうなずいた。どういう態度を取ればいいのかわからなかった。命令系統としてはハルが上位になるのだが、この都市は基本的に職業の違いはあっても立場の上下はない。ちらりと横を見ると、どうやらユウも同様だ。

「先日の戦闘での君たちの活躍に、あらためて深く感謝する。おかげでこの都市は生き延びた」

「はあ、どうも」

 気乗りしないリグの返事に咳払いをしたハルは、用件を切り出す。

「この二週間、フェムトの動きがない」

 リグの顔がピクリと反応する。胸の奥がざわついた。

「どう思う?」

「新たな手段で侵攻をかけてくる前兆です」

「いつまで続くかわかるかね」

「知るわけないでしょう」

「そうだろうな。いや、すまない。君は常識外の視点を持っているのでね」

 ハルは一息つく。

「奴らが未知の手段を取るのはわかっているのに、我々にできることは少ない。先日の戦闘で君たちが壊し……失礼、損壊した戦闘機の修復はすでに終わっているし、いままで侵攻のたびに壊されていた地表部や隔壁の修理に回していた人員を都市機能の強化や、各所に小型電磁投射装置の設置に向けるなど徐々に改善は行っているが、おそらく十分ではないだろう」

 リグは眉をひそめた。そんな事はわかっている。この初老の男はなにがいいたいのだろう。

「先日の巨大飛行船の場合もそうだが、我々には対応できる人員が少ない。これを見たまえ」

 リグとユウの目の前の机に立体映像が投影される。この都市の周辺地図だ。縮尺が小さいので広域表示だ。

「他に稼働する都市と比べ、我々は突出した位置にある。このため他都市からの援護を受けにくい」

「互いに援軍を送り合う都市があるのですか」

「ある。GMSにさえ禁じられた同一遺伝子からの複数個体生成と、通常の交配からの育児にかかるコストの大きさから人員をそう簡単には増やせない。人員の不足に対して、援軍は現実的な対応だ。我々ももっと近くに援軍を送りあえる都市が欲しい。奴らの新戦術に対してもそれは有効に機能するだろう」

 ハルの言うことは間違ってはいない。巨大飛行船の場合にしても、もっと戦闘機があればリグたちはあんな無茶をしなくて済んだ。

「そこで奴らの沈静期間のあいだに、我々は攻勢に出ることにした。他都市から人員と物資を集め、一度奴らに奪われた都市イオミン・ペイを奪還する」

「他都市と通信を行ったのですか」

 ユウが驚く。通信傍受の危険性から、都市間での通信はほぼ行われない。

 ハルはうなずいた。

「この都市が潰されれば、他の都市が最前線になる。奴らの戦略が本都市の壊滅に変わった以上、事態は重大だ。防衛が手薄になる危険を承知の上で、いまのうちにできる限りの手を打ちたい」

「他の都市の人員と言われましたが、人が余っているんですか?」

 リグの問いに、ハルは首を振った。

「どこの都市も防衛力を手放したがらない。当たり前だ。そこでこの都市の兵士を派遣し、君たちの開発した戦術情報を渡すことで効率化がなされ余剰人員が生まれる、と訴えたのだ。それは承認された。奪還に必要な物資の生産などはもうすぐ完了する。すでに作戦は始まっているのだ」

「その余剰人員とやらと合同で都市の奪還を行うのですか?」

「いや、余剰人員はこの都市の防衛にあたってもらう。彼らはその方が慣れているし、君たちにしても戦術コンがあるとは言え、他都市の兵士とは連携しづらいだろう」

「いまの言い方だと、我々は奪還部隊に配属されるように聞こえますね」

「そうだ。君たち631小隊とWF三小隊全て、それといくつかの小隊が選ばれた。全てこの都市の兵士だ。簡単に概要を説明しておこう」

 ハルは立体映像の一部を指差す。

「ここが奪還都市イオミン・ペイだ。窪地になっていて、時折吹く強い風が本都市の呼吸可能な大気を運び滞留している。つまり、何の準備をせずとも地表部は呼吸可能な状態だ」

 ユウが首を傾げた。

「それはおかしくありませんか。奴らが大気浄化装置を奪ったなら、奴らに有利な大気を生み出しているはずです」

「その通りだ。都市イオミン・ペイの大気浄化装置は動作していないと考えるしかない。奴らにどんな事情があるのかは不明だが、その謎を解くためにも都市イオミン・ペイへの侵入は必要だ」

「侵入後、どこを目指すんです?」

「動力の有無を確認後、動力が供給されていれば大気浄化装置、なければGMSの端末室だ。GMSを起動して動力供給をする。動力供給さえあれば大気浄化装置はGMSの支援なしでも稼働できる。大気浄化装置さえ起動できれば、都市内部の大気に混じるフェムトを死滅させられるし、そうなれば侵入個体を駆逐するだけですむ」

「都市イオミン・ペイの地図情報はありますか」

「ない。そんな重要なものを通信する訳にはいかないし、他都市に預ける理由もない。預ければ奪還には便利だが、奴らに占領された場合、他都市を危険に陥れることになるからな」

 詳細は後で送るから確認してほしい、というハルにうなずき返してから、リグは付け加えた。

「奪還部隊に我々が選ばれたのはわかりました。ですが、こうして呼び出されたのはなぜでしょうか」

 ハルは慎重に答えた。

「君たち自身がどう捉えているか知らんが、631は特殊だ。WFとは別の意味で重要な戦力だと我々は認識している。その特殊性から、君たちに与える情報は多いほうがいいと結論し、GMSも賛成した。我々、戦略部の意図を知っておいて欲しいということだ。そうすれば不測の事態にあっても、目的を見失わずにすむ」

「一つお願いがあります」

「なにかね」

「いま話されたことと同じことを、WFにも伝えてください。彼らは我々の戦術を応用した実績があります」

「わかった。そうしよう」

 これは最初からそうする気だったな、とリグは感じる。

 話は以上だ、とハルが切り上げた。リグとユウは退室する。少し歩いてから、ユウがつぶやいた。

「奪還作戦なんて、はじめてだ」

「いままで都市を奪還したことはないのか?」

「ないと思う。とにかく防戦一方だったから。前例がないぶん、戦略部も必死だよ。他の都市に協力を求めるなんて」

「協力じゃない。単なる取引だ」

「物資と人員を引き換えに、僕らの戦術を?」

「そうだ。ついでに言えば、他都市の連中は最前線に立ちたくないんだ。だから提案を受け入れた」

 ユウは顔を曇らせる。

「それはなんとなくわかったよ。この都市もそうなんだ。援軍を送りあえるなんて綺麗事を言ってたけど、都市イオミン・ペイはここから東南だ。奪還できればそこが最前線になる。この都市のGMSと戦略部は、ちょっとずるいよ」

「生き残りのためだ。仕方ないさ。援軍を送りあえるようになるのも嘘じゃないしな。ただ問題なのは……」

 リグは顔をしかめた。

「奴らの狙いが変わらない可能性があることだ。奴らは一度俺たちを潰すと決めた。都市イオミン・ペイを奪還して、矛先が変わるかな」

「俺たちって、この都市じゃなくて僕ら631のこと?」

「そうだ。奴らの狙いはおそらく、人類の新戦術開発能力を失わせることだ。でなければ同じことの繰り返しだからな。そうか、もう俺たちだけじゃないな。WFもその能力を得つつあるんだから。とにかく、都市イオミン・ペイを奪還しても、奴らは相変わらずこの都市を狙ってくるかもしれないってことだ」

「僕たちは逃げられない?」

「仮定が正しければな。戦闘詳報にそのことを書いたから、戦略部もその可能性はわかっている。だから単純に最前線を他に押し付けたいわけじゃなく、素直に援軍が欲しいのかもしれない」

 ユウは大きなため息を付いた。

「正直、気が重いよ。新型が出るかもしれないし、フェムトの巣に突っ込んでいくなんて」

「同感だが、戦略部の言うことも正しいんだ。GMSは新兵器の情報を公開してくれるわけでもないし、奴らの新たな侵攻手段に備えてできることは少ない。そもそも命令だ。嫌だなんて言えないだろう」

「こないだ散々やだやだ駄々こねておいて、よく言うよ」

 リグを白い目でじろりとひと睨みして、ユウは真面目な顔に戻った。

「好きなことをやるのはもうやめよう。地上戦の訓練を多くして、連携を確認することからはじめないと」

「そうだな。戦略部が送ってくる作戦にも目を通して、問題ありそうなら対応させないといけないし。奪還作戦のシミュレーションってあるのかな」

「ガスに聞いてみよう。僕らより詳しいはずだ」

 素早いやり取りのあとで、ユウは感慨深げになった。

「こう言うのもなんだけど、なんだか懐かしい感じがするよ」

「俺はこのままでよかったのに」

 それはリグの強がりだったのだが、知ってか知らずかユウはリグの肩を、ぽん、と叩いた。

「忙しくなりそうだね」

 リグが心底嫌そうな顔をしたので、ユウは笑った。


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