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怒涛のソロ活(末っ子4)  作者: 夏目 碧央


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自分を傷めつける人

 テツヤ兄さんは、アルバムの発売前に帰国した。空港到着の動画が流れてきて、無事帰国した事を知った。テツヤ兄さんは、服を着ていてもだいぶ痩せたのが分かる。なんだか痛ましい。俺は何をやっているのだろう。いつまで待てばいいのだろう。

 あれ?ちょっと待てよ。テツヤ兄さんは曲作りを終えたんだよな?だとしたら、もう俺たちは距離を取らなくてもいいのではないか?そうだよ、連絡を取ってもいいのではないか。でも、それならテツヤ兄さんの方から俺に連絡をくれるはずだ。帰国する日を教えてくれていれば、俺は空港に迎えに行ったのに。連絡が来ないという事は、まだ距離を取り続けるつもりなのか、もしくは本当に俺たちの関係は終わりを迎えたのか……そうは思いたくないが。

 自分の部屋でそんな事を悶々と考えていると、玄関のチャイムが鳴った。誰だろう。モニターを確認しに行ってビックリした。変装しているけれど、あれはテツヤ兄さんだ。

 開錠して、部屋で待っていた。どうしよう。どうやって迎えたらいいのだろう。何が何だか分からなくて、俺は部屋の真ん中に立ち尽くしていた。すると、テツヤ兄さんが入って来た。

 帽子やサングラスを取って、手荷物を置いたテツヤ兄さん。無表情のまま俺を見た。俺がじっと眺めていると、いきなりフニャリとテツヤ兄さんの顔が歪んだ。そして、大粒の涙が頬を伝う。ポロポロと、涙があふれ出る。

「レイジ……俺、俺……。」

テツヤ兄さんは嗚咽を漏らし、それ以上言葉を発する事が出来ないようだった。涙を両腕で交互にぬぐい、それでもどんどん涙があふれる。そのうち、テツヤ兄さんはその場にしゃがみ込んでしまった。

 俺は根っこでも生えたかのように、その場で動けずにいた。でも、しゃがみこんで顔を伏せて泣いているテツヤ兄さんを、これ以上放っておけないと思った。何がどうなったのか、未だに分からないが、俺はテツヤ兄さんの元へ歩み寄り、しゃがんでテツヤ兄さんの事を抱きしめた。何も言わずに。

 しばらくして、テツヤ兄さんが泣き止んだ。手近なティッシュを掴んで、テツヤ兄さんの頬をぬぐった。

「どうしたの?なんで泣いてるの?」

俺は初めて口を開いた。テツヤ兄さんはしゃべろうとして、声がしわがれていたのでちょっと咳ばらいをした。そして改めて、声を発した。

「レイジに会いたくて、声を聞きたくて、抱きしめて欲しくて……でも、我慢して、頑張って、それで、もしかしたらレイジに嫌われたかも、愛想をつかされたかもって思ったら……。」

「えっと、よくわからないんだけど。俺の方こそ、嫌われたと思ったし、こっちから連絡はできないし。」

俺が反論すると、テツヤ兄さんの顔がまた歪んだ。俺は慌てた。

「あー待って、違う違う。怒ってるわけじゃないから。」

とりあえず、しゃがんでいるのも疲れたので、テツヤ兄さんの肩を掴んで立ち上がらせた。そして、手をつないでソファのところへ連れて行った。こりゃ、じっくり話を聞かないといけないな。

「で、俺と距離を取るっていうのは、もう終わったの?」

俺がテツヤ兄さんの顔を覗き込むようにして言うと、テツヤ兄さんはぐっと俺に抱き着いてきた。

「ふう。」

俺はため息をついた。俺は諦めた。問い詰めるのはやめだ。この人は芸術家だ。良い作品を作るために、自分をも痛めつける。失恋ソングを作ろうと思ったら、本当に失恋をして、自分を追い込む事を厭わない。逆に言えば、そうしないと作れない。自分を騙す事も、オーディエンスを欺く事も出来ない。本当の気持ちを歌にする。そのために、何でもする。俺はとばっちりを受ける。でも、それがテツヤ兄さんを守る事だ。今後もこんな事があるのだろう。覚悟を決めなくちゃな。

 体を放してテツヤ兄さんの顔を見る。さっきよりは顔色が良くなってきたようだ。俺は視線をテツヤ兄さんの目から唇に移す。目と唇を交互に見つめると、テツヤ兄さんの唇がわずかに開いた。その瞬間、俺はその唇に食らいついた。


 しばし愛を確かめ合った後、テツヤ兄さんが言った。やっとちゃんとした言葉を発したかと思ったら……。

「ねえ、これからは“兄さん”とは呼ばずに、テツヤって呼んで。」

「うぇ?て、ててててつや?でも、それはまずいんじゃない?」

「人前では、今まで通り“テツヤ兄さん”でいいから、二人でいる時には……な?いいだろ?」

いたずらっ子のような、嬉しそうな眼をして言うテツヤ兄さん。まあ、そりゃあダメな理由はないけれど。でも、呼び捨てに慣れてしまうと、人前でも間違えてしまいそうでちょっと怖い。だが、いちいち“テツヤ兄さん”と言うのは、あの最中だと言いにくいかなぁ。

「分かった。じゃ、そうするよ。テツヤ……。」

耳元に唇を寄せて”テツヤ“と囁いた。そうしたら、

「うわっ……。」

テツヤ兄さんが両手で顔を覆った。

「え?何?どうしたの?」

慌ててその手を引っぺがし、テツヤの顔を覗き込んだ俺。

「思ったよりも……。」

俺が掴んでいる手を、また無理やり顔に持っていくテツヤ。可愛い。顔が真っ赤になっている。

「なんでだろ……他の人がテツヤって呼んでも何でもないのに。」

テツヤがそう言った。俺は力づくで、テツヤの手を引っ張る。顔を覆わせない為に。その照れて真っ赤になった顔を見ていたくて。愛する人に距離を取らされたんだから、これくらいはさせてもらわなくちゃね。

「テツヤ、一緒にお風呂に入ろうな。な?」

テツヤはまだ顔を隠そうともがいていたが、俺がそう言うとチラッと俺の目を見て、コクンと一つ頷いた。俺はさっとテツヤの手を取って立ち上がり、ズンズンと風呂場へ歩いて行ったのだった。



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